猫の夢を見た

 たまには可愛いものも夢に出てくる。もっとも、その猫が出てくるシーン以外はよく覚えていないが、全体としては暗い夢だったかもしれない。

 昼間に2階のベランダを開けると、目の前(つまり上空ということになるが)に誰かがいた。1階の草むらを見るようにと、ニコニコしながら合図している。そこで下を見ると、小さいのに茶色くてふさふさした猫が、わたしがいる2階のベランダまでジャンプしようとして、助走のようにお尻をふるふるさせているところだった。

 その茶色い(ポケモン風に表現するならイーヴィ風)猫は、往年のドラマ「バイオニック・ジェミー」でもあるまいし、お尻をふるふるさせただけで、1回のジャンプで飛んできた。なんという跳躍力。わたしはキャッチして、両前足の付け根部分(つまり両肩)をうしろからかかえ、家の中にいる家族に「猫が来た」と伝えた。
 家族も猫が好きなので、にっこり笑っている。

 どうも猫の世界でも不景気らしく、ツンデレしている場合ではなくて、人間に愛想よくして餌をもらうほうが得策ということになったらしい。何やらひっきりなしに愛想よくしてきたので、なでたり、何か食べ物を出した。
 こちらは借家なので完璧に飼うことができないのだが「夜だけ外でおしっこしたり、軒下で寝てくれるなら、昼間はベランダでご飯をあげるし、ちょっとなら中で休んでもいいけれど、それでいいか」と尋ねると、背に腹は代えられない様子で、猫は真顔で了解した。

 猫の世界もたいへんなんだなと、そんな風に思った夢だった。

台風が連続でやってきて

 少しの間隔で台風がつづいたせいか、どうやら今日は低気圧の影響を受けたらしく、動くのがつらかった。

 昼から「首が痛い」、「少し頭痛もあるか」と感じていたが、雨が弱い合間を縫って散歩に行けたらおそらく気分転換で治るだろうと期待していたところ、雨は大粒になり、首や肩の重さはおんぶお化けでも乗っているかのよう。首に湿布、額に冷却剤、バファリンを服用して様子を見ていたが、ついに夕方の4時近くになって雨が激しい雷雨になったころ、めまいまで起こしそうになった。

 仕方なく外出をあきらめて横になっているうちに、薬が効いたのか楽になった。

 今回の連続した台風では交通機関や住宅への被害もあった人が多いだろうが、わたしのように普段はあまり低気圧と頭痛の関係を意識していない人間でさえこれほどの影響を受けたので、普段から低気圧の予想におびえている方々は、さぞかしご苦労があったのではと考える。

散歩を兼ねて、中野マルイへ

 はたして散歩と呼べるのかどうか疑問だが、夕方は中野マルイへ。いつも中野や阿佐ヶ谷には行きが徒歩、帰りは交通機関を利用なのだが、途中で小雨が降ったので、どちらも交通機関を使ってしまった。まあ、それでも6000歩くらいは歩いただろうか。

 中野マルイは、1階の北側(以前にサーティワンアイスクリームがあった場所)が催事スペースになっていたことに気づかず、先日ぶらりと立ち寄った際に「聞いていたほどには催事の店が多くないな、日付を間違えたかな」と帰ってしまったのだが、今日そこを見たらプレスバターサンドなどのスイーツが来ていた。

 たしか「銀座あけぼの」の隣は、DHCか何か、化粧品があったような気がするのだが、そこも短期間の貸し出しスペースになっているようで、今日は服が出ていたようだ。

 この短期開催イベントや貸し出しスペースが増えたことで、予定が埋まれば客としては賑やかでいいのだが、埋まらないとマルイとしては店内がすかすかに見えてしまうリスクもあるだろう。平均すると月に2回くらいは前を歩くが、ときおり玄関脇の催事スペース(屋外)に何もない日があると、テンションが下がってしまい入店しないことがある。

 以前にボンジュールボンのパンがあったころは、催事がなくてもふらふらと入店したものだったが…。

 2階(カルディ前、太子堂の脇)も、短期のテナントがはいる場所になっており、数ヶ月ほどあったメルカリステーションが9月いっぱいで去るそうだ。そのあとはどうなるのだろう。

