小型の衣類乾燥機

 毎年7月上旬ころに「気持ちがどうにかなりそうだ、限界だ」と叫んでいるのが、洗濯物。部屋のいたるところに洗濯物があってじめじめし、気分が悪い。調べていたらFacebookでこの時期よく書いていた。今年は7月6日、去年は7月7日だ。

 というわけで、どうにかなってしまう前に今年こそはと、衣類乾燥機を調達。

小型の衣類乾燥機

 隣に写っているのが中サイズの洗濯機(45リットルくらい)なので、比較して考えるとかなり小ぶり。だがそれでじゅうぶんである。こういった時期に部屋中が洗濯物に占領されるのを防ぐ程度の量(日々の洗濯のうち4割程度)を乾燥機にかけるようにすれば、あとはどうにかなる。

 さらには、いったん干して生乾きになったものを中心に乾燥機にかければ時間も短くて済むので、周辺が暑くなることも緩和できるだろうと計算。洗った直後のものをすべて乾燥機にかけようとすれば、電気の場合は2時間以上かかるだろうが、その場合は周辺の気温が上がるだけでなく、ほかの部屋でエアコンを使う際に心配で仕方ない——。容量を超過してブレーカーが落ちたらパソコンが危険であるため、使う時間は短いほうがいい。

 きょうはそのつもりで、生乾きのもので実験してみた。快適だ。明日からも少なめの量+生乾き状態のもので、使おうと思う。

 これで、明日からハッピーである。

 ちなみにこの商品はわたしが7月6日の午前に「どうにかなってしまうーっ」と叫び、その日のうちに家族が楽天で探したものだが、本日8日の夕方には設置が終わった。発送元は広島だが、ありがたいことである。配達業者さんも、ありがとう。

参考リンク:
今回の商品(楽天)
送料も税もコミで、21900円だった。

廃品回収車

 昼過ぎだが、すぐ近所で、廃品回収車を呼び止める声がした。

 声の方角を聞き間違えていなければだが、そのあたりは集合住宅が少なく、けっこう広めのお宅が数軒並んでいる。ゆっくり通り過ぎる廃品回収車(例の「壊れていてもかまいません〜♪」の声が流れるタイプ)を、家の中から2度ほど「すみませんー、すみませんっ」と声をかけ、気づいてもらえないので玄関まで出て、さらに「すみませんっ」と…どうやら、本気で声をかけていたようだ。

 車はほんの1〜2分だけ停まって、また動き出したようだ。呼び止めた側は軽い質問だけで済ませ、運転手もおそらく、たいしてカネにならない話だと判断したのかもしれない。

 いや、実は、かなり驚いた。

 あの車を呼び止める人がいるのか、と。びっくりした。

 かなり危なくないだろうか? そうした業者の全員が全員ではないかもしれないが、よく噂で聞くトラブルを考えたら、ちょっと呼び止めようという気にはなれないものかと、思っていた。
 もちろん需要があるから車は来るのだろうし、この界隈にも家族が減って高齢者のみになった家がけっこうあるので、何か持っていってもらえるならという気持ちも、わからないではないが…。いや、それにしても、リスクが高い。

 ねんのために書いておくが、トラブルの例というのは、回収して車に積んだあとで手数料を請求してくるとか、リサイクル料金がかかると言う。お金は出せないというと、積んだものを自分で下ろして元の場所(室内等)に持ち帰れと言う。渡すと言っていないものをどんどん車に積んでしまう…などである。

 ご高齢の方はとくに、トラブルにならないよう、気をつけていただきたい。

「おなめ」

 以前に食べ物ブログのほうに配合を書いておいたのだが( → おなめ(作り方の配合))、田舎の親が何度も何度も「おなめが食べたい」と言っていたので、自分は「たぶんこんなものだろう」と、ネットにあった配合を自分なりに工夫して軽く発酵させ、親に渡しておいた。

 あれから何度送ったかわからないが、到着すると(まだ発酵していないのに)ひとくちなめて、寝かせながらなめ、自分の好きな副材料を入れて寝かせては、食べ頃になるとまたなめて…あっというまに終わってしまうのだという。

 そんな母が電話をよこた。家に定期的に通ってきてくれる看護師さんがおなめが好きだというので、わたしが送っている話をしたところ、自分も作りたいと言ったとのこと。そこで母はだいたいのところを説明したそうだが、看護師さんはどこをどう間違えたのか、やたらとしょっぱいおなめができてしまったらしい。そのため、母は確認のために電話をよこしたのだ。
 わたしは母に具体的な配合を話したことはなかっのたのだが、それでも、勘でそこそこ近い話を伝えたらしい。おそらくは、メモをして帰った看護師さんが何かを間違えてしまったのだろう。

