現代の空き家売買

 日本では長いこと「家を持つ」ことが人生の目標としてとらえられてきたのだが、最近は空き家問題も多く浮上している。
 元ネタが何かはわからないのだが、インターネット上で英語記事を読んでいる関係上、この1週間ほどで「日本は空き家が多いのでタダ同然で入居者を募集している」といった記事がつづいき、注目せざるを得なかった。
 最初はCNNなどのメジャーな会社が書いたもので、きちんと取材し、奥多摩のほうなどを題材に空き家問題を扱っていた。たとえば、かつてベッドタウンとして人気が出ても最近は若い人が去ってしまったため、高齢者が家をたたんでより便利な場所に移動する事例が増えてきた。そこで地元では空き家問題と過疎化を案じた自治体が音頭をとり、若い世代に家を実質無料で貸与しているというもの。家賃など住居に関することはタダ同然である上、子育てに有利な条件をつけていること、数年以上住めばマイホームとすることも可能。ほかの自治体にも、近年はこうした事例があるように思う。
 そうした記事のうち最初の1〜2本はふむふむと読んでいたのだが、どうも伝言ゲームと同じでネタがくり返されるたびに質が下がり、最後のほうに見た某サイトものは「自殺した人がいる家などは嫌がられて空き家にやりやすく、またそういう家を買うことは社会的に敗者と見なされるので人がなかなか手を出さずにいるうち、日本には空き家が増えてしまう(←大ざっぱなまとめ)」といったもので、ざっくりしている上に事実とは異なる点が多くて、開いた口がふさがらなかった。どこまではしょればそんなことが書けるのだろうか(笑)。

 さて、そんなとき、これを見つけた → 家いちば
 なんと、個人が自分の所有する家の外観と説明を掲載し、買いたい人が現れるのを待つというもの。
 たしかに、更地にするにもカネはかかるし、更地に家を建てるよりもそのままがよいと言ってくれる人がいたら、売り手にとっては気が楽だ。買い手がリフォームして住むことを前提に「そのまま」売れるものかどうか、掲示板に投稿するくらいであれば、ものは試しでやってみようということなのだろう。
 世の中、変われば変わるものだ。

インフルエンザの予防接種がまだ

 10月ころからやっておけばよいものを、今年も遅くなってしまった。知っている病院のホームページや、同じように接種が遅れている人から聞いた話によれば、当日いきなりの接種は難しい(入荷分は予約でいっぱい)ことも多いようだ。
 去年はまれにみるほどのワクチン不足だった。無理だと思い、早いうちから接種をあきらめた記憶がある。だが今年は違った。実際にわたしは10月ころ義母の分だけは接種に付き添っているのだ。

 家にいる時間が多く、混雑する場所にも出かけず、電車に乗ることもめっきり減った。こんな人間はウィルスに遭遇することもまれかと思うが、もしチャンスがあれば、予防接種はしておきたい気がする。

 そうこうするうちに、もう12月も中旬だ。

植木鉢の夢が象徴するもの

 子供のころから20代くらいまでは、わたしが見る夢といえば「電話がかけられない」が定番だった。電話機の形状などがおかしくて操作できない、電話が通じても相手がとりあってくれないなど、いくつかパターンはあるのだが「連絡が取れない」という困った事態になる点で共通していた。

 東京に出てきてしばらくしてから、学校(ほとんどの場合は中学校の校舎が出てくる)に出かけるのに時間割が頭にはいっていなくてどの教科書を持っていったらいいのかわからない、または時間が迫っているのにくだらない用事が重なってぐずぐずし、家から出られないというものが増えた。おそらくひとり暮らしをするようになって「時間に遅れようが何を忘れていこうが自分だけの責任」ということが身にしみてきたからだろう。夢の中ではわたしは中学生ではなく、何年間かその立場を離れていて急にそこに復帰することになった”やや大人”のような設定が多い。