 なにかがはいってくれる分には、客は楽しくていいので、ぜひマルイにはがんばっていただきたい。

ワクチンの夢を見た

 ねんのために書いておくが、わたしはよく悪夢を見る。とくに昼間に疲れて目を閉じたときの夢がすごい。今日も配達の予定が2件あったのでできるだけ目を開けていようとしたものの、座椅子でうとうとしていたところ予定外の「エホバの証人」までやってきて、短時間に3回もチャイムが鳴った。

 さて、ワクチンの夢である。

 実は先日「まだ60歳以下だが、そのうち接種推奨年齢が低くなって、呼ばれるのだろうか」と考えていた。
 わたしは副反応が強めに出る。実際に新型コロナにも罹患したことがあるが、ワクチン接種の3回とも、副反応は実際の罹患と近い程度に不快だった。発熱と平熱が交互にやってきて調節ができず、突然に起き上がれないほど体がつらくなることもあり、二日ほどは不安で予定が何も入れられない。3回目のとき「もう、4回目はやりたくない」と、かなりまじめに考えた。

 気が乗らないと思っているうちに、60歳以下でも4回目の話が出てくるかもなぁと、そんなことを考えていたところだが、それが夢に出た。

 わたしは現実社会での医療関係者や、認可を受けた製薬会社の製品を信頼しているし、それぞれが高い職業意識で従事してくれていることを疑ってはないのだが、以下は夢である。

 接種会場を探していたわたしが迷いこんだのは、まるで普通の事務所のような雑然とした場所、なぜか勧められたハーブティには小さななにかが浮いていて(上澄みをうっかり飲んでしまったが底の方はさらにすごいものがはいっていた)、説明を求めたところ医師らしい男性が「最新式のワクチンですから、事前にそれを飲んでいる人のほうが効き目は抜群なのでお茶をだしました。おそらく詳細を説明してもわからないくらいの技術なんですが——あ、そうそう、接種から4〜5日は、蛇口からしたたり落ちる水がドロンとした液体に見えたり異物に見えたり、とにかく精神的におかしいことがありますが、気にしないでください」

 ——気にするよ、それ。

 とにかくこんなヤバい人の前からは消えなければいけないのだが、どうやって逃げようかと身構えていたら、玄関のチャイムが鳴った。それが佐川急便だったのかエホバの証人だったのかは忘れたが、とにかく起きることができた。

 ほっとした。だが、同時に感じた。

 ワクチンが怖いと思っている人(副反応がどうのという具体的な意味ではなく、なんだか得体が知れなくて怖いと感じている人)は、もしやこれくらい、怖いのではと。わけがわからず、納得ができず、それでもせかされるのが怖いのではと。

 そういう人たちが、陰謀論の話をする人たちに耳を傾けてしまうのか、あるいはせかされながらも自分の考えをまとめられるのかは、微妙なきっかけで左右されていくことかもしれないが、それにしてもこの「不安」は、社会全体として緩和の努力をしたほうがいいだろうと、自分の夢で考えさせられた。

60年代「奥さまは魔女」で、家の間取り

 あの「奥さまは魔女」である。なぜか最近、あの家の間取りが気になって検索してしまった。ロケに使われた家は実在するようで、日本と違って木造ではないので現在も見られるらしいと海外在住の方のブログ等で知ったが、その方々が実際に(不動産を買うでもなく)家の中をガシガシ撮影しているわけではないので、やはり間取りについては記憶を掘り起こすしかないのだろうか。

(去年あたりにこれが気になっていたならば、定額の配信サービスで作品を見るチャンスもあったらしいのだが、今年はAmazonプライムで1作品ごとに支払う必要ありとのこと。Amazonに何話あるかはともかく全体では200話以上だ。課金は無理である)

 わたしが知りたいことは2点。ひとつは、2階の配置がよくわからない。子供部屋があったこととと、もしかしたら浴室があったような気がする。もう1点は、キッチンの隅に2階への階段があったような気がしてならないこと。

