ひさびさの田舎訪問

 何年ぶりだかわからないほどひさしぶりに、田舎の家に出かけた。片道が電車で2時間半くらい、車で20分くらい。朝の8時20分過ぎに家を出て、帰宅がほぼ12時間後だった。

 まず、朝の電車でどきり。

 ひさしぶりすぎて、時間計算を間違えていた。高円寺から浅草駅までは電車に乗っている時間が40分くらいだから、朝だから乗り継ぎもいいはずだし、9時40分の浅草発に乗るために8時25分くらいに家を出て…これ、ぴったりすぎて余裕がないとうことに、思い至らず。

 ちょうど高円寺駅に来た東西線直通に飛び乗るようにして浅草に向かったが、乗り継いだ地下鉄は上野止まりで、さらに乗り換え。浅草に着いて特急りょうもう号のホームに着いたときは車内清掃が終わって乗車できる時間だった。発車まで7分しか余裕がなかったことになる。

 これは、最近よく発生しているらしい遅れを考えると、奇跡的にうまくいった話だ。高円寺駅からの電車に1本遅れていたら、おそらく間に合わなかったのではないだろうか。特急券はスマホで事前購入、乗車券はSuicaだったので券売機を使わずに済んだのが幸いだ。券売機の時間まで入れたら、これでもぎりぎりだった。

 田舎に到着すると、本来ならそこで日に数本しかないバス(格安)を使うか、タクシー(東武線の運賃+特急料金ふたり分くらいが片道のタクシーで消える)しかないのだが、幸いなことに仕事のシフトを変更して休日をとってくれていた家族が迎えに来てくれた。途中で昼食などを調達しつつ、家へ。

 実母は、電話などの内容から想像するに、トイレに往復するにも片道数分かかるほどたいへんだと思っていたが、室内をゆっくり歩いたほか、杖をついて庭を歩いた。あとで本人のいないところで「元気そうじゃん」と尋ねると、かなりいつもと違うという。明日あたりは反動で寝てしまうのではないか、と。

 生後1〜2年くらいのときに会っただけの小さな親戚が、15歳くらいになっていた。話をちょっと聞いてみたが、オタっぽかったので、なんだかうれしい。普通の子よりも、オタっぽい子のほうがお互い気楽である。

 少し話をして、夕方にまた駅に送ってもらい、東京にもどる。通路を挟んだ隣席の人が、わたしにはよくわからないものを何台かテーブルに並べて、アンテナを出していた。あれはなんだろう。ゲームボーイっぽいなにか?
東武線車内: なにかの実験(?)
 置いているだけで、とくになにかをしている風でもなかった。なんの実験だろう。

 今回は往復ともに6両編成だったが、この春から運行の半分くらいは3両編成が登場しているらしい。さすがにコロナで客が減ったのだろう。夕方の上り電車の乗車率はそこそこだったが、朝の下りは「こんなに客が少ないんだ」と、驚いた。

 田舎の親も年を取ったので、たまには出かけたいと思う。

東武線の予約

 4〜5年前にアメリカの知人を「ぐんま昆虫の森」に案内するときに驚いたのだが、東武線では特急券の事前予約などで会員制サイトからクレジットカードが使えたものの、券売機や窓口では現金のみ(東武鉄道のカードがあったらしいので、それは使えた可能性がある)。
 しかも浅草駅の券売機は当日券のみ販売で、翌日以降の分は有人窓口で買うということだったので、駅の待ち合わせなどの相談で浅草駅に出かけた際に、現金で行きの分を購入。当日は帰りに赤城駅から「特急券のみ現金で」、乗車券はSuicaで払った。

 来月上旬にひさしぶりに東武線に乗ることになり、検索したところ、2020年6月から券売機でカードに対応しているという。すべての駅ではないかもしれないがわたしが利用する駅は対応しているようだ。また、以前は登録制だった特急券予約販売のサイトが、電話番号とメールアドレスなどの必要事項入力で、事前購入できるようになっていた。

