訳せるジョークばかりではない

 先日Facebookで「これはけっこう引っかかる人がいるのでは」と思う、すばらしいジョークを見つけた。
 実はコメント欄を見て笑い合っている人たちを見ても、わたしにはしばらく意味がわからなかった。かなり遅れて、ようやく頭が追いついた。

 いちおうこのジョークは、訳せないことはない。ではお目にかけよう。

 ちなみに家族にも読ませたが、引っかけ問題だということは承知しているからか、丁寧に音読している本人の横で「あ〜、やっぱり引っかかった」と、にんまり。つまり読み上げれば気づける可能性が、あるものだ。

 

 
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 ペニーには5人の子がいた。最初の子は1月と名付けられた。次の子は2月。その次の子は3月だ。そして4番目は4月。

 5番目の子の名は、何。
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 たいへん聡明な読者のみなさんは、おわかりかと思う。ではごきげんよう。

「デッドゾーン」1983年の映画

 クリストファー・ウォーケン主演、デビッド・クローネンバーグ監督作品、原作はスティーブン・キングの「デッドゾーン」が、アマゾンプライムにはいっていて、そろそろ終了するというので、見てみた。

 好きなのですでに何度か見ているのだが、年代が古すぎてなかなか配信サービスにはいらない。また、はいった場合でも吹き替え版という場合があり、今回のアマゾンがそれだった。英語版はアマゾンの別サービスで有料のほうにならあるようだが、まあ、内容はよく覚えているし、吹き替えでもいいかなということに。ちなみに家族は未見だったようで、楽しそうに見ていた。

(Amazon Primeに、2月末で配信終了の吹き替え版がある)

 交通事故で昏睡状態の長かった男性が、不思議な能力を身につける話。
 目覚めたとき婚約者は、ほかの道を選んでいた。自分は能力により人助けをしたことで世間の注目を浴びてしまう。どうにか体力をもどし、日常生活を送ろうとするころ、連続殺人事件の捜査に協力してくれとの依頼が。
 また能力者として騒がれる日々は困ると思いつつも、協力する主人公。だが彼はあるとき、かつての婚約者が支援している政治家候補と偶然に握手をしたことで、その男の邪悪さを知ってしまうことになる。

 昔の映画らしい適度な短さ、詳細を省いた骨子だけのストーリーライン、ラストの潔さ。
 わたしは、この映画が好きだ。
 
 ただ、この吹き替え版に関していえばだが、テレビ放映時にカットされた部分を英語で流して日本語字幕で補っているので、途中で何カ所か、作品世界から引きもどされた。「ああ、ここテレビ放映されなかったんだぁ」と、つい余計なことを考えてしまい、のめりこむほどには、その世界に浸れなかった。

PhtevenとCarcとFaxの話

 ネットでたまに見るギャグ。どうも発端は実話らしいのだが——

 客がコーヒーを注文し、店員に名前を告げる。「cを書く方のマーク(Marc)ね」
 のちほど、飲み物が手渡され、そのカップにはCarcと書かれている。これじゃカークであってマークではないという笑い話。

 同じような話でPhtevenがある。店員に「phを書く方のスティーブン(Stephen)ね」と告げると、やってきたカップには「Phteven(フテヴン)」という表示。忙しいから間違えることがあるのは当然としても、やはり笑える。

 いまでは、CarcやPhtevenという単語で画像検索をすると、いかにたくさんこの手のネタが愛されているかがすぐにわかる。

 さて、わたしが食品の通販で、ネット販売をしていない店に注文をする際に自分から「FAXでもいいですか」と尋ねてしまうのは、実はこれが理由。住所と氏名の漢字を、電話で言うことが苦痛なのだ。どの漢字も難しくはないのだが、平凡すぎるので、漢字の偏と旁を言うまでもない(または相手が若すぎて偏の話をしても通じない)と思う場合は、「普通のです、一般的な」としか言いようのない状況も。

 きちんと伝えることができて「へー、めずらしく1回で聞きとってもらえた、すごい店員さんだ」と思っても、数日後に荷物の宛名を見ると、一部がひらがなになっていることがある。最終的には、届けばいいということなのだろうが、それなら住所や名前を伝える際に「すみませんがお名前はひらがなでもよいですか」と言ってもらっても、こちらはかえってほっとするほどだ。

 わたしの下の名前をここで書くのは気乗りがしないため曖昧に書くが、一生懸命に伝えたつもりが、Phteven級の間違いをされたことがある。その漢字ではぜったいにわたしの名前にはならないのだが、その人はそう解釈して宛名を書き、当方もその名前で郵便を受けとった。まあ、たいした内容物ではなかったはずなので、最終的には、届いてよかったということに、なるのかもしれない。

