人の顔を、連想で記憶

 そもそもわたしは、実生活で人の顔の覚えが悪い。週に何度もやってくる配達の人たちもインターフォンの声で覚えて「よく来る人」という認識だが、玄関を開けたときには伝票に三文判を押すか、あるいはほんの少し「これでお間違いないですか」と言われて会話をする程度。そのときにちらっと見るドライバーさんの顔はあまり覚えられず、声で記憶する。

 こうした実生活でのことは、おそらく人との接し方が下手であるため覚えきれないのだろうと思うが、これが画面の向こうの役者だったりすると、まったく話が違う。相手はディスプレイの中にいて、自分がガン見をしても迷惑がかからない。ましてや話しかけてもこられない。安心して見ているから、記憶の仕方がまるで違う。

 さきほどNetflixのドラマを見ていて「この女優さんは90年代にアメリカのドラマX-Filesの第一シーズン前半で、○○の役で出た人じゃないだろうか」と思ったのだが、あとで検索をしてみたところ、顔立ちと年齢はなんとなく似ていたものの別の女優。だがその人もやはりX-Filesの第一シーズンと第二シーズンに別の役で出ていたことがわかった。取り違えたとはいえX-Filesで、しかも最初の年と翌年である。記憶のなかでごっちゃになったのだろう。
 それにしても、ふたりともざっと芸歴を拝見した範囲では、主役を演じるような方々ではない。なにかわたしの頭に残りやすい表情か、ストーリー上の設定があったものと想像する。あるいはとっさに「○○さんに似ている人」などと考え、記憶に残りやすかった可能性も。

 ジョディ・フォスター主演の「羊たちの沈黙」は1991年の作品だったが、主役ではなく誘拐被害者だった女性を演じた人が2017年にテレビシリーズのベイツ・モーテルで保安官として赴任してきたとき「あ、羊たちの沈黙」と、すぐにわかった。これもどうしてなのかはわからない。

 さまざまに思い出してみた範囲では、とくに女性に関して、覚えやすい傾向にあるのかという気がする。

 例えば、最近「アクアマン」(2018)主演のジェイソン・モモアを見ても、まだ10年も経っていないのに「コナン・ザ・バーバリアン」(2011)と同じ人だと気づかなかった。ただジャスティス・リーグに出演したアクアマンを見たとき「北村一輝が少しふくよかになったような顔」と感じ、「前にも同じことを考えた役者がいたけれど誰だっけ」とまでは考えたので、もう少し思い出すつもりがあれば、なんとかなった可能性もあるが。

 ところで、まだ誰も似ていると書いている人が見つからないのだが、わたしは個人的にヴィクトリア・ペドレッティが、若いころの大路恵美に似て見えて仕方がない。

 

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