 まさか平日の往復で満席になるとは思えないが、行きだけオンラインで支払いして(予約販売は特急券のみらしいので乗車券はSuicaで支払いすることになるのだろうか)、帰りは当日に決めようと思う。

中野区立歴史民俗資料館へ

 江古田(中野区の地名は「えごた」、練馬区の駅名は「えこだ」)にある、歴史民俗資料館へ。期間限定の展示でいつも工夫があり、おひな様の展示時期にも出かけたかったのだが都合が合わず、今回は端午の節句の時期に初訪問。

 出かける前に地図を見ていたら、家から徒歩で出かけられることがわかった。駅では西部新宿線の沼袋駅が近く、新青梅街道沿いなので中野駅や豊島区方向からバスのアクセスもよく、地図を見るまでは「何で出かけようか」と思っていたのだが、距離はわたしたちが普段歩いているものだとわかったのだ。

 家から徒歩で、まずは西部新宿線の野方駅まで。そこから商店街を北上して新青梅街道を東へひたすら歩く。それだけだ。

 大通り沿いなのに静かな場所で、無料なのに人は少なく、庭園の片隅にある山崎家の茶室と書院も特別公開中で、よいことづくしだった。

中野区の歴史民俗資料館 館内

 館内は、写真撮影が可能だった。撮影できないものにはそう書いてあるので、それ以外の場所を撮影。
 歴史民俗というからには、漠然と、江戸や明治以降の展示が最古かと思っていたら、それ以前のものもあった。

中野区立歴史民俗資料館(山崎家の書院と茶室)

 もともとは山崎家という名家の土地を譲り受けた資料館とのこと。ビデオ説明が見られる1階の広い部屋からは、庭園が臨め、その山崎家が貴賓のもてなしに使っていた別館が見られる。5月8日まではその別館も公開され(外側から内部が)見られるとわかったので、さっそく庭にもおじゃました。

 資料館も庭も無料だが、庭は夕方4時まで。

 帰りは沼袋駅まで歩き、西部新宿線で都立家政の駅で下車し、徒歩で帰宅した。帰りの買い物も含めて9500歩の散歩だった。

下落合駅から高田馬場駅まで歩いた

 今日は西武新宿線の下落合駅から、隣の高田馬場駅まで歩いてみた。地下鉄東西線の落合駅と高田馬場駅を歩いたことはあったが(30年くらい前の話)、そちらは早稲田通り沿いをひたすら歩くだけなので道に迷うことはなかった。

 今回は、このためだけに降りた下落合駅から「馬場まで簡単に歩けるルートがない」という事実に衝撃を受けつつ、iPhoneで地図を確認しながら歩いた。だいたい今日になって歩くことを決める直前まで「え、西武新宿線の高田馬場の次って中井駅じゃなかったっけ」というほど下落合に無知で、失礼な人間であった。

 駅前はおとといの中井駅よりも広く、バスも通れるような場所だった。そこからは公園や川、そして民家なのか公共施設なのかわからないが緑がたくさんある場所を縫って歩く。住宅街では細い道にも迷いこみそうになったが、早稲田通りが近くなると、急な上り坂が登場して、何やらテンションが上がった。神楽坂のあたりもそうなのだが、早稲田通りの北側というのは位置的に低くなっていることが多く、今日も「あー、神楽坂みたいだ」と、雰囲気を満喫。

 高田馬場の駅に到着した。

 東京に出てきてすぐに通った学校が馬場と早稲田の中間地点にあり、その後は早稲田で2年ほど学生をしていたため、馬場周辺は思い出深く、懐かしい土地である。ビッグボックス(いまはエミオなのかもしれないが建物にビッグボックスという文字が残っていた)、芳林堂書店があるF1ビル(最近は1階にドンキがはいっている)などをちらちら持て、地下鉄東西線直通の電車でJR高円寺駅に到着。そこからは徒歩で帰宅。

