昔の事件と、世間で薄れていく記憶

 現在進行中の事件では「まだ確定していないのにネットで個人を犯人扱いしてどうする」と、じゅうぶんに気をつけなければならないことだと警鐘を鳴らしてくれる人たちがいる。それでも誤解から他人を名指しして大迷惑を起こす人たちもいる。

 だが、いったん人の関心から薄れてしまった事件はどうだろうか。検索しても間違った内容ばかりがセンセーショナルに語られている場合がある。
 たとえば、わたしの母が馴染みのある土地で、20年ほど前に非人道的な事件があった。子供がひとり死亡し、姉は助かったが、ふたりとも幼児である。ときどきそのことを思い出して「あれは何年前だったか」と検索するが、検索される内容は時代とともにかなり減っていて、しかも失礼なことには、尾ひれをつけた話のあげく現場を心霊スポット扱いにしているサイトさえも。
 その検索の過程で、犯人(まだ服役しているか出所を勝ちとったかは不明だが、事件直後は無期懲役と噂されていた)の名前と事件の経緯、人物像のようなものを書く掲示板が、いくつか残っていることに気づいた。だが事件の顛末でさえわたしが母から聞いていた当時の話とけっこうずれていて、わざと話をごまかそうとして伝言ゲームをしたのかと思えるほどであったのだから、犯人名がどれほど正確だろうか。

 漢字まできちんと合っているかどうかなど、誰にもわからない。もしや音が似ているだけで名前が微妙に違うことすら考えられる。ましてや噂話の検証のためだけに、図書館や新聞社に出かけて20年前の裁判記事を読む人はまずいないだろう。そして日本では20年も前の記事をオンラインで検索させてくれる新聞社は、ほぼない。
 デジタル化が進んで有料会員に便宜を図るようになったのは、もう少しあとの時代であるから、今後の記事は20年後に検索できるかもしれないが、20年前のものはなかなか難しい。

 そして、そのいい加減な記憶のままに「あの人と名前が似ている」というだけで犯人の家族扱いされてしまう人が出ないとも限らない。

 襟を正して落ちついた行動をとるべきなのは、最近の事件だけではない。ネットで書かれている内容で裏もすぐにはとれないような古い記事こそ、かなり慎重にならないといけないと、肝に銘じよう。

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