 なりゆき上、また作って送ることになった。前回はたしか大量に送ったので2ヶ月くらいそれを食べると言っていた気がするが、3週間で食べきったという。次は看護師さんにも分けるのだろうから、もっと送らなければならない。ねんのために麦麹も多めに発注しておいた。

 あと何回、何年、自分の作ったものを親が食べられるかわからないので、いまのうちにせっせと送ってみようと思う。

 それにしても不思議なのは、わたしは自分で一度もその「おなめ」完成品を食べていないのだ。自分が食べていないものを人が喜ぶというのは、ちょっと気分が複雑である。ほんとうにうまいのだろうか…(?)。

note.comでバウムクーヘンの新サイト開始

 バウムクーヘンの話題はすでにしてあちこちに分散して書いているが、もうひとつ作ってみた → バウムの書(note出張所)

 使い分けとしては…
 こちらのブログ(mikimarulog.me)では、イベントなどがあったときのバウム画像まとめ。
 Facebookは人数が382人いるし、反応がよくてありがたいので、わりと真面目な話題。
 Twitterは84人だが、みなさんからほとんど反応がないのがさみしく(でもデータを見ると書いたものはクリックされているらしい…みなさんシャイなのか?)軽めの話題を中心に。
 そして自サイト(baum.daynight.jp)掲示板は、思いついたことのメモに。

 新しいnote.comは、いつか東京で大きめバウムの会(あるいは小規模でも盛岡開催)をやってみたいので、企画が思いついた段階でメモを書いていくような内容にしたいと思っている。それに、完全にアウェイなので、しばらくは読者さんもつかないことだろう。Facebookも382人になるまでは、とてもたいへんだった。最初の数年は50人になるのも夢のまた夢だったが、はずみがついたのだ。

 note.comも、気長に、がんばっていきたい。
 ひとつだけ有料記事(200円)を書いた。4000文字以上あると思う。休み休みで数時間かかったが、書き終わるときに心臓がばくばくするほど疲れていた。書き上がってから2回見直したものの、それでえも載せる直前に「有名菓子店」のつもりが「有名歌詞店」と打っていて、なんじゃそりゃカラオケ屋かっ…。

 100円から値段はつけられるのだが、100円にすると卑屈すぎると思った。200円にすると誰も買わないかと思ったが、ふふふ、あれを読まずして美味しいバウムに出会えない人がいるなら、損をするのはわたしではない。ぷぷっ。

九州の災害

 このところ、連続して九州に災害があるような気がしている。お気の毒でならない。
 熊本県の球磨村では特養の建物が水没し、多くの方が亡くなられた模様。近い地域だと思われるがTwitterでご両親が生き埋めになってしまった人のツイートを拝見し、胸が張り裂けそうになった。

 そしてもうひとつ、この時期に心配なのは避難所だ。狭い場所にみなさんで集まるしかないかもしれず、新型コロナのことで心配や不安もさぞ増していることだろう。

 九州のみなさん(とくに熊本、鹿児島のみなさん)に、心よりお見舞い申し上げます。

「としまえん」閉園がさみしい

 8月末で閉じる予定の「としまえん」。この数年は毎年6月ころにあじさいを見に出かけていて、タイミングがよければ隣接の「庭の湯」で入浴と食事を楽しんだ。(注: 庭の湯は存続)

 閉園後は、一部は都の防災公園として、一部はハリー・ポッターのテーマパークとして改修されると聞くが、いま感じられるあの「ちょっとした古くささ」は、消えてしまうのだろうな。

 まあ、仕方がないのかもしれない。時は流れるものなのだ。

短編小説の翻訳

 何週間か前に思いつき、すぐに作業をするつもりでいたのだが、つい最近まで着手していなかった翻訳がある。売り物を狙うのではなく、趣味であり練習だ。いちおう原文の著作権は切れている。
 著作権が作者の死後50年から70年に変更になったことで影響を受けている作品が世界的にも多いが、もしこの先にさらなる著作権期間延長が生じたとしてもまったく問題ないほど、この作品は見事に切れている。安心である。

 英語を目で追って、わかったつもりになって読み進めることと、原文をまったく読まない人に自然な日本語で紹介する翻訳作業とは、まったく別のものだ。日本語にしながら「意訳しすぎか?」と考えたり、古い時代の作品なのだから文章をもう少し丁寧で格調高くしてもいいのではと工夫してみたりと、なかなか楽しい。

 この作業に関して書けば、わたしは自分の好きなタイミングで読み返して訳し直す、あるいは最後までざっと最後まで訳したあとで最初へもどったりも自由であるが、これがお金をもらう作業として締め切りが定まっている翻訳ならば、調べ物だけで時間がまたたくまに過ぎていってしまうことだろう。

