SMS経由のスパム

 単純でわかりやすいスパムだったので最初から相手にしなくて済んだのだが、今日は近所を歩いているときにiPhoneがピコッと鳴り、わたしが普段は使っていない、初期インストールされていたメッセージアプリに「佐川急便」を名乗るSMSが。

 その内容がすごい → 「佐川急便よりお荷物のお届けに上がりましたが宛先不明の為持ち帰りました(以下URL)」

 …だいたい、お届けに上がりましたが宛先不明というのは、ありえないにもほどがある。さらに、わたしはiPhoneで電話を使えるようにしたのはつい最近のことで、自分でも番号を覚えていない。まれにやってくる知人からのSMSは、Androidに着信する。そのため「メッセージがはいってくること自体が嘘っぽい」のだ。

 それにしても、つい最近まで存在もしていなかった電話番号にスパムを送ってくるとは、ほんとうに、暇な話だ。適当な番号にかけるというのは、実際にあるのだな。SMSは通話などと違い定額制はなく、料金がその都度かかるはずだ。それを払ってでも、誰かがひとり引っかかってくれたら、元がとれるということなのだろうな。

Twitter社のサポート

 意見があったのでメールをしたいと思ったが、メールフォームにたどり着くまでの「これこれではありませんか」の選択肢が長すぎていらいらしていたところ、ようやくたどり着いたメールフォームは英語だった。

 メールフォームの説明に必要な、たったあれだけの分量を日本語に翻訳しない理由がわからないので、おそらく、メニューが英語で気後れしてくれたらいいなという狙いも多少あるのではないかと、そんなことを思いながら、英語で意見を書いた。

 返ってきたのは日本語の定型文だった。うぅむ、基準がわからん。こちらが英語で書いたのだから、英語で返してきてもいいのに。

 書いた内容は「ツイートでアプリの拡張子として (ファイル名).app を書いたら、ドメイン名として認識されて頭にhttp:をつけられてしまった」ことだ。わたしはファイル名を書いただけである。自動でhttp:を付与しないオプションを用意してほしいと、書いておいた。

 Facebookなら、多少の誤字は直せる。Twitterはツイートを消すか、直後に同じスレッドで「さっきのは誤字です」と書いて流すしかない。わたしがTwitterよりFacebookのほうを好むのは、これが理由のひとつだ。
 Facebookも、10年くらい前は、間違えたら消すしかなかった。だがその後どれくらい経ったときだったか、編集ができるようになった。ほんとうにたすかっている。

英語のmore thanは、日本語の「以上」ではない

 東京新聞によると、東京都羽村市が、新型コロナワクチンの接種で予約出来る日付を「17日以上」とシステムに入力していて、実際は18日以上であるため、2000人が予約し直しになったとのこと。

 2021.04.28 ワクチン接種2回目の日程を誤通知 2000人が予約取り直し 東京・羽村市<新型コロナ>

 おそらく、英語で more (またはlonger) than 17 days という表現があり、それを何気なく「以上」と訳してしまったのだろう。日本語の「以上」は17日を含むが、英語の more than は、その数を含まない。

 年齢などでも above 17 years old と書いてあれば、日本語で18歳以上のことだ。

 では日本語の「以上」のニュアンスをどう英語にするか。数字を変えてしまう(1個足してしまう)と、英語が聞きとれる日本人がいた場合に誤訳したと勘違いされるのもしゃくに障ることがあるかもしれないが、それを回避するには——
 ひとつの案として、than ではなく、you should be at least 17 years old to do so (すでに17歳に達していないと、それはできない)などの、言い換えが必要になるかと思われる。

実話: 知らない人の名前を検索した話

 もう、けっこうな年数が経つことなので、お名前をぼかして書けば問題はないだろうと思う。

 ある菓子の本を入手した。著者名は「耳にしたことがある」という程度で、その数年前にはすでにお亡くなりになっていた。どうやら、先がある身でありながらの急逝だったらしい…とは聞いていた。
 古本サイトでそれを購入し、数日後には家に到着。そろそろ栗の季節という時期で、その著者が以前に栗を使ったお菓子を紹介しているのをネットで見ていたので、その本にも載っているかなといった、軽い気持ちでの購入だったと思う。

