モバイルTカードと、電子マネーの話

 モバイルTカードのほうがポイントが高くなる店があった。出かける前にその店の情報を見ていたので、呼び出しやすいように、その店のアプリからモバイルTカードをクリックできるようにしたら「本人確認のためナビダイヤルに登録番号から電話をしてください」とのこと。

 わたしはナビダイヤルというのが苦手で、なぜ個々人が登録しているであろう電話代の定額プランや割引の対象にしてくれないのかと不満だ。わたしは10分以内に電話を切れば通話無料というプランだが、ナビダイヤルは通話が1分でも数十円の料金がかかる。

 ——まあ、その話は本質ではないので、つづきを書くとしよう。

 店のアプリからモバイルTカード情報が呼び出せるようになったわけだが、もともとモバイルTカードアプリはインストールしてあるほか、PayPay画面からも呼べるようになっている。

 まさかと思い、その二つを見ると、なんとどちらも「ナビダイヤルで本人確認をしてください」だそうだ。モバイルTカード公式アプリは、番号だけは表示されていて一部のメニューさえ押さなければ使えるのだが、PayPayからは電話をかけて認証が必要という。

 同じ端末の中にモバイルTカードのアプリ(公式アプリひとつと、Tカード情報呼び出しアプリがふたつ)がはいっていて、もしそれらをスムーズに使いたかったら3回電話をしろだとーっ。許せん〜。
 …ということで、電話はしないことにした。会員バーコードさえわかればいいなら公式アプリを別に立ち上げておいて、支払時に見せればよいのだから。

 さて、今日の目撃。電子マネーについて。

 現金、ごく一部のクレジットカード、PayPayしか使えない店が近所にある。いちおうチェーン店だが、チェーンすべてがその方針らしいと聞いている。

 若い女性が、レジで支払いをしようとしてクレジットカードを出した。店員さんが「○○カード以外は、使えないのです。ほかは現金か、PayPayだけです」と言うと、女性は絶句して、財布の中をちらっと見てから、「じゃあ、いいです」と、レジに商品をおいたまま帰った。店員さんは謝っていた。

 たしかに若い世代では、支払いが現金かPayPayのみと言われたら、困る人もいるかと思う。以前に聞いた話では、若い世代はLinePay利用者が多く、年齢層が上がるに従って楽天PayとPayPayが増えるのだとか。

 電子マネーやカードに何種類も対応するのは店としてたいへんと思うが(手数料だけを考えても)、取り扱いカードを増やすことが無理ならば、せめてQRコード系でもうひとつくらい用意してあげたらどうだろうかと、そんな風に考えた。

訳せるジョークばかりではない

 先日Facebookで「これはけっこう引っかかる人がいるのでは」と思う、すばらしいジョークを見つけた。
 実はコメント欄を見て笑い合っている人たちを見ても、わたしにはしばらく意味がわからなかった。かなり遅れて、ようやく頭が追いついた。

 いちおうこのジョークは、訳せないことはない。ではお目にかけよう。

 ちなみに家族にも読ませたが、引っかけ問題だということは承知しているからか、丁寧に音読している本人の横で「あ〜、やっぱり引っかかった」と、にんまり。つまり読み上げれば気づける可能性が、あるものだ。

 

 
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 ペニーには5人の子がいた。最初の子は1月と名付けられた。次の子は2月。その次の子は3月だ。そして4番目は4月。

 5番目の子の名は、何。
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 たいへん聡明な読者のみなさんは、おわかりかと思う。ではごきげんよう。

「デッドゾーン」1983年の映画

 クリストファー・ウォーケン主演、デビッド・クローネンバーグ監督作品、原作はスティーブン・キングの「デッドゾーン」が、アマゾンプライムにはいっていて、そろそろ終了するというので、見てみた。

 好きなのですでに何度か見ているのだが、年代が古すぎてなかなか配信サービスにはいらない。また、はいった場合でも吹き替え版という場合があり、今回のアマゾンがそれだった。英語版はアマゾンの別サービスで有料のほうにならあるようだが、まあ、内容はよく覚えているし、吹き替えでもいいかなということに。ちなみに家族は未見だったようで、楽しそうに見ていた。

(Amazon Primeに、2月末で配信終了の吹き替え版がある)