 そして、30代のころから増えてきたのが、植木鉢の夢。
 実は植木鉢というのは、よほど計画的に管理しないかぎり、東京の賃貸住宅では悩みの種になってしまいやすい。花が終わったら、植え替えたら、あるいは枯れたら、その中の土はどうするのか——実は東京はほとんどの場合「有料」でひきとってもらわなければならない。使った土をよく日に当てるなどして殺菌し、養分を足して再利用するなどの手段も考えられるが、「そこまで深く考えずに鉢植えを開始して家に古い土が増えてしまったという人」は、何割か存在しているはずだ。古い土をひとまず管理しようとしているレベルならばまだよいが、わたしのように面倒が見きれなくなって古い土のはいったまま放置した植木鉢がいくつも庭に転がっている人間は、ただ頭をかかえる。
 もっとも、捨てる神あれば拾う神ありで、こういう人間のため別料金で「植木鉢にはいったままの古い土」まで回収してくれる業者さんは存在するらしい。ここを引っ越すことになったら連絡してみなければ。

 さて、前置きが長くなったが、植木鉢の夢だ。わたしの夢の中では「枯れたものが無残に残っている」とか、「猫の糞などがはいっていて不潔になっている」、「なにかとにかく怪しい(怖い)存在」といった、よくない象徴として登場。そのたびにわたしは「自分がちゃんとしていなかったから」と思うらしいのだが、ならばこれからきちんと片付けて二度と悲惨な植木鉢を出さないと明るく考えるのではなく、ひたすら憂鬱になり、おっくうと考える。目を背けても自分の過去が消えるわけではないのに、できれば見たくない、考えたくないと、夢の中で遠ざかろうとする。

 今朝の夢は、ひときわ不気味だった。以下、怖い話が苦手な方はご遠慮いただいたほうがよいかもしれない。
 
 (夢の内容 ● ホラーっぽいのでご注意 ● )
 
 植木鉢に枯れかけた植物が残っている。背がやや高くて、大人の胸くらいまであるものだが、何の植物かはわからない。葉の雰囲気はワラビのような(つまりシダっぽい)ものだった。
 その上のほうの枝から下に向かって、直径で3ミリくらいはあろうかという強力な蜘蛛の糸が垂れ下がっていた。
 蜘蛛の巣ならばヌシがいるだろうが、1本の太い糸で、巣ではない。つまりそこに何か獲物がかかっても蜘蛛がそれを食べることはない。
 糸の上のほうには昆虫類が少しかかっていた。
 そして下の方には、大きな植物のつぼみくらいの大きさ(人間の親指くらい)で、猫がかかっていた。形はさなぎのように長く、そして固くなっていた。
 その猫は死んでいるのかどうか不明だが、じっくり見ると目が少し動いた気がした。急いで蜘蛛の糸を切っておろしてあげようと思うのだが、指で引っ張ったくらいでは、その糸が切れない。
 そうこうするうちに、家の中から家族が出てきた。わたしは「猫はまだ生きているかもしれない、でも糸が手で切れない」と助けを求めた。
 すると猫をちらりと見た家族が言った。もう死んでいる、と。そして、途中で切ろうと思うから切れないが、大元の、植物の上のほうで葉ごと切ってしまえばはずれる。はずしてそのままゴミ袋に入れようと言う。
 直前まで猫が猫がと悩んでいたわたしは、一瞬唖然としたものの、家族がすでに蜘蛛の糸ごと猫をゴミ袋にいれれてしまうのを見ながら、ただ考えていた…「わたしが決めたことではない、死んだと決めたのもゴミ箱に入れたのも、わたしではない」と。

 目が覚めてから、自分が許せなかった。ああ、こういう人まかせのようなところが自分にはある、と。直前まで、猫がとわめきながら、ある瞬間に切り捨てる。そういう人間だ、と。

 寝覚めが悪かった。

 だが、よいこともあった。そんな夢を見るきっかけになった要素は大きくわけて3つあったと思うのだが、そのうちふたつは、問題ないことがわかったのだ。実生活での悩みがそんな夢を見させるのだろうから、普段からできるだけ気持ちを溜めこまないようにしておくことが大切と思う。ただ、逆に言えば夢の中である程度のショックを受けることで、気持ちの整理ができているのかもしれない。
 

無言で給食を食べる学校があるのだそうだ

 昨日だったと思うが、数年くらい前からネット上で話題になっているらしいことで、地域によっては生徒に無言で給食を食べるように指導している学校があるらしいと知った。その指導の理由はわたしにはわからないが(そして地域などによって理由はいろいろあるのかもしれないが)その光景を想像してみるとけっこう怖い。育ち盛りの子供たちが無言で昼食…うぅむ。苦行か。

