効率化を追い求め、一極集中を是としてきた日々

 新型コロナの件が、数ヶ月先に終息するとしてだが、その後の都市計画はどうなるのだろう。
 これまで、地方創生という言葉を使いながらもその一方で、日本全体で見れば東京に、地方で見れば県庁所在地等に、人を集める政策が長くとられてきた。
 危うさがあったことはもちろんだが、そうした発想に向かうには無理からぬ事情もあっただろう。人口が先細りするのはわかっていることであるから、行政のサービスや医療、暮らしなどを支える柱を中心部に据え、その周囲に効率よく住人をまとめて住まわせたいという方向に、考えが流れがちだったのだと思われる。

 だが皮肉にも、都市部の利便性や娯楽、芸術を支える「人口の多さ」が、こうしたウィルスの流行に対しての弱さとなっている。効率の面からはともかくとして、人や機能は分散したほうがいいこともあると、今回の件が教えてくれている。

 ソーシャル・ディスタンス(社会的な距離)という言葉が盛んに言われている。そして人々もそれを受けいれ、慣れていくことになるだろう。人と近くでふれあわないように、距離を置こう。人と直接の会話をせずとも、オンラインで連絡を取ろう——これがつづく数ヶ月ののちに、大都市圏と、そこに暮らす住民たち、通勤している周辺住民たちは、大きな変化を経験することになる。すべてがもとにはもどらない。考え方は、おそらく変わっていく。

 やはり、いまからでも方針転換ができるものであるならば、理想的なのは部分的遷都であり、全国への機能分散だ。大都市圏への集中、とくに関東地方への人口や経済の集中は、解消できるように努力すべきであろうと考える。

 それにしても、毎日こんな話ばかりを書いている自分がおもしろくなく、今日は2時間も前から「おもしろいネタはないか」と探していて、けっきょくこの話になってしまった。やれやれ。

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