エアコンの掃除

 このところエアコンではなく電気のヒーターで寒さをしのいでいたが、大寒波ということである。とてつもなく冷える可能性を考え、ヒルのうちにエアコン内部にスプレーをして、フィルタに掃除機をかけておいた。

 夜遅く、いちおうエアコンに。暖房のエアコンはほんとうに音がうるさいが、何時間も前から風の音が大きく、周囲もこのところ夜間に同じようにエアコンを使っているので、まあよしとしよう。

 夜になってからの室内の冷え方がいつもと異なり、入浴時に浴室がなんだか寒く感じられたほどで、明け方あたりはかなり冷えるのだろうなと想像。東京の借家では石油系などのヒーターで事故があってはならないので、わが家だけでなく多くのご家庭で電気で対応しているかと思う。近年の新築で持ち家であれば床暖房もあるだろうし、窓のガラスが複層になっている家も増えてきているので、熱効率が高いはずだ。

 次は熱効率の高い家に住んでみたいものであるが、どうなることやら。

最初に作った銀行口座は「太陽神戸」

 三菱UFJだけは紙の通帳をやめてオンラインのみの「エコ通帳」というものにしたのだが、みずほ銀、ゆうちょなどは、ときおり紙の通帳に記帳している。オンラインで残高を見るようになったし現金をあまり下ろさないので、うっかりすると1年に1回くらいしか記帳しない。

 今日は散歩がてら鷺ノ宮駅すぐの場所にある「みずほ銀」へ。自分のもののほか、義母の分まで記帳することができてよかった。

 手持ちの現金を少額ながら入金したのだが、入金という作業がひさしぶりだったせいか「あっ、入金て暗証番号が要らないんだ」など、新鮮な発見があった。まあ、普通は赤の他人のキャッシュカードと現金をセットにしてATMに入れる人もいないと思うので、たいした問題はないのだろう。ただ、家族の代理で記帳をしたついでに間違える可能性は、ゼロではないかも。

 そういえばCITIBANKが日本から撤退したときに業務を受け継いだSMBC信託銀行(ブランド名「プレスティア」)も、通帳というものがない。手元にあるのはキャッシュカード(タッチ決済VISA付き)だけだ。ときおり残高が郵送で届くが、人によってはオンラインのみという場合もあるらしい。

 東京に出てきた最初に自分で銀行口座を作ったのは、いまはなき「太陽神戸銀行」だった。高円寺の南口すぐに支店があったのだ。あの口座は統廃合の末にいったい何銀になったのだろう。ネットで見ると三井住友系になったようだが、そういえば高円寺北口にあった平和相互銀行(現在のサンドラッグの建物)がのちに住友銀行になったとき、わたしはそこを使っていた記憶もあるので、しばらくはその口座を利用していたのかもしれない。
 あのころ、平和相互だった住友銀行は平和相互のころのまま窓口が遅くまで開いていて、のともと住友系列だった銀行は午後3時で窓口終了という、ちょっとちぐはぐなことがあっておもしろかった。

 社会人になってからは、転職やアルバイトなどをするとその会社の取引銀行で口座を作らされるので、どんどんと口座が増えて、最初の太陽神戸銀行に由来する銀行(おそらくは住友銀行)は、やがて使わなくなってしまったのだろうと思う。

 現在のみずほ銀は、最後に会社員をしていたころのもの(第一勧銀の銀座一丁目支店)と、高円寺北口の(もともと富士銀行だった)みずほである。前者のキャッシュカードはいまだに「第一勧銀のハートカード」で、30年以上前に作成したものであるのに、今日はATMでの入金に使えた。すばらしい物持ちの良さである。

気を取り直して

 午前にちょっとしたことがあり心が乱された。昨日から予感していたのだが、やはり実際にそうであったと確認した場合には、威力が違う。ゆっくりとだがずっしりと、内側に薄暗い雲のようなものが立ちこめる感覚だ。

