「幸せになってはいけない」と、考える

 先ほど検索をして知ったのだが、自分が幸せになってはいけないとか、自分が幸せだとよくないことが起こると不安に感じる人は、けっこういるらしい。人によっては「幸せ恐怖症」という言葉を使うこともあるようだ。

 呼び名を付けるほどのことでもないが、わたしもときどきそういったことを考える。…そうか、けっこういるのか。

 大きな苦労を経験した人や、たゆまぬ努力で這い上がった人がいるはずの世の中で、いつも適度なところで引っこんで、トップのグループを目指すこともせず控えの位置に居心地のよさを感じてきた自分は、弱い人間なのだろうと、どうしても考えてしまう。あるいは、結果を求めて挫折すると立ち直れないとの思いから、しりごみをして手前で控えている弱さがあったのだ、と。

 いつも、どこかが落ちつかない。

 だが、自分の人生に点数を付ける人もいなければ、人の目を気にする必要もないんだぞと自分に言い聞かせてみれば、瞬時であれど、みょうなほど心が平安になる。

 そして、そんな安らかさを感じるとほぼ同時に、またしても「安らかにしている場合か」と、反対側から声がする。どう考えても「自分が心安らかであっていいはずがない」という思いが、ずっと頭のどこかにあるらしい。

 いまのところ、好きなタイミングでコーヒーが飲めて、Netflixが見られて、日常のほとんどのことを自分の考えた通りの時間帯で生活できているのだから、不満なことはない。不安もないはずと思いたいが、これは自分と同居者以外にも、いろいろ世間のしがらみで将来的には不安もあるだろう。だが、それはいまではない。

 とりあえず、明日からも、好きなタイミングでコーヒーを飲んで、自分の考えた通りの時間配分で日々を過ごせたら、それがありがたいと思う。いつかは何か大きな変化や事件があるだろうが、それはそのときに、考えればいいことだ。

投稿者: mikimaru

2021年現在「バウムの書」、「お菓子屋さん応援サイトmikimarche」などのサイト運営に、力を入れています。 かつててのひら怪談というシリーズに参加していたアマチュア物書き、いちおう製菓衛生師の資格を持っています。 バウムクーヘン関連や、昔からの知人には、「ちぇり」もしくは 「ちぇり/mikimaru」を名乗っています。