朝のゴミ出し風景で、目にしたこと

 今日、わたしの感覚からすると、驚くものを見てしまった。高齢の方がお住まいの、ご近所のお宅にあったゴミだ。小さめのゴミ袋ひとつのほか、手近にあった小袋ふたつにゴミを詰めたらしく、家の前におかれていた。

 最初に自分がその前を通ったとき「あれ、まさか…な?」と思った。そして集積所へのゴミ出しを終えて自宅にもどるとき、もう一度、そのお宅の前で見てみた。

(前置きが長くなったついでにいちおう説明するが、家の界隈ではゴミの種類によって、集積所に持っていって積むものと、自宅前に並べておく場合とがあり、その高齢者宅のゴミは自宅前に、わたしのゴミは集積所に積みにいく種類のものだったので、そこを2回通ったというわけだ)

 やはり、間違いなかった。

 そのお宅で、ゴミ出しに使っている小袋のうちひとつが、どこかの企業から受けとったカタログの袋なのだ。宛名がある表の面が、ゴミを詰められて道路側を向いている。つまりフルネームと、もしかしたら電話番号(書かれてあったならば)までもが、歩いている人に見えるというわけだった。

 いや、これはさすがにまずいだろう。宛名を剥がしてから捨てるか、ペンでぐりぐりと同じ色でごまかしてから袋として使うか。

 少し迷ったが、ひとさまの家の前にあるゴミに、手を触れるわけにはいかない。誰かに見られたら意図を勘違いされる。そして仮にわたしがゴミに触れて反対側を向けたとしても、風向きなどでそれはすぐ無関係になるはずだ。早くゴミの収集が来ますようにと祈りつつ、通り過ぎるしかなかった。

 もうだいぶ前に何度か話をした程度だが、高齢のご夫婦がいるお宅だ。たまにどなたか(親戚または手伝いに来ている人)が出入りしている気配はあったが、若いご家族は、いないようだった。

 いまの世の中、何がきっかけで誰に狙われるかわからない。郵便受けや表札に家族全員のフルネームを記しているご家庭はもはや東京で見かけないし、地方でも、おそらく減っていることだろう。

 昔はそれでもあまり危険がなかったのかもしれない。そんな時代を生きてきた世代には、危ないですよと言ったとしても、驚かれてしまうことだろう。

 世の中の変化が早すぎて、高齢者が自分の身の回りのことで無理なく危機管理を学ぶ機会はあまりなく、情報のやりとりをする人々の輪もまた、狭まってきているのだろうかと、そんな風に感じた。