かつて「やっぱり猫が好き」という番組があった

 頭に浮かんで離れない曲があると「やっぱり猫が好き」のエピソードを思い出す。

 三姉妹の末娘(小林聡美)だったと思うが、「ププピ プッピーッピ プピプピ♪」のような音程の鼻歌を「なんだっけ」と言い出す。すると次女(室井滋)が「井上陽水の曲だと思うから電話して聞いてみる」と言い、井上陽水と知り合いだなんて聞いていないと長女(もたいまさこ)がぎょっとする、という展開。

 だが、さんざん騒いだあとで、その曲が何だったのかが判明する、という笑い話。

 ポニーキャニオンのサイトにも書かれていたが、59話だったようだ → https://www.ponycanyon.co.jp/visual/PCBC000050321

 いまわたしの頭の中で離れない曲も、外国の女性が出てくるテレビCMで流れていた気がするのだが、おそらく、ちょっとしたときにわかるのだろう。それが楽しみだ。

「凍てつく楽園」というテレビドラマの邦題

 スウェーデンのサンドハムン島を舞台にした犯罪ドラマシリーズがある。1年に数話ずつ放送されていて、現在おそらく10年くらいになるらしい。

 WOWOWのオンデマンドに初期のころの作品がはいっているほか、最近の作品が放送された際に録画したものが手元にあるので、10年くらい前のものと、最近のものを少し見てみた。

 で、思ったのだが…

 サンドハムン島は、夏に出かけるのが有名なリゾートらしい。作品も、たまたま見たものだけかもしれないが、夏が舞台だった。ちっとも「凍てついて」いないのだ。

 それでもねんのためサンドハムン島で画像を検索すると、やはり観光関連サイトも夏の絵ばかりである。

 凍てついてない。
 どこからきたのだ、この凍てつくは。

 もう何話か見たら、とてつもなく陰鬱で、比喩として「凍てつく」感じの内容が出てくるのかもしれないが、現在のところは、寒いかどうかの意味合いで考えると、凍てついていない。

 そういえば、別のドラマのこと。

 2015年に開始したアイスランドのテレビシリーズ(2シーズンまで)は、邦題が「トラップ 凍える死体」である。第1シーズンはほんとうに凍えまくる景色と環境だったものの、第2シーズンは(ぜんぶを見たわけではないが)雪がちょっと残っている程度の街が舞台。季節は冬ではなさそうだ。まさか第2シーズンがあると思わずに「凍える死体」にしてしまったのだろう。
 この番組にかぎらず、もし長くつづいた場合には、その後のフォローがたいへんになってしまう事例というのは、少なからずありそうだ。

 

AXNで、70年代のアメリカのドラマを連続放送

 今日、なんとなくつけたままにしていたテレビ(チャンネルはAXN)で、夕方にチャーリーズ・エンジェルを連続でやっていて驚いた。ひと昔前にドリュー・バリモアがプロデュースした映画版ではないし、もちろん最近のクリステン・スチュワート主演版でもない。70年代にジャクリーン・スミスやらシェリル・ラッドが出ていたあれである。

(下記の画像は英語版のWikipediaからリンク)
Charlies Angels cast 1976

 おまけに今日は、最初のシーズンで去ってしまったファラ・フォーセットがゲスト出演している回だった。
 なんとも懐かしいことだ。あの方が、亡くなってしまったというのは、ほんとうに悲しい。

 そして、この放送が終わったら、次はなんと「バイオニック・ジェミー」だという。3シーズンぜんぶ放送だそうだ。録画することにしたが、二カ国語というのは普通に録画してもあとから選べるんだっただろうか。心配で数分ほどチャーリーズ・エンジェルを録画してみたら、どちらの音声でも聞けることがわかった。さらに最近のドラマで文字の放送に対応している作品ならばだが、録画後に字幕も表示できるようだ。

 いつも字幕版の時間を選んで録画していたが、バイオニック・ジェミーは古すぎて字幕があるはずもないから、二カ国語で楽しむことにしよう。

 さらに、ブロード・チャーチの第3シーズンを二カ国語で録画してあるのだが(なぜか第2シーズンを見るチャンスがなくてそのままハードディスクの肥やしにしてある)、いつか見ることができたら、それも英語で見られるし、運がよければ字幕も対応しているかも。

 ああ、よい世の中になったものだ。

森山周一郎さん、安らかに

 つい数日前、何かのはずみに「古畑任三郎のエピソードのなかで、森山周一郎がわがままな年寄りやってたあれ、すごかったな〜」と、思い出したところだった。テリー・サバラスをしぶい声で吹き替えしていた人が、自分勝手な年寄りを快演。さすが大御所だなと、思ったのだった。

