交番に出かけた話

 散歩を兼ねて、いくつかのスポットで写真撮影をしていた。途中までは家族も同行。最後のほうで別行動になったのだが、しばらく歩いていると、財布がないことに気づいた。持っていたバッグの口が少し開いていて、小物がガタガタ音を立てて飛び出しそうになったため、中を見てみたのだ。

 やたらとでかい長財布である。もし入れる気ならばスマホを最低でもひとつ、もしかしたらふたつ入れられるサイズである。落としたら絶対に気づく音がするはずで、持って出なかったのだと最初は考えた。少なくとも、うっかり屋の自分だけでなく家族と歩いていた時間帯は長かったので、その時間帯だけでも、落としていないと自信があった(落としたら大人がふたりとも見逃すことができる物体ではない)。

 だがいちおう、気づいてまもなくから「ねんのために家に帰って家にあるのかどうか見よう」と、小走りに。家に飛びこんで探してみたがない。そこで道をとって返し、一番近い交番の前を通ったら警官と目が合ったので「近所のどこだかわからない場所に財布を落とした場合、ここに連絡がきますか」と尋ねると、情報を入力するので紙に記入してくださいと、とてもやわらかな口調で声をかけられた。

 わたしとしては「クレジットカード、銀行のキャッシュカードがそれぞれ○枚ずつ、それからマイナンバーカード、あと何がはいっていたっけ、見つからなかったら手続きがめんどくさそうだ」と、書き終えたら直後に飛び出して路上を見てまわるつもりで、急いでボールペンを走らせた。

 書き終えたので、立ち上がってその辺りを見てこようかと思っていると「おかけになったままでいいですよ」と、また落ちつかせるような声をかけていただいた。わたしの書いた紙を読み上げながら確認し、それをパソコンに入力していく警察官。そうだよな、やみくもに走ったって見つかるはずがないのだから、これでいいのだ。

「では入力したので、この紙を持っていてください」と、プリントをいただいた。ところが交番を出ようとしたそのとき、何か画面に動きがあったようで「あっ、そのままで」と。
 わたしが入力してもらっているときにはまだ更新されていなかったが、別の交番で入力されたデータが、ほぼ一致したらしい。警官が先方の交番に電話をして確認し「いま本人がそちらに行きます」と、伝えてくださった。

 ほっとして、小走りにまた別交番へ。

 交番内部は相談をしている人で塞がっていたので外で待っていると、何人かの警察官が声をかけてくれたため、財布を待っていると答えた。そのうちひとりが事情をすぐ理解してくれて、交番脇の空いている場所まで、財布を持ってきてくれた。
 その際「ほんとうなら本人確認をしなければいけないけれど、あなたの身分証明書って、この財布の中にありましたしね〜」と、どうしようかという話になりかかけた。だが、話をしている内容が本人にしかわからないようなことだと思ってもらえたらしく、返却に。いざとなったらマスクをはずして「そのマイナンバーカードの写真と似てますよね、本人です」と言ってもよかったのだとあとで気づいたが、そこまでしなくて済んだ。

 拾ってくださった方は、匿名でとおっしゃっていたそうだ。もちろん中味は無事。ありがたい。

 返却の際、もしや落ちていたのか○○のあたりかと警察官に尋ねたところ、記録の際は施設名ではなく番地で記載されていたらしく、それを聞いてもすぐにはわからなかった。だがもしわたしが考えた場所であるなら、家族と別れる少し前に立っていたところだ。そこはアスファルトではないため、大きな財布が落ちても音がしなかった可能性がある。
 家に帰ってきてその番地を見てみると、やはり、その界隈のようだった。

 今回は、親切な人のおかげで事なきを得た。直接のお礼ができないのが残念だが、わたしも何か拾ったら匿名扱いとして交番に届けることにしよう。