 交通事故で昏睡状態の長かった男性が、不思議な能力を身につける話。
 目覚めたとき婚約者は、ほかの道を選んでいた。自分は能力により人助けをしたことで世間の注目を浴びてしまう。どうにか体力をもどし、日常生活を送ろうとするころ、連続殺人事件の捜査に協力してくれとの依頼が。
 また能力者として騒がれる日々は困ると思いつつも、協力する主人公。だが彼はあるとき、かつての婚約者が支援している政治家候補と偶然に握手をしたことで、その男の邪悪さを知ってしまうことになる。

 昔の映画らしい適度な短さ、詳細を省いた骨子だけのストーリーライン、ラストの潔さ。
 わたしは、この映画が好きだ。
 
 ただ、この吹き替え版に関していえばだが、テレビ放映時にカットされた部分を英語で流して日本語字幕で補っているので、途中で何カ所か、作品世界から引きもどされた。「ああ、ここテレビ放映されなかったんだぁ」と、つい余計なことを考えてしまい、のめりこむほどには、その世界に浸れなかった。

PhtevenとCarcとFaxの話

 ネットでたまに見るギャグ。どうも発端は実話らしいのだが——

 客がコーヒーを注文し、店員に名前を告げる。「cを書く方のマーク(Marc)ね」
 のちほど、飲み物が手渡され、そのカップにはCarcと書かれている。これじゃカークであってマークではないという笑い話。

 同じような話でPhtevenがある。店員に「phを書く方のスティーブン(Stephen)ね」と告げると、やってきたカップには「Phteven(フテヴン)」という表示。忙しいから間違えることがあるのは当然としても、やはり笑える。

 いまでは、CarcやPhtevenという単語で画像検索をすると、いかにたくさんこの手のネタが愛されているかがすぐにわかる。

 さて、わたしが食品の通販で、ネット販売をしていない店に注文をする際に自分から「FAXでもいいですか」と尋ねてしまうのは、実はこれが理由。住所と氏名の漢字を、電話で言うことが苦痛なのだ。どの漢字も難しくはないのだが、平凡すぎるので、漢字の偏と旁を言うまでもない(または相手が若すぎて偏の話をしても通じない)と思う場合は、「普通のです、一般的な」としか言いようのない状況も。

 きちんと伝えることができて「へー、めずらしく1回で聞きとってもらえた、すごい店員さんだ」と思っても、数日後に荷物の宛名を見ると、一部がひらがなになっていることがある。最終的には、届けばいいということなのだろうが、それなら住所や名前を伝える際に「すみませんがお名前はひらがなでもよいですか」と言ってもらっても、こちらはかえってほっとするほどだ。

 わたしの下の名前をここで書くのは気乗りがしないため曖昧に書くが、一生懸命に伝えたつもりが、Phteven級の間違いをされたことがある。その漢字ではぜったいにわたしの名前にはならないのだが、その人はそう解釈して宛名を書き、当方もその名前で郵便を受けとった。まあ、たいした内容物ではなかったはずなので、最終的には、届いてよかったということに、なるのかもしれない。

かつて「やっぱり猫が好き」という番組があった

 頭に浮かんで離れない曲があると「やっぱり猫が好き」のエピソードを思い出す。

 三姉妹の末娘(小林聡美)だったと思うが、「ププピ プッピーッピ プピプピ♪」のような音程の鼻歌を「なんだっけ」と言い出す。すると次女(室井滋)が「井上陽水の曲だと思うから電話して聞いてみる」と言い、井上陽水と知り合いだなんて聞いていないと長女(もたいまさこ)がぎょっとする、という展開。

 だが、さんざん騒いだあとで、その曲が何だったのかが判明する、という笑い話。

 ポニーキャニオンのサイトにも書かれていたが、59話だったようだ → https://www.ponycanyon.co.jp/visual/PCBC000050321

 いまわたしの頭の中で離れない曲も、外国の女性が出てくるテレビCMで流れていた気がするのだが、おそらく、ちょっとしたときにわかるのだろう。それが楽しみだ。

「凍てつく楽園」というテレビドラマの邦題

 スウェーデンのサンドハムン島を舞台にした犯罪ドラマシリーズがある。1年に数話ずつ放送されていて、現在おそらく10年くらいになるらしい。

 WOWOWのオンデマンドに初期のころの作品がはいっているほか、最近の作品が放送された際に録画したものが手元にあるので、10年くらい前のものと、最近のものを少し見てみた。

