阿佐ヶ谷駅界隈へ、初売りに

 毎年、阿佐ヶ谷駅高架下の「おなかすいた」で福袋を買う。ビーンズ阿佐ヶ谷の中でも中杉通りを挟んで東側の高架下である。

 最初に高円寺の高架下にあるスーパー「Big A」のあたりから西側へと歩いた。ローソンが三が日を休むと書いてあって新鮮な気持ちになった。たしかに高架下のコンビニならば、あまり来客は見込めないかもしれない。英断だ。
 さて到着は昼少し前だったものの、「おなかすいた」の福袋は選べる程度には残っていた。袋の隙間から「これがいい」と家族が選んだものを購入。内容はすべて異なっているので運に左右されるが、今回は調味料やあられのような菓子、ふりかけ、混ぜご飯の素などがはいっていた。これだけはいって、毎年1000円である。
(年末年始で買い物した内容はのちほど別ブログにまとめる予定)

 その後に少しだけ西友も見たのだが、以前のような「正月っぽいセット」のようなものは見あたらず。数年前まではどこの売り場でもちょっとしたパッケージに詰められた日用品や靴下などがあったように思うし、調理器具の詰め合わせも買った記憶があるが、今年はあまりそれらしきものが見あたらなかったので、移動することに。

 つづいては、阿佐ヶ谷駅の南口にある「亀屋万年堂」。花びら餅を買うことが目的だったが、直営店ならではの「生ブッセ」や、熊本のどら焼き「和栗とバター」ナボナ(これは亀屋万年堂と同じシャトレーゼのグループに、九州の「さかえ屋」がはいっている縁だろうか)を購入。
 ちなみに花びら餅はもしかすると有名和菓子店の「うさぎや」でも買えるのかもしれないが、普段でも行列している店なので正月ならもっと列が長いだろうと想像できた。そこで、今日から開店していたのかどうかも確認することなく、亀屋万年堂に直行した。並ぶのは苦手である。

 そして駅ビルにもどり、カルディへ。アプリで福袋の購入が当選していたのだ。阿佐ヶ谷で外れたら数日後に中野マルイのカルディでも買えるように家族と別々に抽選を申し込んでいたが、どちらも当たった。もし阿佐ヶ谷で買ってみてとてつもなくすごい内容だったらもうひとつも買えるぞ…と思ったが、まあ、2個買うほどでもないかなということで、中野では買わないことにする。

 正月の福袋記事で有名なロケットニュースにあったカルディの内容とは、少し違っていたような気がする。地域差や個体差があるのだろう。(カルディの内容ものちほど別ブログにまとめる)
 去年も思ったのだが、カルディの福袋は当選しても購入を辞退するボタンがないので、当日「ばっくれて」買わない以外にはキャンセル方法がない。何やら申し訳ない。

 その後、ヨークフーズで少しだけ食品を購入し、そのあとは「天や」で一般的な天丼を購入。天やはウマいのに安い。高円寺は店がなくなってしまったのが残念だ。

 そして大荷物を手にバスで帰宅。正月で本数は減っていたのだろうが、利用者もそれほどは多くなく、快適に座ることができた。

 明日は高島屋の福袋が到着し(もちろん食品である)、その翌日はシャトレーゼの福袋が到着し、その翌日には新宿にパンの福袋を受け取りに行く。それくらいで、今年の福袋はたぶん終わり…だったと思うが、何か忘れているだろうか。

近所に初詣

 初詣はいつも近所の神社にしている。15年前くらいならば日付が変わってすぐの時間帯に出かけた年もあったが、あまりに寒いので元日か二日に出かけることにした。今日は午後の遅い時間だったのにお賽銭の場所まで10分くらい待っただろうか。ちなみに鷺ノ宮駅方向には鷺宮八幡神社という数百年もつづく神社があり、そこでお参りしようと思えば、元日は何時だろうと長蛇の列である。以前に見かけて驚いた。

