「金髪お花畑」の話

 タイトルの「金髪お花畑」とは、FFBEというゲームに出てくる言葉である。その解説を兼ねて。

 身近に、実例として体験していることと、頭でわかっていることというのは、違いがある。実例を知っていると、人はどうしても楽観視できない傾向があるように思う。

 たとえばわたしは、部落差別も実際のところを見聞きしていないし、朝鮮人学校も近くにないまま育ったため「そういう差別って、なんであるんだろ」という意見を普通に持っているし、態度にも出している。だが実際を見聞きまたは体験している人には、わたしのその態度が、かなり明るく映るらしい。知らない人にはわからない、差別はどっぷりと深い問題だよ、ということなのだが、それをはっきりわたしに言ってはまるでご自分が差別を肯定していることになりはしまいかと、言葉を濁す。

 わたし自身も最近になって、精神病や、社会に適応できずに迷惑をかけてしまう人たちに対して、自分の意見が変わってきたことに気づいた。

 以前は「何でも病院に入れてしまっては、回復の芽を摘んでしまう」とか、「薬などの助けを借りつつ、早いうちから社会になじむようにしておかないと、ずっと入院または施設暮らしが長期化したら、ますます外に適応できなくなる」と、思っていた。日本は世界的に見ても長期入所の施設または病院が多すぎる、と。
 だが身近で見聞きした事例や、今年にやってようやく施設にはいった認知症義母との経験で、そんなこと言っている場合ではない人は、たくさんいると思い知らされた。
 本人もつらいからわめき騒ぐのかもしれないが、それでつい怒鳴ってしまう周囲の人間も精神的にまいっているし、はたまた、当事者でもその関係者でもないのにただ隣に住んでいるというだけで昼夜問わず大声でわめき散らされる立場は、お気の毒である。影響の範囲は、考え出したらきりがない。

 金髪お花畑とは、ゲームの主人公のひとり「フィーナ」が、いつも前向きで理想ばかり追うので、かつて現実社会でひどい目にあった相手が「あんたって金髪お花畑ね」と言うところから来ている。でも本人は、相手が傷ついた過去があるとわかっていても、自分は金髪お花畑でありつづける、話し合っていけば道は開けると思っている。フィーナは苦労をしてこなかったわけではない。人を許したり、大きな苦労をしながら世界を救った少女である。つらいことを経験しつつも、相手の話をまずは聞いて、自分は同じでありつづけるつもりだ。

 FFBEは、何年か前に、ストーリーを適当に読み流しながら戦闘とアイテム収集のために進めていたゲームだが、しばらく休んでいたら第二部が終わるところまで進んでいたので、ゲームに復帰した。スペシャルダンジョンではなく通常ストーリー内の戦闘では、難易度がかなり低くなった印象。だがその分だけ、ストーリーにとても力を入れていると思う。

 わたしはこれから自分がどういう発言をしていく立場になるかまだわからないが、これまで同様「自分がよく知らない場面では金髪お花畑発言、知っている場面では慎重にならざるを得ない発言」を、するのかもしれない。だが、わたしを金髪お花畑と笑う人がいたとしても(そもそも金髪ではないが)、その人も別の場所では金髪お花畑かもしれないと、思うことにしておく。

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