 だが少しして、気を取り直した。
 そして家族と話し合い、以前からほしかった家電を注文することになった。いまほしい生活用品がふたつあり、そのうちのひとつを先に検討したのだ。いったん別に設置していた買い物ブログもこちらで継続することにしたので、今後は買ったものもこちらのmikimarulogで紹介していきたい。

 このところ新型コロナ(への日本政府の対策)やウクライナのことで、前向きに考えることが難しくなってきている。社会に閉塞感がただよっているのは気のせいではなく、わたし以外でも明るくなれない人はいるように感じる。

 これから先の数日で、北陸などで例を見ないほどの大寒波だそうだ。関東も寒くなるだろう。
 とりあえず、春を待つ。

「ゆうプリタッチ」

 昨日ひさしぶりに郵便局で外国への荷物を出したのだが、この数年ほど手書き宛名での荷物は受けとらないという方針が強化されているため、今回も自宅のプリンターで印刷をして持っていった。(国際郵便マイページサービスに会員登録すると、必要事項と宛名などがパソコンから印刷できる)

 わたしはたまたまパソコンがあるし家で印刷ができるが、ない人はどうするのだろうと思ったら、スマホ用に「ゆうプリタッチ」というアプリがあるらしく、それでデータを作成してから郵便局に行くと、自分で印刷できるのだそうだ。出かけた郵便局に専用の機械が見あたらない場合は、窓口に番号を告げると印刷してくれるのだとか。

 それにしても、コロナ禍で減便になっている影響が大きく、今年も小形包装物は(航空便では)送れなかった。去年は苦渋の決断で船便にしたがアメリカまで3ヶ月かかってしまい、やきもきしたので、可能ならば航空便を選びたかったのだが——航空便では国際小包の扱いになる。
 そのため今回は1kg以内(国際小包の最低単位が1kg)で荷物を作ったものの、4200円かかった。中味より送料が高い現実…。しかしよく考えれば、国内でも大きな荷物やクール便であれば1000円前後の送料がかかっているわけで、外国まで4200円ならば、状況を考えれば納得すべきである。それに小形包装物と違い、番号を入力すれば郵便局で追跡もできる安心感。

 コロナ禍以前は、小形包装物ならアメリカまで千円台から、重さによっては2千円台で送れた。さらにSAL扱い(遅れる可能性がある輸送方法)ならば数百円安かった。現在の国際小包は減便などの状況を鑑みて、特別なチャージが800円含まれての4200円だそうである。その800円は、いつか元にもどることがあるのか、あるいはこのまま据え置きになるのか。

 いや、それ以前に、新型コロナの状況は今後どうなるのだろう。

雨を待っていたというのに

 12月に「雨が降ったら外階段を掃除しよう」と考えていた。何度か雨は降ったが、冬で日が短いため午後の外出のあとでは薄暗くなってしまって危険があり、「雨が昼前後に小雨だった日に掃除しよう」と考えていたのだが…。年の瀬からつい数日前まで、東京に雨の気配はまったくなかった。

 雨を待っているあいだに、先週の木曜に屋内階段で滑って尾骶骨周辺を強打した。そこで数日安静にしていようと考えていると雨が近づいてきた。とくに日曜、月曜と、ある程度の量が降った。

 待っていた雨だが、湿気のせいかそんな日は痛みがぶり返してきて、しかも小雨の外階段を掃除などしようものならふたたび滑りそうな懸念もあった。そんなこんなで決心がつかないでいるうちに、雨は遠ざかったようだ。

 家の外に水道設備があるならばホースで水まきでもしながら好きなタイミングで掃除できるのだが、雨が降って小雨になったタイミングでデッキブラシで擦り、少量の水(ペットボトル等にくみ置きしておいたもの)をかけて仕上げようと思っているため、「昼間の明るい時間帯」、「小雨になったタイミング」、「体調がいい」が三拍子揃うことがなければ、しばらく掃除はできないだろう。