 いつか完成したら、どこかで読めるかもしれない日本語訳(売られていた/いる作品)と比較してみるのもおもしろい。いつになるかはわからないが。

気づいたら4000件を超えていた

 このブログ(mikimarulog.me)だけで、書いた記事が4000件を超えていたことに、われながら驚く。1日1回のことが多いが、去年の秋くらいまでは休む日も多かった。今年はおそらく休んでいないが、平均すれば1年で300〜350件のペースということになるだろうか。

 さらには、Facebookなどは1日5回以上を書いているので、おそらく書いた記事は万の単位に及んでいることだろう。

 わたしはいったい1日何文字をタイピングしているのか、気になるところだ。

 最近あまり使っていない先代のMacBook Proは、本体は元気なのにキーボードの文字がはげたことがショックだった。現在のMacBook Proは、大丈夫だろうか。ときどき別のキーボードで打った方がいいかもしれない。キーボードの張り替えは、数万円かかるらしいし、とても出せる額(出したい額)ではない。

 たいせつに、使っていかねば。

 昨日こちらに書いたバウムクーヘン用の新サイト(一部を有料記事の予定)は、低価格とはいえお金をいただくのだからと、推敲の時間も十分にとっている。焦らずじっくりと、進めていきたい。

新しい人と出会うため

 待っていてもだめなことが、世の中にはある。新しい人と出会いたかったら、足を踏み出さねばならない。

 たとえばわたしは、ほんとうならバウムクーヘン関係を1カ所で書けたら楽だろうと思うのだが、実際には自サイト内(複数メニュー)と、このブログと、Facebook、Twitterで書いている。わたしの性分として同じものは書けないので、それぞれ内容は異なっている。

 そして、今日さらにもうひとつの場所を準備しはじめた。そのうち公開できるはずだ。

 さすがにもう、いままでお付き合いのある方々は、付いてきてくださらないだろうと予想できる。だから新しい読み手を開拓するつもりで、まじめに文章を書くつもりだ。そして一部は有料記事にする。それくらいの意気込みで書く。

 以前は、自分がよく利用する店が「自社サイトだけでなく楽天やってくれたらいいのに」やら、「Facebookで情報発信をしてくれたらそのサイトを見に行く手間が省けるのに」やら、自分の都合で考えたものだった。だがわたしはけっきょく、面倒でもそのサイトまで見に行って買い物をした。商品に魅力があれば、人はそうするものということだろう。そしてよい商品をまじめに提供するために労力を自社サイトに限定しているというのであれば、客の側は、ぜひともそれに合わせるべきと考える——ただしそれが、立場の確立された大手の店であれば、だが。

 自分のように、個人の立場でそのスタイルにしていくのは、100年早いだろうという自覚はある。

 わたしとバウムクーヘンの話題でお付き合いくださる方々は大勢だ。メールアドレス宛にメールでなければだめな人、Twitterが便利という人、Facebookしか使ったことがない人、さらに「この方法がいいんですが」と希望をおっしゃる人、さまざまである。すべて相手に合わせてきた。無理に一本化することで人が減ってしまうのであれば、自分の手間だけで済むのであれば、みなさんに合わせたい、と。

 わたしとて、自分がどうしても気が乗らないサービスを勧められたら困惑する。それを使わなければ誰かと連絡が取れないとしたら、じゃあ別に取れなくてもいいやと考えかねない程度には、そこそこわがままだ。だから、ある程度はおたがいさまだろう。自分がされたくないことは、人にしない。

 計画中のサイトは、これまでお付き合いのあるみなさんを無理にはお誘いはしないため、最初はさみしい思いをするかもしれない。だが、継続していれば、新しい人とひとりくらい知り合えると考えている。

 新しい人に出会えることを信じて、それを楽しみに、わたしは進んでいこうと思う。

コンビニの袋も有料化されるが

 今日、近所のセブンイレブンに寄った。とくに買うものはなかったのですぐ店を出たが、7月1日から袋が有料化されるということで、スーパーのようにレジ脇に袋詰めするスペースでも作るのかどうか、気になった。

 ざっと見たところでは、とくにそんなスペースはなさそうなので(1日で作るならば別だが)、おそらく客が自分で会計時に詰めるのだろう。まさか店員さんがエコバッグに詰めてくれるとも思えない。

 最近ほんとうにコンビニに行かなくなった。割高感があるのもそうだが、世の中がしばらくステイホームがあたりまえになっていたため、スーパーなどで小回りの利く商品や惣菜がけっこう豊富に出ていたためだ。コンビニで少しだけ買わなくても、スーパーでも少なく買えるとわかった。

 それにしても、あいかわらずわたしは散歩を兼ねた近所の店めぐりばかりで、交通機関を使った買い物に出なくなってしまった。たまには出かけたいところだが、いつになるだろうか。