 ページを開こうとしたら、サイン本だった。

 本なので書き損じはできないところに、堂々としたメッセージを添えていて、しかも達筆だなと考えながら、宛名を見た。
 そこで、数秒間のときが止まった。

 …まるで芸能人や有名人のような、もしそうでなく実名ならばとてもめずらしい、人の目を引くお名前がそこにあった。

 好奇心から、つい検索した。
 すると…女性は実在した。

 わたしはそこでまた、深呼吸した。やや驚く展開だった。

 その著者さんが亡くなる数ヶ月前の日付で書かれたサインとメッセージは、それからあまり期間を経ることなく、事件によって命を奪われた資産家の女性に、向けられていたのだ。
 わたしでさえ少しは覚えている事件だったから、世の中では、だいぶ騒がれたはずだ。

 さほどよく知らなかった菓子研究家と、名前は忘れていたが事件は覚えていた女性とが、わたしの目の前で、本のサインとして、つながっていた。いつもたくさんお買い上げありがとうございます、という文面だった。書いたほうも、受けとったほうも、おたがいに早すぎる死が目前であったことを知らない。

 事件のあらましをネットで検索したが、もう忘れようと思った。未解決でもなく、裁判も終わっている。わたしが覚えていていいのは、よく知らない人たち同士に交流があったことを、そのどちらも亡くなったあとで、こうして他人の自分が知ることもあるのだな、ということだ。

 あれから数年。
 内容そのものではなく、あの「不思議なものを見たような、ざわついた気持ち」を、何かよい方法で創作に生かせないかと思ってきたが、このまま何も書かないまま、埋もれてしまう。

 いつか、あのときの「ざわつき」を、うまい具合に表現してみたい。
 そのタイミングと、発表の機会を狙っている。

必要に迫られると、頭にはいる

 3月末から関連サイトとのコラボ企画でHTMLとCSSをたくさん手書きするようになってから、CSSへの理解が深まった。これまで何冊の本を読んでもピンとこなかった(なおかつ読むそばから忘れた)ものがすんなり頭にはいってきたし、忘れにくくなった。もちろん、書く速度も上がった。

 そして昨日からなのだが「自分が5月にやりたいと思っていることは、JavaSriptなら容易に実現できるのでは」と考えた。別の方法でやるのに限界を感じたので、ほかに何かないかと考えて、JavaScriptに目が向いたのだ。
 そこでネットで検索してみると、ヒントになりそうなサンプルが、たくさん転がっている。見つけるなり、片っ端から読みはじめた。

 JavaScriptもまたかなり前から、わからないと損をするとの思いから、何冊もの本を手に取った。実際に買ったものもあった。だが身につかなかっただけでなく、よく忘れた。
 ところがこうして「これこれのようなことをしてみたい」と、具体的な目的ができた途端に、頭にはいりそうな予感がする。動機として「損をするから」では、弱いのだろう。実際に困ったときに、やる気が出る。

 この調子で、次々に、苦手だった物を学べる機会につながっていくとよいのだが。

話し言葉で、「ちょっと」

 バウムクーヘン関係の音声配信のため自分で録音した声を聞いていて、つくづく「ちょっと」、「たとえば」が多いと感じた。
 だが原稿を用意して「いかにも読んでいる」雰囲気が出てしまうのは困るし、原稿をつくると時間がかかるので、その作業で疲れきって話す内容が減ってしまう気がする。そのため、だいたいの項目を書いたメモを見ながら、その場でしゃべっている。

 配信を確定する前に、録音した自分の声から「ちょっと」と「たとえば」を抜くことは、技術的には可能だろうけれども、さして意味があるとは思えないし、時間がもったいない。

 場数を踏んできたので、そろそろ、なめらかにしゃべれるようになりたい。そのうちに、もう少し言葉遣いも整っていくのではないかと、ひそかに期待している。

生活必需品は、人によって違う

 25日からの緊急事態宣言では、東京都は大規模な場所(たとえば百貨店など)では食品と生活必需品以外の売り場を「休業要請」し、広くない場所(たとえば小売店など)では、同様の業種に「協力を依頼」するのだそうだ。

