一時的に体重が落ちるときの話

 いつも謎に思うことがある。

 たとえば体調がよくないとか、あるいは何らかの事情で液体や流動食を中心にして固形物を食べないよう指示を受けている場合などでは、気づけば人は簡単に2キロ程度の体重が落ちているものではないだろうか。

 2キロといえば、500mlのペットボトル水が4本分の重さのはずだ。だがそれだけの量が体のどこから抜けたのか…は、自分では気づきにくい。どこだ、どこだ?

 大昔の初入院で、点滴と液体ばかりで10日以上を過ごしたときは、医師に「本人なので気づいていないと思いますが、手足の肉と、それから筋肉が減っていますので、早足で歩くと危ないですよ」と言われた。ステロイドも短期間に大量投与したので(それを数ヶ月かけて少しずつ抜いた)、腹部や顔などはぽっちゃりし、それ以外は肉が落ちることがよくあるとのことで「何かのはずみに自分で気づいてしまっても、あまりショックに思わないでください、いつか元にもどりますから」と。

 このところ、ちょっとした理由で1.5キロ〜2キロくらいは体重が減ったのではと思うのだが、これ以上は減らない可能性があり、ペットボトル水の3〜4本分がどこから抜けたのかは、わからずじまいになるかもしれない。

 もしこの状態がつづき、あと1キロくらい減ることがあるならば、少しまじめに「どこの肉が減った」かを、わかるように注意してみようと思う。

室内で、探しもの

 この1ヶ月くらいずっと探しているのだが、どこに行ったのだろう。
 秋冬に履くと暖かい厚手の靴下を入れた袋が、どこかに紛れてしまったのだ。

 どの季節でも履けるものと、夏用のものが手元にある。いつも秋に「秋冬用」を出していたのだが…まさか捨てたということはあるまい!?

 幸い、大金をはたかなくても2〜3足なら買い足せるものなので、いつでも買えるとわかっているせいか、探し方に熱意がないのかもしれない。それにしても、不思議である。

創業から96年にして近日閉店: 丸十ベーカリー ヒロセ

 2025年で100周年になるはずだった高円寺駅近くのパン屋「ヒロセ」が、11月いっぱいで閉店とのこと。経営状態のほか、3代目店主である廣瀬主税(ひろせちから)氏の体調がすぐれないことが大きな理由であるようだ。昨日はせっかく退院したというのに無理をしてシベリアを作ってしまい、翌日また入院されたそうだ。

 100年近い店の3代目となれば、ご自分の代で店の灯火が消えてしまうのをどれほどにかつらくとらえていらっしゃるはずだ。だが、いまにして思えば、ご無理が多かった。

 わたしが店のすぐ近くに住んでいたのは30年以上前だが、朝は品数が少なめとはいえ通勤通学の人を考えてサンドイッチなどを売り、昼近くには品を増やして地元の客用に販売、そして夜には学校帰りや勤め帰りの人が買えるような商品があった。遅くまでやっていた。夜の10時過ぎでも開いていたと思う。さらに、当時の店舗(現在の店舗より2軒ほど駅寄り)では、菓子やケーキ類も種類が選べるほどあった。従業員が何人いるのか、どういうシフトなのかはわからなかったが、朝から晩までとは、まさにこの店のためにあるような言葉だった。

 たまに買っていただけだが顔を覚えてもらっていたようで、店主さんに話しかけてもらったこともある。

 その後、商店街入り口近くに移転されたが、また数年後に現在の場所へ。それから少しして、改装のため短期間だが店を閉めた。ちょっとした工事がはいって模様替えがおこなわれたが、早稲田通りにあった本店のビルを手放して、商店街の「駅前店」のほうでパンを焼くことになったらしい。

 かつて本店のビルでは杉並区の学校給食を担当していたらしかった。その焼く量が半端ないため、かなり離れた場所でもパンの香りがしたものだったが、手放すことになるだいぶ前から1階にあった売り場を開けなくなって、工場のみが稼働していた。
 その場所はすで更地になり、工事がはいっている。