 それにしても、臀部や腰というのは、しみじみ「体の中心」であると感じる。痛みがあればさまざまな動作に影響するし、気分も暗くなる。これからもじゅうぶんに気をつけねばならない。

もしヘビに、うっすら体毛があったら

 以前にどこかで書いたかもしれないが、東京にひとり暮らしをするようになって、初めて夜中に妙なものが見えたときのことだ。おそらく疲れて寝ぼけて頭が混乱していたのだろう。そのときは「出た、ついにすごいものを見た」と興奮したり畏怖を感じたりとにかく忙しかったのだが、その「見えた」ものは……いまから思うとぜんぜんすごくない「うっすら毛の生えたヘビの頭」だったのだ。

 どう考えても、ぬいぐるみみたいなものでしかないだろうが、そのときはなぜか「すごい、ついに見た」だった。

 それが布団のすぐ近くで、こちらを凝視するでもなく、斜め方向(要するにわたしとは関係のない方向)を見ていた。まるで「ほらデッサンするなら早くして」という雰囲気であった。しばらく見ていたが、わたしは寝てしまった。

 頭の部分だけだったのだから、別にヘビと思わなくてもよかったはずだが(うしろがどうなっているかわからないのだから、何の生き物を連想してもよかったはず)、とにかくわたしはそのとき、それをヘビだと考えた。

 あれからもときどきそのヘビを思い出すのだが——。今年になって、いくつかのヘビ関連グッズ販売サイトで、ヘビのドアップがカレンダーになっているのを見てなつかしくなった。カレンダーになるだけあって、どのモデルもあのときのヘビより立派なものが多い。もしこれらにうっすら体毛があったとしても、あのときのヘビよりは美しいというか、堂々としているように感じる。

 なぜあのとき見たヘビに、体毛があったのか。
 実はわたしはヘビが苦手ではない。ヘビの図鑑を見るのが好きで、動物図鑑はヘビのページを集中してみていた。そのため、生々しい見た目のものが夢に出たことも複数回ある。だが、あのときは体毛があった。

 恐竜も鳥のように毛があったのではという説があるそうだが、もし現在のヘビに毛が生えていたら、愛らしい路線で生きる道もあっただろうし、もしかすると毛皮を目当てに乱獲されていたかもしれないし、また違った意味での注目を浴びていたのだろうな。

ひと息ついた日

 実は昨日はとても緊張する日だった。11日から12日にかけて家族がとても忙しく、わたしは体調を案じたり、鼻をかんでいるのを見れば「風邪かも」やら、「眠くなる成分の風邪薬や鼻炎カプセルは飲ませられない」やら、頼まれてもいないことを勝手に考えて悩んでいた。しかも自分は(昨日も書いたが)滑って尾骶骨周辺を打つという失態。やることがあれこれあったのだが、留守番をするのがせいぜいだった。

 日付が変わり、今日はのんびりとできる日となった。家でぼんやり過ごしたいという家族に変わり、リハビリを兼ねてわたしが近所に買い物へ。無事に往復できた。体をかがめたり急に姿勢を変えるとかなり痛みがあるが、ゆっくりと動けば問題ないようだ。鎮痛剤を飲む回数も減った。ときどき湿布はしている。

 NetflixやU-Nextなどの配信サービスにはほんとうに助けられている。時間が合えば「何かを見よう」という流れになり、好みのドラマや映画が見られる。最近はアダムズファミリーのスピンオフ「ウエンズデー」、病気で地球上の何割もの人が亡くなった世界の20年後を描く「ステーション・イレブン」、ウィッチャーシリーズの前日譚「ウィッチャー 血の起源」ほかを見た。