 だが、不思議なのは、こちら。読売新聞の記事によれば… 2021.04.24 → 「古書店」は対象で「書店」は対象外?…休業要請「線引きわかりにくい」

 混雑するしないで考えれば、どちらの店も空いている。あちこちの娯楽が利用できなくなれば書店が混雑する可能性も否めないが、それにしてもたかがしれている。その上、新刊を売る店と古書を売る店で休業のお願いを出すかどうかに差があるのは、納得がいかない。

 そもそも、生活必需品とは、なんなのだろう。なければ困るものは、人によって違う。線引きは難しいはずだ。
 まずもって肝心なこととして、できるだけ人々に自宅にいてほしいということであれば、最低限の食品や生活に直結する物資を、買い物弱者(たとえば高齢者のみの世帯)に、公的な機関からの依頼で配達ができるシステムを構築しておかないと、弱者はなおのこと不便になるばかりだ。だがどうも話の流れが、「好き勝手に歩きまわらせない、娯楽や楽しみはあきらめてもらいたい」といった、日々のうるおいを奪う方向でばかり検討されているように、感じられてならない。

 この1年、国や自治体、とくに東京のような大都市は、何をしてきたのだろう。何か少しでも対策で前進しただろうか。自粛をお願いしてもだめだった、だからもっと厳しく「要請」すると、そんなことのくり返しだ。現状について、一般人が悪いとでもいうのだろうか。

 昨夏にいったん落ちついたかに見えたコロナ禍が、初秋からぶり返す気配を見せたとき、GoToトラベルだGoToイートだとやっていた、そのツケが一般人をずっと圧迫しつづけている。そして最近はオリンピック聖火リレーだ。オリンピックのムードを盛り上げるために、緊急事態宣言を(首都圏で)取りやめてから、1ヶ月でこの騒ぎ。

 それなのに、オリンピックをやめるとは、政府も関係者も、誰も言わない。
 どうかしているとしか、思えない。

コンピュータ関連、3件

 いまのところ、おもに3種類のことをしている。ひとつはバウムクーヘンを扱うお店のサイトを紹介する企画で、お店にご招待メールを送ったり、ご関心ありとのお返事をいただければただちに詳細メールを送ったり。

 もうひとつは、今年になって開始した朗読の動画づくり。第2弾を近日公開の予定だが、今回はDavinci Resolveで編集した。高機能で何から手を付けていいのやらまったくわからなかったが、ときどき、直感的に手を動かしてしまい「あれ、こんなことできるんだ」と、理屈があとからついてくることも。「こんなことがしたい」とネットで検索をかけると難しい解説が出てきて四苦八苦ということもあったが、自分で「こういうことできるんじゃないだろうか」と右クリックを押してみてメニューを探すなど、実地訓練のように動作を確認している。

 そして、三つ目。小規模なお菓子屋さん、パン屋さんが使えるよう、HTMLとCSSのファイルをセットで配りたい。だがどの程度のレベルで作成していいのか、わからない。
 わたしの作る程度のシンプルな物を必要とする人は、コンピュータのレベルとして、どれくらいなのか。HTMLとCSSだけの簡易なものを配布し「内部で使う画像は自分で用意してね」といっても、組み込み方のわからない人もいるだろう。だが、そもそもFTPが使える格安レンタルサーバを借りている人なら、多少のHTMLはわかるはずだから、気にしすぎなくていいのか。それとも、無料ホームページ作成サイト(広告付き)を利用されているお店のほうが多いのだろうか。

 GoogleスプレッドシートでHTML内容の入力補助をするツールを作るのもいいかなと思ったが、HTMLが苦手でGoogleスプレッドシートが得意という人はどのくらいいるのか。わたしはどちらも好きだが、ひとさまのことはわからない。

 とりあえず、誰も使ってくれなくても仕方ないという覚悟で、自分が作るのがおもしろいと思える範囲で、何か作ってみるしかない。結果はあとからわかるものだ。

発想が柔軟な人

 3ヶ月ぶりに、病院へ。

 以前はよほどのことがないと8週間分すら出してくれなかった医師が、新型コロナの影響で常連患者の通院回数を減らす方針かもしれないが、前回は3ヶ月分を処方してくれたし、今回も3ヶ月分のようだ。おかげでこちらは気分的にたすかるのだが(一度に薬の代金を払うという意味では財布に厳しいにせよ)、話を聞いていると、けっこう財政的に厳しそう。無論、医師は財政の話はしておらず、わずかな雑談めいた話からわたしが感じとったことである。