 で、思ったのだが…

 サンドハムン島は、夏に出かけるのが有名なリゾートらしい。作品も、たまたま見たものだけかもしれないが、夏が舞台だった。ちっとも「凍てついて」いないのだ。

 それでもねんのためサンドハムン島で画像を検索すると、やはり観光関連サイトも夏の絵ばかりである。

 凍てついてない。
 どこからきたのだ、この凍てつくは。

 もう何話か見たら、とてつもなく陰鬱で、比喩として「凍てつく」感じの内容が出てくるのかもしれないが、現在のところは、寒いかどうかの意味合いで考えると、凍てついていない。

 そういえば、別のドラマのこと。

 2015年に開始したアイスランドのテレビシリーズ(2シーズンまで)は、邦題が「トラップ 凍える死体」である。第1シーズンはほんとうに凍えまくる景色と環境だったものの、第2シーズンは(ぜんぶを見たわけではないが)雪がちょっと残っている程度の街が舞台。季節は冬ではなさそうだ。まさか第2シーズンがあると思わずに「凍える死体」にしてしまったのだろう。
 この番組にかぎらず、もし長くつづいた場合には、その後のフォローがたいへんになってしまう事例というのは、少なからずありそうだ。

 

春を待つ

 外出にまつわるいろいろなことがおっくうになってしまい、気づけば散歩もほとんどせず。これまで散歩にかこつけて大量に買っていた食品が、冷蔵庫内をぎゅうぎゅうに圧迫していたというのに、最近では週に1回程度「食品がすかすかで庫内が見渡せる」と、実感できる日すらある。

 ポケモンも去年の春までは毎週月曜に「25km(以上)歩きました」という表示が出て、ギフトをもらっていたのだが、もう長いこと「15km(前後)歩きました」という表示で、たいしたものがもらえない。

 1週につき10km以上も歩く距離が減ったというのは、たいへんな運動不足だと自分でも思う。

 だが、昔と比較して「これこれ、こうしなくては」と考えることが、みょうに疲れる。
 仮に新型コロナの件が落ち着いてくることがあったにせよ、もう自分が、1年前までと同じ暮らしをするとは思えなくなってきた。

 これからも出かけたい気持ちはあるし、状況が変わったら何かをしたいとは思うが、もうすべてが変わったのだという思いが先にある。

 自然に日々を過ごすうちに、新たな過ごし方ができるのかもしれないが、先のことを考えるだけで、心がキシキシと音を立ててしまう。

 考えていても、仕方がない。

 ひとまず、春を待つ。
 そのあとのことは、おいおい考える。

10年ぶりくらいに、デザイン変更

 というわけで、今日は数時間をかけてこのサイトmikimarulogのデザインを変更。ご覧になっている方への注意点としては:

 これまで、各記事をクリックせずにトップページを見ていただくだけで、わたしの各種ブログの最新記事がご覧いただけたのだが、今日からそれを「各記事を見た場合」に変更。トップ画面は、見た目を少し軽量化

 これまでどのページからでもすべて、サイドバーにたくさんリンクを張っていた。そこをクリックしていただけているのはわかっていたものの、おそらくは、トップページをご覧になる方は少なめかな、という判断。不評ならば、随時変更の予定。

 いちおう、タブレットでもスマホでも、それなりに読みやすくなったのではと思われる。これまで使っていたデザインは10年くらい前に人気があったもので、今回はWordPressの正式テーマ(毎年ひとつずつ発表しているものの2016年版)であり、これからも随時アップデートされていくはず。

 それにしても、この作業は疲れた。WordPress内で、変更予定のテーマを開いて少しずつ確認作業をしながら、問題ないとわかった段階で「公開」を押すのだが、なんと、途中で保存できない。たとえば15分くらい確認してみて、次に「ここに画像を貼りつけよう」と支度をして画像ファイルを作成するなど、しょっちゅう「ほかのこと」をやる時間があいだに生じるのだが、何かのはずみにセッションが切れてしまう。
 同じ画面を見に行くと、「自動保存したものを復元しますか」と尋ねてくれるのだが、それが直前とはかぎらない。少し手前の時間帯の作業だったりすると、もう唖然である。

 今日の昼間は何度も途中で画面を離れたので、最後の方はもう「これ以上も同じ作業をするはめになるなら、もう確定してしまえ」と、確定したあとで人が見に来る前にと、30分くらい猛烈な集中力でチェックしてまわった。
 最後の最後まで「なぜこのメニューは使えないんだ」という謎が残ったが、レンタルサーバで設定しておいたセキュリティのせいだったとわかり、作業の間だけでもと、セキュリティをオフにした(←わはは ^^;)。