 そしてたまたま数年前のFacebook投稿で、わたしは自分が給食(あるいは団体で食べる食事)が苦手であったと書いていたことを思い出した。食べるのが遅かったし、食べる作業に飽きてしまって苦痛になり、終わりにしたいと思うようになったのだ。
 だが幼稚園のときの先生にかなりの頑固さを持つ人がいて「自分から『先生パンを残します、ビニール袋をください』が言えないような子には、渡しません」と、目の前でビニール袋を持っていながらじっとわたしに「さあ言いなさい」と目で脅してきた。ほかの先生が様子を見に来ても「ビニール袋くださいが言えないんですよ、この子は」と。
 幼稚園時代とはいえわたしのことだから、意地でもそれを言わなかったと思う。おそらく誰かがとりなして、わたしにパンを持ち帰らせてくれたのだろうと思うが、ほかの子供たちが席を立って外で遊んでいても、わたしの席だけはそのままで先生がひとりで仁王立ちしていたことは、一度や二度ではなかった。

 小中学校時代は、学校の方針なのか教育委員会なのか、とにかく誰かの方針が毎年のように変わって「ぜったい残してはいけない」と、嫌いなものでもすべて食べろと強制されることが多かった。子供たちは「給食センターに持ち帰らせないという意味だよね、じゃあ苦手なものは交換するか、持ち帰ればいいんだよね」と解釈したこともあったが、さらなる方針変更でひとりがぜんぶを食べ終えろと言われた時期もあった。そのときは「食べ終えたら食器を拭いて給食センターに返しましょう」と言われていた時期と重なったのをいいことに、食器を拭く振りをしてティッシュに嫌いなおかずをつつんで捨てたことも(笑)。

 あんな経験を経てもなお、食べることそのものを嫌いにならなかった自分に多少は驚いている。
 それにしても、当時もし「無言で食べろ」という方針があり、しかも同時に「残すな、交換するな、捨てるな」があったら、どれほどつらかっただろうかと思わずにいられない。

WordPressの大幅アップデートで困惑

(なぜ今日の文章の頭にいちいち丸い記号がはいっているのかについては、読んでいただければおわかりいただけるかと思うが、WordPressのバージョンアップで段落の最初に入れていた全角スペースがすべて除去されてしまうようになったためである。わたしにとっては深刻な事態だ)

 ため息だらけの投稿から5分後、正規のプラグインで Classic Editor というものを発見。それでエディタ部分を旧式表示に変更できた。よかった、ほっとした。
 以下はいちおう、そのままの記録として掲載しておく。

=== 以下、冒頭の丸い文字を無視してお読みいただければ幸いです ===

○ ずっと使っているこのWordPressのシステムがアップデートされたと、昨日のうちに表示されていた。今回のように大きなバージョンアップの際は自動更新は適用されず、手動で切り替えをしなければならないので、いちおう今日になってバックアップなどもとってから作業をしたのだが、最初のうちは正直「どこが変わったのか?」と。
○ だが新規作成画面が、まったく違う。これは慣れるのに少し時間がかかりそうだ。

○ それから、これは一時的なのか今後ずっとなのか不明だが、日時設定がアメリカ的になった。わたしはこれまで23:55などの時間表示でタイムスタンプを揃えてきたが、編集画面ではその数字を受けつけてくれず、設定画面を新たに開いて24時間表示に指定しなおさないといけない。しかもそうまでして23:55で入力しても、管理画面での表示は11:55PMである。気にしない人は気にしないのだろうが、気にする人間には気持ちが悪い。

○ さらには、文章の段落冒頭の全角スペース1文字分を、編集途中で勝手に削除してしまう。以前のバージョンならば編集画面をプレーンテキストかWYSIWYGどちらにするかが選べたので、プレーンにしておくことで余計なお節介はされなかったのだが、今回はどうなるのだろう。

○ 大慌てで検索したが、かつてはこうした問題に対応できるプラグインも出ていたらしいということがわかった。このバージョンは最新なのでまだ定番の解決策などが出ていないかとは思うが、さまざまな方法(改行を工夫してみるなど)を試みたつもりだ。だが何をしても「下書きとして保存」を押すと、行頭のスペースはすべて消された。むむむっ、これはゆゆしき事態だ。