 96年つづいたというのは、すばらしいことだ。だがこの先ずっと無理をして「名前」を残すよりも、無理をせずに休み、人々の心に残る存在となることは、どれほどつらくても、必要かつ価値ある決断であろう。

 ヒロセさん、ずっと高円寺にいてくれて、ありがとう。

ヤクルト1000(宅配品) / Y1000(市販品)

 ヤクルト1000でよく眠れるという噂を聞き(注: 睡眠成分がはいっているわけではなく、ストレスを軽減するので寝つきがよくなったりするらしい)、まずはスーパーなどで買える類似品Y1000を10日くらい試してから、ヤクルトの販売店に行って1000を1週間分だけ購入してみた。値段のことはたしかに気になるが、つづけてみたいと考え、ネット経由で申し込みをした。
 ネットでも販売店に直接頼んでもサービスが違うわけではなく、毎週決まった時間にヤクルトの人が配達に来てくれるのだが、ウェブ申し込みを経由すると、クレジットカードが使えるのだ。

 で、これまでだいたい、どれくらい飲んだことになるのだろうか…。

 わたしは最初の数日で、すでに効果を感じていた。

 もともと夏と冬に寝つきが悪かったり、やっと寝られたと思ったら不安なことを考えて起きてしまうことがこの数年以上つづいていた。この夏はとくにひどく、朝まで眠れず午前の用事を済ませてから昼間に2時間程度ずつ小刻みに寝るようなありさまで、漢方薬にも手を出したりと、あれこれ。いくつか工夫をしてみたつもりだが、たいした改善の実感もなかった。

 夏の苦しさとその後遺症のようなものがようやく去りかけたタイミングでヤクルト1000の話を聞いた。いまは寝つきのよさを実感している。朝も起きるのがつらいということが少ない。
(もっとも、風邪気味などで体調不良の場合は、相変わらず悪い夢を見たり二度寝しないとつらい日もある)

 かなり値段が高いのだが(1本あたり130円+税)、しばらくつづけたい。それにヤクルトの人にお願いすれば、一般の流通に乗っていない「ヤクルトラーメン」なども購入できる。

 ヤクルト1000とY1000が中味は同じで容量が違うだけと書いている人が多いのだが、わたしは味が違って感じられる。飲みやすいのはY1000だと思うが、もう1000に切り替えてしまったので、はっきりとは思い出せない。だが、飲みやすいのはY1000(ただし割高)だと、両方を飲んでみて感じたのはたしかだ。

変化は、悪いことばかりではない

 この数年、界隈で工事が多すぎて、その騒音や変わりゆく景観に、やや落ち着かない日々を過ごしてきた。一般民家の建築も相変わらずだが、この夏以降に関してはかつて商店街だった道の拡張工事が急ピッチで進められている。商店街としてはすでに移転や閉店が済んでいた店がほとんどだったものの「数日前まであった、あの店の建物が、もうない!!」という発見が連日のことになっている。

 不安に感じるのは、商店街だったものを拡張工事の名目で解散させてしまったように見えることだ。工事のため閉店した店にもどってきてくださいと告げている様子もなく、おそらく退去または閉業してもらった。数メートルのセットバックをして近い位置に店が残っている事例は、ほとんどない。そして開けた場所には、遠慮なく共同住宅ができつつある。商店街の道を広げて住宅街にしてしまったような印象が、拭えないのだ。