 ひとまず、色合いも明るくなったし、これでよしとしよう。

 今後とも、当ブログ mikimarulog をよろしくお願いします。

WordPressのテーマ変更

 こちらのブログ(mikimarulog.me)は、10年以上ものあいだ書いてきた量を思えばおいそれとデザイン変更はできないのだが、たいしたことはほとんど書いていない別のほう(mikimaru.net)ならば、仮に何か事故が起こって過去記事が読めなくなっても、被害が少ない。そこで今日は、テーマ変更の実験をしてみた。

 こちらは、今日書いた記事部分だが

mikimaru.net活動状況 (気づけば2021年)

 テーマとトップ画像を入れて、モリサワのWebフォントを使ってみた全体像が、こちら。

mikimaru.net テーマ変更

 いままで暗い色合いのテーマで、可愛いWebフォントを使っていたため、アンバランスだとは思っていたのだが、直していなかった。今回のこれでだいぶ釣り合いがとれると思う。

 なお、こちらのmikimarulogだが、使っているテーマは10年くらい前に書かれたもので、ほんとうなら最近のニーズ(モバイル)にもじゅうぶんに対応できるテーマに変えたほうが、何かと都合がよいかと思っている。だがデザインの変更で記事への思いがけない影響が出ることや、そしておそらくは、最初の数日くらいは、サイトが重くなるのではないかという不安が。キャッシュがない分だけ、見に来られる方や、ロボットが、すべてを新しくとっていくのではないかと思うためだ。

 実際に、気のせいかもしれないが上記のmikimaru.netでは30分ほどサイトが重くてたまらなかった。それがここで起こったらストレスになりそうな予感もある。

 だが、いつまでもデザインを変えないわけにもいかないだろう。近いうちに決断したい。

「夜中に突然いなり寿司」

 何年ころかはわからない。おそらく70年代後半〜80年代前半くらいだったかと思うが、セブンイレブンのCMが衝撃的だった。女性が「わたしは夜中に突然いなり寿司が食べたくなったりするわけです」と語りはじめ、いてもたってもいられずにセブンイレブンに出かけて買ってくる、というもの。

 当時、東京などの都会は不明だが、わたしの育った北関東の田舎では、駐車場の広めなスーパーでも夜8時くらいまで、そして地元密着型の小規模な店はもっと早い時間に、閉店していた。
 夜の11時まで開いている店があってしかもそこではいなり寿司を売っているというのは、現実から離れたまるで違う次元の話で、いわば通学路だと思って歩いていたら目の前に遊園地が出てきてどうしたらいいのかわからないような感覚だった。

 どきどきした。
 そして、近くにセブンイレブンがないやっかみだったのか、「夜中に太らないだろうか」やら、「なにもいなり寿司じゃなくたっていいのに」やら、考えた。想像は尽きなかった。

 そしておそらくはその後まもなく、わたしは東京に出てきた。

 夜の11時までのコンビニは徒歩数分にあったが、7〜8分歩くと、大通りに24時間営業のセブンイレブンがあった。

 あるとき、眠れない日があった。
 夜中じゅうずっと考えて「明け方になったら、あのCMみたいなことやってみよう」と、何を買おうかと思い描いた。肉まんに決めたのだから、おそらく寒い時期だったのだろう。とにかく「もう少し空が明るくなったら道をひたすら歩いてセブンイレブンに出かけ、肉まんを買ってくるミッション」というものを自分に課した。

 いよいよ、明け方だ。
 アパートを出た。
 歩いた。
 肉まんが売れて入れ替えしていて、あんまんしかなかったら嫌だなとか(当時わたしはあんまんが好きではなかった)、代わりに何を買おうかとか、あれこれ考えた。
 店に着いた。
 肉まんは無事に買えた。

 わたしが鮮明に覚えているのはそこまでで、帰り道をどんな気分で歩いたのかとか、肉まんは歩きながら食べたのか持ち帰ったのか、そもそもそれを1個だけ買ったのかなど、何も覚えていない。

 だが、あれがわたしにとっての「いなり寿司」体験だった。満足した。

 そのセブンイレブンは、まだ同じ場所にある。