 ところが今日のニュースによれば、守山さんは肺炎でお亡くなりになったとのこと。ご冥福をお祈りします。

 そのエピソードは、若い愛人ともめた政治家が、自分のせいで女性が仮死状態になったというのに(←このあたりは記憶曖昧だが、もしや完全に死んでいたのだったか…?)、秘書(小堺一機)を呼びつけて「どうしよう」と、ぜんぶ丸投げで後始末をさせるところからはじまる。
 秘書が必死に自殺偽装などを考え、あれこれと手を尽くしている横で、代議士は「おなか空いたからピザとらない?」と平気で言う。ついにぶち切れた秘書は、ボスをずっしりとしたガラスの灰皿で殴る——だが幸か不幸か相手は死なずに、記憶が混乱した状態のまま、入院になった。

 女性の死体。入院した代議士。混乱が落ちついたら何をしゃべり出すだろうかと焦る秘書。そしてやってきた古畑任三郎が、なかばおちょくるように秘書を追いつめる。そういう話だった。

 古畑任三郎は、よく見ていた。
 そういえばあのころは、ドラマの放映を、きちんと時間に合わせてテレビの前で待っていた。待ちたいほどに、よいドラマもあった。

 いまではもう、わたしにとってドラマは配信か録画だ。自分から放映を待つほどに心躍るものは、ほとんどなくなってしまった。

 森山周一郎さん、やすらかに。

「天丼には目がない」を、各社の自動翻訳にかけてみた

 このブログで古い記事を読んでいたら「天丼には目がない」というタイトルがあった。それはクリックしていないのだが、次の瞬間にわたしがやったことは、以下の実験である。

自動翻訳の比較

 Google / Bing は、予想通りに「天丼(という生き物)は、目を持たない」
(これは、こうだろうと思っていた)

 そして最近なにかと話題のDeepLは、「天丼は大好物」ということで、正解。
 Exciteは、なんと、「わたしは魚と野菜を揚げたものがトッピングされたご飯が大好き」。そこまで親切に解説するとは。
 Weblioは「天ぷらのどんぶりが好き」、みらい翻訳は、「天丼が好き」。

 というわけで、あくまでこの「天丼には目がない」だけを考えるならばだが、GoogleとBingは、当てにならない。

 

Netflixのベルギードラマ「警部補ジョアン・ペーテルス」

 邦題が、なにやらダサい。フランス語原題はLa Trêve、英語版はThe Breakで、おそらく「停止、休止」の意味ではないだろうか。
(翌日注: それよりも「休戦」がいいのではとコメントをいただいた)

 さらに、オリジナルのフランス語では、主人公の人名は「ヨアン」であってジョアンではない。字幕で見ればヨアンと呼ばれているし、表示されているスペルもYoann Peetersだ。もしやその人名が英語風になったときJで読まれるということなのだろうが、それにしても奇妙に思う。

 初めてこの作品を見たのは、当ブログの過去記事によれば2020年9月のようだ。2シーズンで計20話だが、休み休み見ていた。

 主人公は都会での任務で問題を起こし(職務上のとっさの判断で、民間人は守ったが警察官が犠牲になった)、奥さんも亡くなり、結果として気持ちを病んでしまったらしく、生まれ故郷の小さな警察署に配属になる。だが人には隠れて強い薬を飲んだりして、けっこう精神が不安定のようだ。
 そこに人種差別が絡んでいるのではと思われる事件が発生。閉鎖的な村で起きた外国人殺害の捜査により、あぶり出される現地の人々の秘密や、入り組んだ人間関係。それらをひとつずつ、荒っぽく大胆に調べる主人公。

 話のあいまに、何度も精神科医との面談が出てくる。話の流れと面談の時系列がよくわからず、都会でのことで精神的にまいってしまった時期のものなのか、それとも別なのかが、わかりにくい。わざと曖昧に描かれるのだろう。第1シーズンも後半になってようやく、主人公は最近のことを何日もかけて精神科医に説明している(それを視聴者は見ている)ということが、わかってくる。

 ようやく話の流れが視聴者と同じ「現在」になったとき、事件は終わる。
 だがそのラストで「この人、やっと立ち直りかけていたけれど、もうだめだな」と、主人公にとってのあまりの結末に、同情を禁じ得ない。

 そして第2シーズン。

 あのラストでは、警察官をつづけられるとはとても思えない(精神面でずたずた)状態だろうと思っていたら、やはり辞めていた。警察にコネはあっても、司法関係(警察学校のような?)で、教師をしている設定になっていたようだが、詳細は描かれていない。

