首里城の焼失が悲しい

 450年の長きにわたり存続していた国家(琉球王国)が明治政府のもとに日本へ併合され、どれだけ残念で悔しい思いが、当時の琉球の人びとの胸にあったことだろうと思う。その後、第二次大戦では日本という国の南端として戦場となり、文字通りの焼け野原になった。人びとの思いのよりどころであり、かつての王国の象徴でもあった首里城も焼失した。

 そして沖縄は、27年ものあいだアメリカに占領されていた。そのころの現地は、日本ではなくて、もちろん琉球でもなくて、アメリカだった。

 沖縄が日本にもどってきたのは、1972年である。沖縄の人びとの思いのよりどころはどこだろうか。気持ちの上でのふるさと、帰属意識としての「国」がどこなのかは、生まれ育った年代によってさまざまに異なっているかもしれない。明治初期の人がまだもし生きていたならば、日本という国を必ずしもよく思っていなかった可能性もある。

 琉球王国であった土地が、人が、日本に入れられて、いいことがあったんだろうか。
 戦後70年以上経過しても、日本政府は基地問題で沖縄に負担を強いたままだ。県民投票の結果も無視して辺野古の工事をつづける政府には腹が立つばかりだ。沖縄の人は、何かいいことがあったんだろうかと、何度も感じてきた。

 少しずつ再建計画が進み、丁寧な調査と研究にもとづいて復元の工事がなされ、90年代に帰ってきた首里城。サミットでは各国首脳がつどい、記念の2000円札にもその姿が描かれた。ようやく沖縄にも明るい話題がでてきたと、当時は考えた。

 それが、2019年になって、まさかの焼失。

 沖縄のみなさんは、どれほど、気落ちしていることだろう。言葉では言い表せないほど、つらい思いをされているに違いない。

 また、建てねばならない。なんとしても。首里城はただの建造物ではなくて、人の心のよりどころなのだ。これをないがしろにすることはできない。軽んじることはできない。

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