 だが、共同住宅が増えれば、またいつか商店は必要になってくる。需要と供給のバランスを考えれば、ゆくゆくは、自然発生的に店はできてくるだろう。

 日本の道は、もう少し広げた方がいい。火事や急病人への対応で、緊急車両がすぐにはいれたほうがいいのだ。

 気づけば同じような地域に何十年も住んでいる。これからも変化を見守りたい。

ちょっとしたことで、ずれる

 これまで歩行者用の信号で「待ってもたかが1分か2分の違いなのに、赤信号になる寸前まで、走るなよ」と、走る人たちを冷ややかに見てきた。だが今日はちょっとしたことで予定がずれるのを経験し、気持ちがわかるような気がした。

 まず午前。定期的な通院先で、待合は空いていたのになぜか診察が遅れていた。もしやオーバーブッキングでもあったのかと思うほどの遅れ具合だったし、周囲には何人か、あからさまにいらついている人が。だが患者が呼ばれている間隔も各人の診察時間も長いように思えなかったため、おそらくは最初の30分程度で、急患対応でもあったのかもしれない。

 わたしも最初は気にしていなかったのだが、ふと「あれ、コメダのモーニングは午前何時までだったか」と、ネットを確認。最近は診察が早く終わるので、マルイのコメダで30分ほど過ごしてから、駅界隈で買い物して昼に帰宅というパターンが多かったのだが、その段階の予測では、10時半までに診察が終わればよいほうだった(実際にはもっと遅れた)。
 ああ、コメダは今回は寄れないなぁと、ため息。あの店はモーニング以外の時間で何かを注文すると巨大なものが出てくるので、少量だけ食べられるモーニングが好きだったのだ。

 診察、会計が終わり、やはりコメダは間に合わないのでマルイやヨークフーズでもぶらりと見て帰るかということにした。コーヒーが飲めるはずだったのに飲めない、あんこのトーストが〜と思いながら買い物していると多めにカゴに入れそうになり、いかんいかんと注意しながら、バスで帰宅。

 バスの中では、ちょっとしたタイミングで、席を取り損ねた。空いていなかったわけではないのだが、直前に乗車した人との兼ね合いで、詳細は略。

 バス停で降りると、目の前の信号がいまにも点滅しそうだった。だが走らなくてもちょうど渡り切れそうなタイミングだったので、普通の速度でそこまで近づくと、予想外の展開。小学生くらいの男児が、その直進の信号が点滅でも別の信号(横断)が青になれば道を斜めに渡れるからと、わたしの目の前で自転車を斜めに停めて、スタンバイしたのだ。
 これ、困るんだがと、その自転車を避けて目の前を見ると、信号は赤になってしまっていた。

 その男の子も含め、周囲の人々が何人かが道を斜めに横断していく。わたしはそういうことはしたくないので(←法律を遵守とかそういうことではなく、道はきちんと渡らないと事故るからである)、泣く泣く、両方の信号が順序よく青になるまで待ってから渡った。コメダに寄れなかった微妙な空腹感で、1分でも早く帰って何か食べたかったのだ。

 帰宅し、少しものを食べて、人心地ついた。さらには、この10日ほど風邪でほとんど外出していなかったため足の疲れが出てしまい、昼食後は昼寝してしまった。

 朝の病院での遅れはわたしのせいではないが、ひとつそうして遅れただけでいろいろなものに影響するというのは、けっこうある話で、気持ちの余裕がなくなっていくものだ。わたしなどは別の予定がはいっていなかったからよいようなものの、人によってはスケジュールがびっしりということもあるだろう。ちょっとした予定の遅れが全体の遅れになっていく焦りは、はるかに大きいに違いない。

ほぼ復調、あとは体力をつけるのみ

 月曜の夕方くらいから風邪で動きが鈍くなり、火曜は寝てしまった。水曜は午前に多少の原稿を書いて昼過ぎに終え、そのあとは昼寝。喉の痛みさえ取れれば、発熱しているわけではないのでなんとかなる…と思ったところ、木曜の夕方になって、ぶり返し。
 午後遅くに「数日ぶりにちゃんと食べるか」と、固形物を多めに取ったものを、夕方にすべて吐いてしまった。