○ 文書タブの隣に「ブロック」という表示があり、そこに「クラシック」という言葉があったので、いちおうその画面を出した状態でつづきを書いてみたが、それもまったく関係がなかった。

○ ほかにも書きたいことはあったのだが、こんなことで苦労するとは思わなかった。ひとまずほかの件はのちほど別記事で。これが改善されないならば、真面目な話が、バージョンをもどしたい。

○ さらに怖いと思うのは、これまで書いてきた文章を修正した途端に冒頭の全角スペースが消えてしまうであろうことだ。ほんとうに、それだけはもう勘弁してもらいたい。

PayPalその後(本人確認がオンラインで完了)

 先日こちらにPayPalのことを書いてのち、ひさびさにログインをしてみたところ「銀行口座を登録したらクーポンプレゼント(大意)」というキャンペーンをやっていた。

 どういうことかというと、大手の銀行(一部)の口座を持っている場合はPayPalのメニューから口座登録をする際に相手側のコンピュータと照合することで本人確認ができる(つまり銀行窓口が口座作成の際に身分証を見ているはずだから、そのコンピュータと照合できればPayPalとしても本人確認ができたという認識)ということだ。
 ちなみにみずほ銀の場合は、暗証番号など基本的なことのほかに最後に記帳した段階の残高を入力しろということだった。わたしはたまたまその日に通帳に記入したので手もとに通帳があったが、あくまでも(どんなに古い残高だろうと)本人が記帳済みである最後の数字を答えればいいらしい。

 というわけで、ひさしぶりにログインすると同時に、わたしは本人確認が済んだ会員、という扱いになったらしい。これまでのPayPalは免許証などをFAXしなければならないとか、あれこれ難しい手続きをとらないといけなかったそうで、わたしはそれが面倒で、できるだけPayPalを使わないようにしていたが、その心配もなくなった。
 なぜ使わないようにしていたかというと、人から聞いた話では、PayPal経由で頻繁に買い物したり累計で10万円以上を使うと、ある日突然「本人確認」と言われるとのことだったからだ。わたしは免許証を持っていない上にパスポートもとうの昔に期限切れで、身分証明書がない。だからそういう要求が突然につきつけられると、ほんとうに気が重く、途方に暮れる。だがこうしてオンラインでの本人確認ができるようになったということならば、わたしのような「身分証明が面倒な人間」には、とてもありがたいことである。

 また、個人間の送金、ビジネスでの送金は、以前に人から聞いた話ではビジネス会員として登録する必要があるとのことだったが、その点がよくわからなかったため、サポートにメールで尋ねてみた。内容は「個人間の送金もあるかもしれないが、将来的にビジネスでの入金を予定している。ビジネスアカウントというのはビジネスが開始されてから申請するのか、すぐにいまの段階で申請するのか」…すると、すぐさま、とても気軽な口語体のような文章で、女性らしきハンドル名の方から返事があった。
 正直ちょっとその文体とハンドル名の使用に驚いたが、かいつまんで書くと「本人確認が済んでいる会員さんは別にビジネスアカウントに変更されなくてもよろしいかと」といったものだ。

 まあ、いちおう、そう言われたのだからあとから「ビジネスの入金に使うのは違反だ」と言われたとしても、あちらにメールの控えも残っているだろうし、わたしのせいではない。ビジネスの入金としても、活用していこうと思う。

読者の扱いが強気な新聞

 日本時間の今日午後1時40分ころから夕方6時までつづいたソフトバンクのシステム障害と、ほぼ時を同じくして明け方のイギリスで起こった携帯電話会社の障害について、英国フィナンシャル・タイムズ(日本経済新聞の傘下)がスウェーデンのエリクソン社の機材に問題があるのではとする記事を載せたという。
 日本語の新聞では「フィナンシャル・タイムズによれば〜」、複数の英語記事でも「フィナンシャル・タイムズが〜」と、どこも話のでどころは同じらしいので、オリジナルの英語記事を確かめようかと思ったが…