 だがネット上で配置を書き起こしてくださっている方の絵でも、キッチンについては不鮮明であるし、キッチンの隅にあるのが仮に階段であったとしても、玄関の目の前の階段とその位置がかなり近いため、そんな場所にふたつあってもしかたないだろうという気がする。
 やはり、わたしの記憶違いだったのだろうか。

 あの家がもし東京郊外にでもあったら、3億円くらいしそうだなとか、余計なことを考えてみる。

 それにしても、この件では、日本語と英語の検索結果の違いに驚いた。英語で家の配置を検索すると、あのドラマの部屋もしくは実在するロケ地が出てくるのだが、日本語では「ああいう家に住みたかった」という、書き手自身の思いに遭遇してしまう率が高かった。また、米倉涼子が演じた同名の日本語ドラマ情報もヒットした。

吉祥寺へ

 富澤商店なら必ず置いている商品だが類似品ならばスーパーにもあるだろうと、この数日あれこれ無駄に過ごしてしまった。あるかないかわからないものを近所で見てまわることがストレスとなり、けっきょくは富澤に出かけることにして、吉祥寺へ。

 以前は荻窪の富澤商店に出かけることが多かったが、荻窪には成城石井がないため、どちらも見たい場合は吉祥寺である。

 吉祥寺ではこの2年ほど東急百貨店の地下食品売り場に富澤がはいっているが、大昔には三越(現在のヨドバシカメラでありその昔は近鉄)の下にあった。その後に京王井の頭線の上(現在のキラリナになってからだったか?)に入居して、その後にアトレ東館にあったCuocaを富澤商店にしたのだが、最後に落ちついたのが東急百貨店。もう引っ越しをしないでくれたらありがたいが、どうなることやら。

 成城石井はローソングループだったと数日前に気づいた。ほぅ、そうだったのか。2014年からローソン子会社だそうだ。商品展開には個性と、ちょっとした高級感があり、わたしはけっこう好きなのだが、すぐ近くにはないので吉祥寺に出かけている。

 土曜日に近所以外の場所へ電車で出かけるのは、人が多くてたいへんである。以前は新宿でデパートの初売りに並んだこともあったが、遠い昔の話となった。いまは人がいない平日の昼間に出かけるようにしている。

 成城石井、富澤商店で買い物をして、往復ともに電車で帰宅。2時間くらいで帰ってこられたと思う。

怒る客、耐える客

 厳密には客ではなくて患者なのだが、ひさびさに待合室で3時間以上も身動きがとれなくなり、周囲の様子をキョロキョロと伺ってしまった。

 わたしが通っているのはそこそこ歴史ある病院(建物は古い、待合は狭い)だが、この数年は予約システムがかなり浸透してきたために、せいぜい遅れても1時間待ち程度が多かったし、運がよければ予約時間とほぼ同時に診察ということもあった。そんな状況に慣れきっていたところに、今日の遅延である。

 通うようになったころ、その病医院(とくに内科)は、朝早くに順番取りに出かけなかった人は帰りが何時になるかわからない状況だった。そのころならば、ときおり順番待ちにいらついた人が受付に大きな声で食ってかかるようなことも、あったように思う。

 さて、あまりに呼ばれないのでまず疑ったのは「担当医、退席してるのか」である。患者の人数で考えたら5分か10分でころころ回転させなければならないはずだが、その担当医が患者を呼ぶ回数が、ほかの医師らに比べて圧倒的に少ない。たまたま長く相談している人がいるのならわかるが、呼んでいる間隔があまりに長い。

 10時〜10時半くらいの予約ということで出かけたのに、11時半になっても「医師が人を呼んでいる気配がない」ので、周囲に聞き耳を立てた。コロナ禍もあって、どうしても付き添いが必要な人以外はあまり待合に来なくなったので、患者は「遅いね」などの無駄口をたたく相手がほとんどいないのだ。だがなんとなくそわそわしている人がいることを感じ、わたしだけではないからと我慢をしていた。

 12時ころになって、わたしの近くに付き添いの家族と一緒の高齢女性が座った。わたしと同じようなことを考えているらしく「ここの病院て騒がない患者が多いから、みんな我慢しているのかな」と小声で話している。どうもわたしとは事情が違い、予約日ではないのに診察をしてもらうことになったので「自分たちは仕方ないけれど、この人たちのあとだから、いったい何時だろうね。午後3時半までには病院を出たいね」と。おーっ、なんと謙虚な。このあと3時間も待つつもりなのか。

