楽しかったことと、困惑したこと

 今日は雨の中を、北千住まで。以前から行かねばと思っていたバウムクーヘンの買い出しだ。
 ついでに、新型コロナのことで遠出をする日がふたたび来ることがあるのかと思っていたころに、店名だけ聞きかじってすっかり忘れていた谷中の店を、バウム友さんが話題にしてくださったため、「おぉ、谷中といえば北千住よりは手前じゃないか、これは寄れるぞ」と、帰りに寄ってきた。

 ひさびさの地下鉄は楽しかったし、買い物も順調だった。北千住では思いがけずセール中でバウムが割引価格で買えたし、西日暮里から谷中までiPhoneで地図を見ながら細い道を歩くのも、楽しかった。

 だが、ひとつだけ、心に引っかかることがあった。これを読んだら、ごく普通の社会人のみなさんは、店に対してではなくわたしに驚きあきれるのかもしれない。恥をかくのはわたしなのだろうと思う。だが、わたしは納得がいかないままずっと心に引っかかっている。

 デパート内での買い物でクレジットカードを出したときのことだ。店の人が金額を入力し終えて「ではそのカードリーダーにカードを挿してください」と言った。その後の数秒で、カードが読みこまれたような音がしたとき、お店の人がカードリーダーをわたしのほうに向けて「実行キーを押してください」と言ったのだ。

 そこには金額が出ている小さなディスプレイと、いつものように暗証番号が押せる数字キーと、実行キーがあった。

 暗証番号を入れてから実行キーを押してくださいとは、言われなかった。
 暗証番号は入れなくていいのか。
 ここに表示されている金額が正しければ、それで実行キーを押していいのか。そういうこともあるのか。

 言われたのは、実行キーを押してください、だけだった。それは確かだ。

 わたしは半信半疑で、実行キーを押してみた。ディスプレイに「確認できませんでした」といった意味合いの文字が、ちらっと出て、その後にエラー表示ではなく、終了と出た。エラーと出た場合には、暗証番号を入れていませんと店に言おうかと思ったが、終了と出たので、何も言わずに様子を見ていた。

 店員さんが「あっ」と小さな声をあげ、先輩らしき店員さんに「これはどういうことでしょう」と小声で尋ねている。尋ねられたほうの先輩店員さんは「番号が通らなかった(?… よく聞き取れず)場合は、サインをしていただいて」と答えていた。そして最初の店員さんが、何事もなかったかのように「お客様、サインをお願いします」と、近くまでやってきた。
 さすがに「番号を入れなかったんですか?」などの発言はいっさいなく、笑顔で接してくれていたが、おそらく「この人は暗証番号を入力するということが、わからなかったのか」と、思われてしまったことだろう。

 ちなみに、何も言われない状態であれば、いつも暗証番号と実行キーを押して買い物している。場数を踏んでいないわけではない。ただ、予想外の「実行キーを押してください」に、わたしはある意味で機能停止してしまったのだ。それってどういう意味ですかと聞き返してみる気持ちも、みじんもなかった。何か問題があったらそのとき言えばいい、こちらは間違えていないのだからと、みょうに自信すらあった。

 頭が固くなっているのだろうか。

 …いや、そういえばわたしは、以前からこういうところがあった。

 高校のとき、実習の教材で挿絵がみょうだと思い、正しくない方法で作業を進め、教師から「なぜ途中でおかしいと思わずに進めるの、周囲の友達にも聞けば途中でやめられたのに」と言われた。だがわたしは「この教材の絵、おかしいですよね、だからこれでいいんだろうと思いました」と答えた。——わたしには、そういうところが、昔からあった。

 今日のそのことが、何時間もずっと、くり返し思い出される。

 まあ、これくらいのことを気にしていたら、今後も何があるかわからないのだから、外出もできなくなってしまう。
 さっさと心の引き出しにしまってしまうしかない。

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