 どうも、企業や団体の健康診断や市民の日常的な検診は、しばらく断っている様子。そういった健康診断にはオプションとして自由診療的なメニューを含むコースもあっただろうから、断ることは、ドル箱を失うことに直結する。

 また、通院するのが怖い(通常の診察時間に病院にいたくない)患者には、いったん診察料金を立て替えて薬だけを調剤薬局に手配する方法も、復活しているようだ。患者は後日に病院に支払いに行くのだというが、いったんは病院側の持ち出しであることに違いない。

 今回の騒ぎがあとどれくらいつづくのかはわからないが、病院が経済的に立ちゆかなくなるとしたら、地域社会に大きな不安をもたらすことだろう。

 さて、話変わって、採血のこと。

 いつも診察前に右腕で採血をしてもらうのだが、今日はたまたま、上着が薄かったので「着たまま袖をあげるか、上着を脱ぐか」と迷っていた。どちらにするか考えているうちに順番が早く来た。迷ったあげく、いちおう脱ごうかと思ったら……

 ファスナーが、何かのはずみに壊れたらしく、途中で動かない!!

 採血の担当者さんに「脱がないで採血してもらうと、腕を圧迫するでしょうか」と相談。すると腕を見た担当者さんから、「このくらいのぴったりした袖口ですと、採血後に、出血が止まらなくなるかもしれませんね」と、妥当な予言。それは困る。

 ふたたび脱ごうとしたが、ファスナーは妙な位置で固定されてしまっている。
 そこでわたしは二度ほど「ほかの方を先にお願いします、壊れてしまっているようで時間がかかります」と告げたのだが、少し様子を見ているようだった。やがて担当者さんが、柔軟な発想でひと言。

「あっ、上から引っ張るような感じにすると(セーターを脱ぐように)、どうでしょう!?」

 なるほど、それは考えてもみなかった。おかげで採血を終えたが、「ファスナーが直るといいですね」とまで励ましの言葉をいただき、待合室へ移動。その後、ようやくファスナーは外れた。
(帰りはねんのため、いっさいファスナーを使わずに帰宅)

 こちらが焦ってしまってはよくないと、やわらかく話しかけてくださったのだろうと思う。
 高齢者に片足を突っこみつつある世代として、親切が身にしみた。

 採血前の騒動ですでに袖口が圧迫されたらしく、部分的ではあるが青紫の内出血があった。ひさびさに見てしまったが、あれで済んでよかった。

30万坪と言われても

 JR中野駅の近く(区役所すぐ)に、犬屋敷の跡地を示す5匹の犬の像があるのだが、徳川の第五代将軍綱吉の時代には、あのあたりに合計で30万坪の犬屋敷があったという。

 昭和生まれの庶民が楽に思い浮かべられる「坪」は、せいぜい100である。どういうことかというと、自分の家や友達の家を「坪」で表現する人が周囲に大勢いたので、25坪であの家、あれが4軒で100坪、という連想ができるのだ。

 30万坪をおなじみ「東京ドームの建物」で表現すると21個分と書いている人がいたが(ねんのために複数のサイトを見たら、同じような話だった→ 東京ドームは何坪あるのか―鑑定法人エイ・スクエア/菅原健)、都民なら誰でも東京ドームの広さを実感できるわけではないので、これも困る。

 誰でもわかるものはあきらめて、自分にだけわかるものを調べようと思ったが、こちらのブログさんによれば(日本1000公園 801/1000 中野四季の森公園(東京都中野区))、中野四季の森公園の広々した部分がだいたい3ヘクタール(1ヘクタールは3025坪)だそうだ。犬屋敷は30万坪(100ヘクタール弱)あったということになるのだから、つまり…

 中野四季の森公園の30倍以上の場所に、犬が住んでいた。

 …ということで、たぶんいいのだろう。

 ……あっ……

 もしやと思い「中野 犬屋敷 地図」で画像検索をかけたところ、地図を描いてくださっている方々が。

 東側は、線路をずっと島忠方向に歩いて、図書館のあるあたりまでが、ぜんぶ犬屋敷か。
 こりゃすごいわ。。。