 そこで思い出した。なんとフィナンシャル・タイムズ社は「無料では1本たりとも記事を読ませない」のだった(笑)。以前に日経が親会社になった際、そんなばかなと状況を確かめに行こうとしたが、そのときすでに門前払いされたのだった。念のため今回も適当な数の記事をクリックしてみたが、どれもアウト。

 これほど強気の新聞を、ほかに知らない。

ちぐはぐな政治

 現在の政治に幻滅を通りこして怒りを感じている。

 地方創生といいながら都会や都市部にしか有利なことをしない。たとえば水道事業を民営化したらどうなるか。採算がとれる場所だけが有利になる。地方では水道料金が値上がりしたり、災害の際には復旧を後まわしにされる危険性が高い。人が少しでも文化的で安全な生活を享受しようと思うなら、将来は地元をあきらめて東京などの大都市圏または地方都市の中心部に集まらざるをえなくなるだろう。

 女性活躍といいながらも保育や介護を家庭に押しつけている状況は、改善どころか悪化している。介護離職ゼロをうたいながらも、その言葉が盛んに聞かれた当時は介護関係者の給与は従来より下げられていたし、その後に上がったという話も聞かない。施設にできるだけ頼らず家庭で面倒をみてほしいということから特養の入所要件も要介護3以上になったが、人が介護を必要とする前段階の「要支援」では制度が複雑化して予算も削られ、援助が受けにくくなっているようだ。予防的な意味で、前段階でケアをしておくことができれば、さらに金のかかる「要介護」に移る人間を減らすまたは遅らせるという発想はないのだろうか。

 現政権は「日本を、取り戻す」という表現を以前からよく使っていたように思うが、何から日本を守るのだ。いったい誰に奪われたものをどう取り返すのか。
 農業はどうだ。日本国内でさまざまに改良をおこない創意工夫をもって育ててきた品種がある。だが今後は外国資本のはいった大手の企業が提供する種子を農家が購入するというスタイルになり、しかも農家が自分で種を保存せずに毎年購入という話まで聞く。昔からの努力に敬意を表さず外国資本を安易に入れるのは、どうなのだ。これでは、とりもどすどころか、差しだしていないか。

 ちぐはぐという言葉しか、思い浮かばない。

公募しても「すべる」

 JR山手線の新駅の名前が「高輪ゲートウェイ」に決まったと聞いて、語感で思い浮かんだのは荒井由実(当時)の「中央フリーウェイ」。そして公募しておいてそれかという意味では「母さん助けて詐欺」(←警視庁は現在これをなかったことにしようと痕跡を消して回っている)。ほんと、公募しておいて、高輪ゲートウェイかよと思う。

 おそらく一般人の通称は「高輪」で、文字にしたときの略称は「高輪G」あたりで、そうこうするうちに駅表示もGをこっそり消したりするのではないだろうか。長過ぎだ。

 ここまで疑っては申し訳ないのかもしれないが、応募があったという36件には、36個人による1件ずつの自由応募というより、どなたかの発案に賛同したグループ票のようなものは、はいっていないのだろうか。あえて仕込みとまでは書かないが…釈然としない。

PayPalで支払を受ける場合のメモ

 個人的な用事で、かつ小額であれば、Amazonギフト券Eメールタイプで受けとるのがとても便利だと思っている。だが今後、もし正式な入金として自サイト上での決済を考えた場合、クレジットカードのサービスと契約するのはとても面倒で料金がかかるという印象なので、PayPalではどうだろうと、検索してみた。

 あくまで本日現在の情報だが、PayPalの公式サイトでの説明( → PayPalアカウントの手数料とは何ですか。)によると、PayPalに溜まった金額を指定の銀行口座に移すのに250円(移動が5万円以上であれば無料)、さらに受けとる金額の3.6%と40円の手数料(日本国内の場合)が、かかるらしい。つまり日本国内から5000円の支払いを受けた場合、180+40円で220円の手数料なのだろう。おそらく、クレジットカード決済をどこかの会社と契約するよりは、安いのではないだろうか。

 わたしの場合は自サイト上にリンクを設置してそこからポチッと支払をしてもらう場合について考えているが、実際に対面販売で支払を受ける場合であれば、電子マネーとクレジットカードの多くを網羅する楽天ペイなどのシステムも、候補としてよいかもしれない。