 熱があるわけでもなく、だるさ、喉の痛み(それでも水曜日が山場だったので木曜に多少はと思って食べたのだが)、そして鼻水が少し。

 しかたない、金曜午前は、近所でいつも世話になっているクリニックに行くとしよう。そう決めて横になった。

 このご時世なので、ふらっと行って「熱ないです、喉の薬がほしい」というのが通用せず、事前に「熱はないけれどこれこれで」と説明の電話をかけてから、予約。だがスムーズに行って、往復の徒歩と待ち時間、そして診察と買い物をしても、2時間以内に帰ってこられた。同じ医師に話を聞いてもらい、以前に同じような症状だったときに処方してもらった「ツムラの127番」と、鼻や痰の状態をよくする薬の二種類。希望すればPCR検査も受けられると言われたが、希望しなかった。

 ツムラの127番。好きである。体に合う。
 個人輸入で買ってしまおうかと思って値段を見たらそこそこした。もっとも医師の診察代と4〜5日分の薬を考えたら3000円台くらいの支出はあるわけで、ある程度の日数分が買えるなら、ばか高いというほどではない。——まあ、しかし、いつも同じ症状とは限らないので、127番だけ買っておくというのも問題かもしれない。早まらない方がいいか。

 土曜日はねんのために家にいた。明日から少しずつ、体力をもとにもどしていかねば。

乾燥機のありがたみ

 体調がいまひとつであることで着替えが増え、そういうときに限って布団の近くにモノをぶちまけ敷布の洗濯が増えたりと、なかなか苦労が多い。だが去年の夏に小型とはいえ衣類乾燥機を買っておいたので、ほんとうにたすかっている。

小型の衣類乾燥機

 電気なので洗い立ての衣類を乾燥させるには何時間かかるか不明だが、前日、前々日のもので完全に乾いていない(かつ急ぐ)ものを選んでこれにかければ、時間が少なくて済むし、室内のスペースもたすかる。

 さて、治りそうでいまひとつなこの体調。明日はいちおう近所のクリニックで薬をもらってくることにする。

日だまりで、猫のように寝た

 先日から書いているが、なにやら体調がいまひとつなので、今週の外出を控えて家にいる。いつもいる部屋は、天気がよい日には日が全面にはいってくる和室だ。真夏は園芸用の黒ネットで覆ってしまうが、秋になったら外す。外してみてはじめて「こんなに日差しがあったんだ」と、毎年再確認。

 お昼近くに「昼は何を食べようか」と、家族が何回も話しかけたところまでは覚えているが、日だまりで猫のように寝落ちをしたらしい。気づいたら2時をだいぶまわっていた。家族は何かを食べたらしい。だがどうせわたしはたいしたものは食べられないとわかっていたらしく、とくに用意はなかった。そこで、余っていたやわらかいものを少量だけ食べて、また横になった。

 体調がいまひとつの日でも、天気がよくて、猫のように寝られて、幸せな日だった。

壊れるときは、突然に

 台所の天井についているライトが、どうも壊れたらしい。朝のうちに使っていて、その後、いったん消してまたスイッチを入れようとしたら、つかなくなった。

 この何ヶ月か、ちょっと挙動が不審かなと思う出来事はあったのだが、まさか「ぜんぶつかなくなる」とは。
 昼間だったので、夕方まであれこれと考え、パイロットランプなど各種をチェック。だがどうにもならなくなり、のちほど電器屋さんに見てもらうことになった。以前に別の部屋で修理を呼んだときには、古い商品なので不具合があるのでしょうと、新品にしてもらった。今回もそうなるか。

 明かりがついて当たり前と思っている場所が暗くなると、かなり不便である。
 電器屋さんが来るまでのあいだ、台所などを片づけなければならない。義母が施設にはいってからこの2年半ぼど、介護や福祉関係者の誰も訪れていないので、部屋はかなり荒れている。気合いを入れるか。