 たまには、降りたことのない駅で下車して歩いてみるのも悪くない。

中井駅→東中野駅まで歩いてみた

 西武新宿線といえば、沼袋駅や新井薬師前駅から散歩がてら中野駅まで歩くことはときおりあるが、中井駅から東中野というのは歩いたことがなかった。初めて歩いてみた。

 中井駅は駅前に大きな広場や商業施設があるわけではなく、こぢんまりとした商店街が南北に延びるだけである。バスが通れる道幅ではないため、多くの人は徒歩2分程度にある都営地下鉄大江戸線の中井駅に移動して乗り換えるか、あるいはほんとうに地元住民が徒歩圏内で利用する駅なのではないだろうかと思う。

 わたしも以前に光が丘に遊びに行きたくて大江戸線の乗り換えに使ったとき以来なので、南にずっと歩くことでいろいろな発見があった。

 まず、くり返しになるが、駅前からの道は「商店が多いがそこらへんの住宅街」規模である。新宿区でこれはすごい。だが道沿いには店だけでなく信用金庫やら郵便局など必要な機能は網羅されている。道が狭いのでゆくゆくは再開発という話も出てくるかと思うが、現在のところ、かなり過ごしやすいのではないだろうか。こぎれいな家やら昔ながらの住宅があれこれ楽しく混在している。

 少し歩くと、早稲田通りにつきあたる。そのあたりは地下鉄東西線の「落合」駅だ。そこから大通りを南下してもよいのだが、あえて住宅街を縫うように進む。そのあたりは中野区である。

 東中野駅の手前で、住宅街から大通りに出た。
 北西側の大通りから駅を見ると「都会」である。駅ビルも整っていて、周辺には大型のスーパーもあり、ああ、多くの人が思い浮かべる都会の姿はきっとこうなのだなと感じる。

 駅ビルの成城石井などを少し見たあと、駅の北側の通りを東方向へ歩いてみた。そちら方向に残る昔ながらの東中野は、ひと昔、いや、ふた昔前の佇まいだ。年季のはいった店も多い。ギャップがかなりおもしろい。
 帰りはJRで高円寺駅に行こうということになり、電車に乗ることにした。そもそもその東側にある駅の入り口からして、のぼる手段は階段のみであること、その階段も洒落っけがなく線路が目の前に見える味気なさで、力いっぱい「こっち側は昭和だよ」と叫んでいるように感じられる。

 高円寺駅で降り、そこから徒歩で帰宅。それにしてもJRは混雑していた。みなさんゴールデンウィークは界隈で遊んでいるのだろうか。行きの西武新宿線はそれほど混雑を感じなかったが、帰りのJRは混んでいた。

 遠出をする予定はないので、こんな風に界隈の散歩をしながら連休を過ごそうと思う。

中野の桜を楽しむ(2022)

 西武新宿線「新井薬師前駅」から、中野通を南下しつつ、駅の手前で右折して「中野四季の森公園」まで。そしてバスで帰宅。

 午前のほうが晴れていたが、思い立って出かけたのは午後3時過ぎ。明日以降も薄曇りのようなので、今日のうちに出かけておこうという話になった。

 右上が中野四季の森公園、それ以外は中野通。ただし下段の中央は、新井薬師公園で撮影。新井薬師公園は、コロナ禍がなければ毎年内部で出店などがあり、焼きそばなどが売られていた記憶があるが、この2年ほどは人が歩くだけの場になった。そのほうがすっきりしているといえばそうなのだが、今後はどうなるだろうか。

関東人失格!? 地下鉄ロゴのクイズ

 先ほどTwitterのキーワードで「関東人失格」というものが現れ、普段から「関東人」と名乗っているわたしとしては、やらずにいられないと、リンクされていた地下鉄ロゴのクイズ8問に挑戦したところ…

(クイズはこちら)
https://web.quizknock.com/metoro-color01

 何を思ったか、いちばん得意な見慣れているロゴで、間違えた。7問正解。悔しい。
 家族にもやってみるように勧めたところ、こちらも1問間違えて、7問正解。

 …だが、やってみたものの、これは間違えた場合でも「都民失格」とか「23区民失格」ではないだろうか。

旧中杉通りを歩いた

 鷺ノ宮で用事があり、阿佐ヶ谷まで歩いて買い物しようという話になったのだが、土曜日に旧中杉通りを歩いたのがひさしぶりだったのか、あるいは緊急事態宣言が終わって最初の土曜日だからなのか、食べ物屋の前に人が列をなしているのを新鮮な思いで見た。

