会社員時代に焼き肉屋に出かけた話

 わたしはかつて、外食がけっこう好きだった。独身のころはとくに家に帰って何を食べようかなどと考えるのも面倒で、誰か時間がありそうな人間を見つけては一緒に食べてから帰宅するか、あるいはコンビニ等で軽食を買って家に持ち帰った。

 当時はネット仲間(パソコン通信)らともよく出かけた。店だけ予約しておいて、現地で注文しつつ適度に食べたら一人○○円くらいで収まるだろうという推測を事前に話しておけば、その通りになってもならなくても、みんな安心して食べてくれたし、文句も出なかった。同年代が多かったので、たいてい割り勘だった。

 ところがそのころ、その同じノリで会社のメンバーに「来週にでも、(会社の近くの)焼き肉屋にみんなで出かけませんか」と声をかけたのだが——妙なことになった。

 事前に「コースなどは頼んでいないので、適度に食べて、○○円くらいにしましょう」と話しておいた。だがパソコン通信の集まりとはまったく異なっていたのは、参加者の年代である。8人くらい参加だったと思うが、わたしは20代後半で、メンバー平均よりやや下だった。
 食欲と雰囲気で気持ちが大きくなったのか、入店してメニューを見るなり張りきって注文を開始してしまった人が、最低でもふたりいた。どちらもその8人のうちでは年長。

 わたしの思惑としては、テーブルで相談しながら「○○を何人前で、それ以外にどれにしようか」などと、メニューの金額を見ながら決めていく予定であったため、そのふたりが自分が食べたいものを少し多めに(1人前ではなく周囲にシェアできる程度に分量で)注文していくのを見て、驚いた。

 予約した人間であるのにも関わらず重視されないといった経験はそれまでなく、わたしは面くらった。「あれ、おかしいな。このふたりは余分に払う覚悟でもあるんだろうか」と見ていたが、そのうち何人かの男性が、影響されたのか競うように注文をしはじめた。瞬く間に会計は膨れあがった。

 店の人に金額を言われて、さすがに凹んだ。
 独身で気楽だったわたしとしては払えない額ではなかったが、自分が予想した通りに進まなかったことで、気分がもやもやもやした。

 会計で渋い顔をしていたわたしに、最初に注文をしまくった年長の男性が近づいてきた。さすがにまずいと思ったのか、「最初に言ってた額じゃ、だめだよね」と確認に来たのだが、だからといって多めに払ってくれるわけでもなく、席にもどって「各人○○円くらいです」と告げていたのみ。そして、全員が割り勘になったのだ。

 その会合は、楽しかったといえば楽しかったが、さほど食べていなかったであろう若い女性らも含めて全員が割り勘というのは、ちょっと気の毒だった。もとはといえば、わたしが途中で「そんなに頼んで大丈夫ですか」と言えなかったのが悪いのだが、最初の段階で「この人たち(たくさん頼んだ人たち)が、多めに出すんだろうな」と考えてしまったため、言い出すタイミングを失い、ずるずると進んでしまった。

 さらに翌日。最初に張りきって注文をした男性のうちのひとりが「予定外の出費でたいへんだった」と、わざわざわたしのところに言いに来た。こちらとしては「はぁ、そうですか」としか言いようがなく、実際に何を返事したのかは覚えていない。こちらにしてみれば、踏んだり蹴ったりだ。

 もうその日を境に、「次に出かけることがあれば、ぜんぶ仕切る」と、気持ちを新たにしたのだったが、自腹の集まりがそれほど増えなかった——。というのも、中間管理職またはさらに上のほうで、職場のイベント(転勤などと)の場合は会社の経費を使うことにしようという悪知恵を、思いついたらしいのだ。思いついた人々はその仲間内でもせっせと同じ手を使っていたようだが、実にばからしい。そういう経費の使い方は、入社から間もない若手や、席に呼ばれることが少ない女性には、ほとんど無関係だ。経費を使うなら幅広い用途で使えと思った。

 わたしは数年後にその会社を辞めた。その数年後にメールをしたときには、社内の改変でほぼ数名しか当時のメンバーが残っていないという返事があり、さらにそれからしばらくしてネットで検索したら、社名を変更してまったく違う場所に移転していた。

 この焼き肉屋については25年以上も前の話だが、たまに思い出す。