 それとなく話しかけてみると、きちんと予約をしていたためにゆっくり来たわたしよりも、さらに30番以上も順番があとである(——内科全体の受付人数が30番以上あとという意味であり、全員がその医師を待っているわけではないが、それにしても多い)。おそらくご自分たちが遅くやってきたことを認識しているために、よりがまん強いようだ。

 近くの別のご婦人は、看護師に「ほんとうに先生は診察をしているの、誰も出入りしていない」と、質問のような半泣きのような声を上げたあと、遅れているという説明を受けたようだ。だがその後、何を思ったか、その医師の診察室入り口に頻繁に立って「ほんとうに人はいるのか、次も自分ではないのか」とばかりに、チェックを入れはじめた。いや、それやめようよ、無言だけれど考えていることが顔に出ていて怖いよ。

 その後、12時をだいぶ回ったので、わたしも動いてみることに。一番近い窓口に出かけ、それとなく笑顔で「○○番ですが、帰ろうかと思います。来週とか再来週に、また来てもいいですか」と話しかけると、15年以上も通っているので顔をおそらく覚えられているのだろうが、相手がキリッとした顔になり「調べます…あっ、次の次なので、よろしかったらこのまま待っていただけませんか」と。

 席にもどり、腰を下ろすと、先ほどのご家族連れが「番号がまた動いたね、でも自分たちはまだまだ先だ」と話をしていた。こちらをチラチラ見るので、それとなく「受付に聞いてきたら、わたしは次の次だそうです」と話すと、高齢女性が付き添いの男性に「わたしは車椅子で移動が面倒だから、聞いてきて、ねえ、聞いてきて」と、せっついている。男性はどのみち遅くなるのはわかっているのに自分が窓口に聞くのも嫌だなという顔で「車椅子ごと連れていってあげるから、自分で聞いて」と、ふたりで去っていった。
 その後は姿が見えなかったようなので、もしや、予定時間を聞いてあきらめて帰ったのかもしれない。

 わたしが呼ばれたのは午後12時半過ぎ、診察と処方箋の発行は数分で、会計をして病院を出たのは1時過ぎだったように思う。だがその間、誰も大声で怒鳴らなかったし、遅れていることを声や態度に出して落ちつきなくしていたのは、ほんの数人だった。

 病院というのは待たされるものだという意識が染みついている人もいるにせよ、怒る人が少ないと実感。古い病院だけに、客層というか患者層の年齢が高いのだろうか。

 ほかの大きめ病院では、どうなのだろう。

鷺ノ宮界隈にほしい店

 散歩を兼ねて、旭製菓のかりん糖と、駅隣接の唐揚げ(福のから)を買いに鷺ノ宮まで。道順の選択に失敗し、往路に妙正寺川沿いを選んで夕方の西日を思いっきり浴びてしまった。まだ夕方でも暑い。帰りは鷺ノ宮の北口から都立家政駅方向へと歩いたが、行きと帰りを逆にすればよかった。

 鷺ノ宮駅のあたりを歩くたびに、あるといいなと思うのは、100円ショップと、ややおしゃれ系の食品店。たとえば野方にあるジュピターコーヒー級の、雰囲気が明るく輸入食品が多い店がほしい。
 都立家政駅には100円ショップ1軒があるほかにこじゃれたカフェもあり、野方には100円ショップが3軒くらいあるほかコーヒー焙煎の店やら、パン屋などが多い。鷺ノ宮はそういう「日常に根ざしたわくわく感」に乏しい気がする。

 早稲田通りに近いわが家からは遠くなるが、新青梅街道沿いで、何か店ができないだろうか。TSUTAYAの跡地はスギ薬局になったが、あれほど大げさではなくとも、何かちょっとした店ができてくれたら、もっと楽しくなりそうだ。