 有名なジェラート店のシンチェリータは10人くらい並んでいたほか、店頭から少し離れた場所で立ち食いしている人の姿も見られたし、パティスリータツヤササキでも4人ほど店の前に人がいた。そしてなんと、同店には「菓子の自販機」まであった。

 菓子屋以外もおそらく変化があったことだろう。
 このまま、また適度な賑わいがもどってくるとよいのだが。

行動範囲が狭い日々

 明日は数ヶ月ぶりに、薬の処方を受けるため隣駅へ。去年の春に「担当医がいる日なら電話で頼めば処方薬を薬局に手配してもらえるらしい」と聞いたが、度胸を出して出かけていた。

 だがそのころよりも何倍もの数で発表される陽性者と重症者の知らせに、昨今では感覚が麻痺したのか、「いったんそんな風に電話で頼んでも、次回が改善されているとは限らないから」と、明日もまた自分で出かけることに。

 というわけで、数ヶ月に一度の「やや都会」な場所へのお出かけである。最近は予約システムがしっかりしているので診察まで数時間も待つようなことはなくなり、病院にいることそのものが、会計も入れて1時間くらいになった。だからそのあとは少し界隈を歩くこともできる。

 あまり混雑していなかったら、買い物をしてこよう。可能ならアイスコーヒーの1杯くらい飲めるかもしれない。それを楽しみに出かけるとしよう。

馬橋通り(杉並区)を歩く

 夕方に高円寺の駅周辺を歩いていた。人が多いばかりであまり見て歩くものもなく、そうだルック商店街の三平ストア跡地はどうなったか見に出かけようという話になった。ルック商店街とはパル商店街を越えた先にある長い商店街で、青梅街道まで延びている。そこまで歩けば、地下鉄の新高円寺駅がある。

 さて、三平ストア跡地はまだ工事中だったので、その先のCan★Doまで歩いてから、喫茶「七ツ森」までもどって西へ移動し、やはりこちらも長く伸びている馬橋通りから北上し、終点の早稲田通りまで歩いてみることにした。

 わたしが東京に出てきてまもなくに住んでいた場所が、実はJR高円寺と阿佐ヶ谷のあいだに位置する高架線の近くで、いまはJR社員寮が再開発されてすっかりおしゃれになってしまったあたりである。いまはすぐ近くの高架線下に格安スーパーのビッグAもできていて、あのころこれがあったら買い物が便利だっただろうなと、つい考える。
 あのころは高架下を高円寺駅まで歩くほか、近所を歩くのに馬橋通りもよく利用していたのだが、ただの近所の通りと思っていた場所に、そんな立派な名前がついているとは数年前まで知らなかった。

 聞くところによれば、かって中野駅の次は武蔵境くらいまで駅がなかったころから、ぼちぼちと、駅を増やす話がではじめていたといい、やがて荻窪にも駅ができた。その後に「荻窪と中野のあいだに馬橋駅を」という話が出たのだそうで、そのときにこの縦長な「馬橋通り」ができたのだが、けっきょく馬橋駅は実現せずに阿佐ヶ谷駅と高円寺駅が誕生したのだそうだ。 → 参考 2021.05.16 Urban Life Metro JR中央線まぼろしの駅 中野~荻窪間に計画された「馬橋駅」とは何だったのか?

 で、いまこの馬橋通りは、わたしがよく歩いていた数十年前と雰囲気がさほど変わらず(店が減ったようには思うがもともと商店街という雰囲気ではなかったので、寂れたのではなく「より落ちついた」印象である)、交通量もそこそこで、たまに歩くと味わい深い。

 今日は途中で100円の飲み物を買った以外、まったく出費がないまま帰宅した。たまにはこういう散歩もいい。