昨日の階段のこともあるし、家の掃除や片づけものなどに本腰を入れた方がいいのだろうが、そこまではまだ重い腰を上げられない。少しずつでもやっていくしかない。

自宅の階段でコケた話

 外階段でなくてまだよかったのかもしれないと、思うことにしよう。昼ころに郵便の配達があり、郵便受けにはいらないサイズであるため、チャイムが鳴った。外国からの本のようだった。そして玄関に出ようとして2階から降りていく途中で、滑ってコケた。

 尾骶骨周辺を強く打った。

 幸いなことに直後から激痛というわけではなく、あとになって痛くなるとは思ったが普通に郵便を受けとり、部屋にもどってしばし座る。あとで湿布を貼ったり鎮痛剤が必要になるだろうが、ひとまず休みたかった。

 引っ越してきてから何度か「この階段、危ない」と感じていた。実際になにかのはずみによろけてバランスを崩し、壁に体を打ちつけたことが1〜2回あったし、考え事をしながら降りていて踏み外しそうになったこともある。とくに下から3〜4段目のあたりでなにかが起こりやすいと自覚していて、数年前からはねんのために階段に貼りつけるマットを設置していたのだが、それで安心してはいけなかった。スリッパの裏が摩耗していた可能性もあるが、とにかく気をつけねば。

 午後と夕方に、お気に入りの鎮痛剤を計2回服用。バファリンよりは強いはずのものだが、それでも痛みはかなり強いまま夜まで継続している。だが歩くことはできるので(さすがに今日の散歩は中止したものの)、骨折などではないと思われる。
 湿布もしている。

 このまま痛みが薄れるようにと、願わずにいられない。

鏡開きまで汁粉を食べない?

 今年はたしか三が日のうちに1回汁粉を食べた記憶があるのだが、世の中には鏡開きまで汁粉を食べない人もいるのだろうか。

 自分の昔のブログやFacebook等を見ても、前日に「鏡開きだからあずきを煮た」と書いていた年が何回かあった。あずきをちゃんと煮ていたことも驚きだが(あれはけっこう手間がかかるし、それに加えて「どうせ作るならば」と多めに作ったので、食べるのがたいへんだ)、それ以前は食べていなかったのかどうか、自分のことなのに思い出せない。

 三が日に食べたときもとくにコメントはなかったので、家族も食べたいときに食べればいいという考えなのだろう。

 鏡開きといえば、大きなお供え餅に関係がある。だがこの数十年、杵と臼で餅をつくご家庭は激減し、餅つき器(ホームベーカリー等)でつく人も減っていると思われ——。自宅でつきたての餅を大きな鏡餅にして飾り、松の内を過ぎてカチカチになったものを煮て食べるということも、まずないだろう。
 スーパーで売られているパックの鏡餅は容器ごと包丁でカットしてお使いくださいと説明にあるので(本来は刃物を使わずたたいて割るものだったため「開く」と言っていたそうだが)、そのほうが使いやすいし実際的ではあるが、情緒はもはやない。情緒がなくなっても鏡餅、鏡開きという言葉は残るのだが、世の中の習慣の多くは、そんなものである。

 わが家も、パックの切り餅と、お供えの容器を上からカットした餅とで、ふたたび鏡開きの日は汁粉を食べることになるのだろう。

外国のカレンダーを見ていて

 カレンダーをいただいた。外国にお住まいの方が現地のきれいな風景写真が使われたものを、くださったのだ。年末にいただき、ちょうど新年のタイミングなので飾ってみた。すると月に3回ほど、日付の脇に●やら◐やら◑が付いていること気づいた。

 最初は何だろうと思ったのだが、規則正しく付いているので「●が満月なんだろうな」と考えた。日本でもこういうカレンダーはよく売られているのだろうか。田舎の親が六曜が付いたカレンダーが好きだったため、六曜のあるなしは気づくが、月齢についてはまったく知らなかった。最近は日付と祝日のマークがわかるだけのシンプルなものを使っている。
 もっとも、小さな文字でいろいろ書かれているのかもしれないが、若いころよりも視力が落ちているので気がつかないという可能性もあるが…。