静謐という表現が似合う日がある

 東京23区西部に暮らして長いが、現在の借家に移り住んでしばらくは、わたしたち本人よりも周囲の人たちから「なんて静かな場所なんですか」と言われたりもした。だが東京オリンピック開催が決まる少し前から、住宅エコポイントなるものの影響と思われるが、周辺が改築やリフォームだらけになり、その傾向はオリンピック終了後ですっかり景気が悪くなったはずの現在もつづいている。
 家から近いか遠いかはともかくとして、何らかの工事の音は、すっかり日常になってしまった。

 もっとも、日曜日だけは業者も休むようである。内装などの静かな作業ならばもしややっているのかもしれないが、工具を使ったような作業は聞こえてこない。もちろん重機の音もしない。

 以前はこんなに静かだったんだなと、気づく。

 また、平日でもときおり数時間ほど「この世界から人がいなくなったのでは」と思うほどに静かな時間がやってくる。通学路が近いため、登下校時間帯はにぎやかであるし、配達業者の車やバイクの音もたまに響くが、それにしてもご近所がいっさい静かで、人がいないかのような錯覚に陥りそうになるのだ。自分だけがここにいて、外に出たら誰もいない——まるで怪奇もののストーリーだが、たまにそれを思う。
 実際には確認のためドアを開けないし、世界が賑やかでも静かでも、わたしは自分だけの世界にいるのだから、考えても仕方がない。

 周辺は変わっていくし、人も移り変わる。自分はもう成長しないかもしれないが、それは人づきあいをあまりしない人間として必然のことであり、どうこう考えても意味がない。

 ネットで近況を拝見する方々は、ご自身らが感じているであろう以上に成長し、たくましく「大人」になっている。かっこいいな、たのもしいなと、思う。

 そんなかっこよい方々の近くにいて、成長や発展を見ているだけで幸せだと思えばよいのだろうが——。

市販の惣菜で出るプラスチック容器

 今週は新しく高円寺店も配達を開始した「東急ネットスーパー」をお試しで呼んだほか、セブンミールのネット受付が再開した記念に弁当を2個購入してみたのだが(セブンミールはネットで予約注文して店舗に取りに行く)、やはりプラスチックごみの袋が、大きくふくらんでしまった。回収は月曜なのだが、水曜日ころからすでにいつもよりも袋が大きい。

 プラスチック容器…ほんとうに、資源に活用されているのだろうか?
 再活用をやめて燃やしてしまい、その熱を入浴施設に使う地域もあると聞く。

 たしかに、この日本の現状を見ると「じゃんじゃん燃やしちゃっていいですよ、熱でお湯をわかしますから」と、まるで奨励するようなことはよくないとは思うが、いくら容器を簡単にすすいで資源ゴミに出しても、それらが使われているような予感がまったくないのだ。
 軽くすすいだくらいで、さまざまな用途に使われていた素材を「何か」に使えるようになるのだろうかと、ずっと疑ってかかっている。内心けっこう信じていない。だがそれが現状の決まりだし、もしかしたらわたしの勘違いで世の中の役に立っているかもしれないので、きちんと分別して出している。

 かといって、弁当や惣菜の容器を使い捨てプラスチック以外にすることは、おそらくかなり難しい。

 ごく近所の店から店屋物として取り寄せるならばともかく、外部の店が作った商品をスーパーがとりまとめて店頭に並べたり、あるいはネットスーパーとして配達する場合、密封できる必要があるほかに、回収ルートのあてがない容器で配達はできない問題もある。容器を何往復もさせるだけの物流コストや洗浄の手間を考えたら、くり返し使用する容器の実現は難しいはずだ。
 考えられるとしたら「どこの地域でも、何の弁当や惣菜でも、同じ規格ものの容器を界隈で転用する(つまり個々の容器を元の会社まで送り返すのではなく、界隈の業者で再使用する)」という方法だが、これも現実的ではない。人口の多いところに容器がだぶつく。商品を送り出す元の企業は、新品を使わざるを得ないだろう。

 だが、ここまで考えてもなお、やはり市販惣菜や弁当は買ってしまう。年齢が高くなるにつれて調理回数が減るらしいと聞いているが、作ることも食べることも好きなわが家でさえ、一部を作って残りを冷凍食品のおかずにすることは増えてきている。

 プラスチック容器は、今後はどうなるのだろうか。