 第1シーズンで自分を担当していた精神科医が、相談にやってくるところから話がはじまる。

 道路建設で山奥の森林を破壊することにはなるが経済的に村が潤うので賛成する推進派、その建設予定地の重要な部分を所有する気ままな初老の婦人、彼女と馬が合うために森林で自由に暮らしている怪しげなグループ(こっそり麻薬なども栽培)など、いろいろな人間がいる。

 そこで殺人事件が起こり、すぐさま、ある若い男が逮捕される。
 その男は最近まで冤罪で9年も刑務所にはいり、出所まもない時期だった。主人公を訪ねてきた精神科医は、その男が冤罪だった可能性について主人公に相談し、冤罪だったのならば、前科者への先入観から警察が彼を逮捕したことを問題視できる、今回の犯罪も無関係として戦う突破口になると考えていた。

 だが、主人公の病みっぷりが、このシーズンも半端ない。

 ところどころ「これは本人が病んでいるので妄想シーンと現実を混ぜているのではないか」と考えるしかないほど、はちゃめちゃな行動をとる。
 前シーズンで亡くなった同僚警察官は、誰もいないとき生きた人間のように普通に話しかけてくる。少しも幽霊っぽくないし、心が乱れた主人公がみずから生んだ幻影とは思えないほど、きっちり意見を言う。

 こんな問題行動をとったら普通はドラマが成り立たないはずだと思うものもあるが、全体の雰囲気や脚本から考えて、このドラマは低レベルとは感じられず——ならばいったいこれはどういうことなのかと、見ながら何度も頭を抱えた。

 最後の最後、第2シーズンの終わりに、第1シーズンで主人公が精神科医に語った言葉が流れる。そこでふと、合点がいった。

 見た人がそれをどう解釈するかは、何通りかあるだろう。

 だが、ひとつわたしが考えついたのは、この人物(主人公)は、話の最初からずっと壊れていて、苦しんでいるということだ。何回も何回も、過去を反芻して、医師に語るように自分のなかで話をくり返してきたのではないかと。
 何度も自分や人に語る話だからこそ、突拍子もないシーンが出る。経験したこと、実際にあったことが元になりつつも、一部は脚色され、歯止めもなく激情のまま行動し、ふと、我に返る。それをくり返しているのでは。

 描かれる世界はもちろんだが、つくづく、主人公の陥った闇の迷路は長く、そして冷たい。

フランス語は、これで身につく(!?)

 自慢ではないが、下手の横好きとはわたしのためにある言葉だ。語学には関心があり、昔から基礎だけは学ぼうと各国語の本を買ってきてはぺらぺらページをめくり、DVDでその言語をBGMのようにかけてみたりと、あれこれやってみるが、ひとつも身についていない。そして基礎だけやると。もう片っ端から忘れる。

 英語だけは年数が長いのでかろうじて忘れずに済んでいるが、ひどいのがフランス語だ。高校生のころにラジオのテキストで学んだり、その後に機会があればフランス語の授業をとったりしたこともあったが、その後も豪快に忘れていく。最近では、ネットでフランス語のニュースを読もうとしても、単語を追ううちにじれったくなって、Google等で英訳して読んでしまう。

 ところが、昨日ちょっとおもしろいことをやってみて、これなら今後はフランス語も覚えられるかもと気づいた。

○ Kindle Unlimitedで、フランス語で書かれたレシピ本をダウンロードしてくる。このとき、文字として掲載されているものをダウンロードすることが重要。
(日本の一部のレシピ本のように、内容を写真としてキャプチャしたものはだめ)
○ Macの「システム環境設定」→「アクセシビリティ」→「スピーチ」から、フランス語の音声をダウンロードしてくる。
○ Kindleでそのフランス語レシピを開けて、音声はフランス語を指定してから、読み上げさせる。
○ 得意分野(製菓、製パン、簡単な料理)ならば、単語も、書いてある内容(作り方)もほとんど頭にはいっているため、音声を聞きながら文字を目で追えば、発音とリズム(抑揚)が学べる!!

 これはもう、やみつきになりそうだ。

 いままでも、フランス語はレシピ関係なら単語としては頭にはいっていることが多かったため、菓子などを調べるにもフランス語の単語を自分で打って検索し、内容に目を通すことはあった。だが読み上げる際には、発音が無意識に英語読みに近づいていってしまうので、せっかくの検索結果についても、フランス語ができる人にその英語っぽい読みのまま話しかけてしまい混乱を招く。話が通じないか、あるいは発音を直されてしまうのだ。

 だが、これで「読み」と「抑揚」が身につけば…!?
 いつかは、レシピ関係だけでも、ましなフランス語が身につくかもしれない。

 …あくまで「かもしれない」ではあるが…。

参考リンク:
いまこの方法で読んでいるレシピ。