 その後、今年は高円寺駅方向に散歩に出かけようかということになり、元日で開いている店は少ないのになぜか「パティシエ ジュン ホンマ」が開店していたので寄ってみた。元日といえど店員さんはふたりでテキパキ、すさまじい客さばきで、数分程度の待ち時間で客が出ていく。ケーキはウサギのカップにはいったものだけが大量に並べられていたが、わたしたちは焼き菓子が買いたかったのでマドレーヌやバウムクーヘン(この店に自家製のバウムがあることを初めて知った)を購入して退店。

 その後、ぶらぶらとしながら帰宅。

 年末年始はおせちで忙しくパンを焼いていないので、少しだけ買って帰ろうと話していたのに、よく考えたらコンビニ以外はほとんどパン系も休みだった。家でホットケーキを焼いて明日に備えようと話していたのに、ぼけーっとNetflixなどを見てしまい、忘れた。仕方ないのであるものをかき集めて朝食にしよう。

 そういえばDuolingoだが、元日である今日からハンガリー語も仲間に加わった。これで9カ国語だ。
 学習言語を増やすのは、その言語をやりたいというのはもちろんなのだが、さらに「新しい言語を開始すると点数を稼ぎやすい」という事情があるからだ。今日の夕方はダイヤモンドリーグのトーナメントで、セミファイナルに上位進出するために短時間で大量の得点を得る必要があった。新規の言語は初期に簡単にレベルが上がるので、レベルをあげたときに褒美で出る15分間の得点倍サービスを受けるのに重宝する(この倍タイムはモバイルのアプリでのみ発生する)。

 Duolingoの有料プランの枠が少し余っているので、CMなしで有料プランを試してみたい方はお声がけを。正規料金よりは格安で学習ができる(知人限定。1ヶ月だけや、お試しだけでも、問い合わせや連絡を歓迎)。

 MacBook Proのバッテリーが、修理推奨という表示になった。正月から出費になるのか、あるいは電源で使いつづけるのか、しばし考えてみるとしよう。

2023年もよろしくお願いします

 年末年始に食べたものは、おせちも含めてのちほど「食べる日々 ブログ版」載せる予定だが、ひとまず大晦日の夕方にパーツが仕上がって、夜遅くに詰め終わったおせちのうち、一の重の写真をご紹介するとしよう。わが家は二の重、三の重まで作るのだが、見た目が整っているのは一の重。

おせち(一の重)

 去年から、田作りと松前漬けを市販の少量パックにしたので、気が楽になった。そのふたつは毎年「1月後半まで」残って、最後には見ただけでうんざりしてしまうのが恒例だったが、去年から市販品にしたのだ。ごく少量だけ買うので、すぐ食べ終わる。

 今夜から少しずつつまんで、数日で食べ終わることだろう。

 さて、新年は近所の初詣と買い物、数日後に新宿に買い物に行く予定があるが、それだけだ。のんびり過ごそうと思う。

 2023年も、当ブログをよろしくお願いいたします。

買い置きの量が増えてきた

 ほんとうに変化が大きい昨今の事情を考えて、最近は予備のものを買っておく際に「まとめ買い」の規模が大きくなってきた。以前は「この商品が終わったら量が減る(小さくなる)んだって」やら「類似品に変更になって少量になるらしい」などを耳にしても、値上がりというのはそういうものだと思っていたのだが。

 昨今は、値上がりの事情だけでなく、終売になる、店がなくなる、生産や流通の関係でいつ手にはいるかわからない…などがあり、1回に買っておく分量が増えてしまった。年齢が高くなってくると「似ているものをどうにか探してその都度やりくりしていこう」という小回りの発想が苦手になってくる。できれば同じものを買っておいてそれが終わるまで使いたい、ならばまとめ買い、という発想のほうが楽なのだろう。

 今日は、まとめ買いのマスクが到着。以前から「なぜこの店ではこんなに安いのか」と思っていた不織布マスクが急に値上がりし、値段が3倍にまでなってしまって途方に暮れていたところ、別の店がこれまでのその店と近い価格で売っているとわかって注文を出しておいたものだ。ただしその分量は、1パックではなくダース(つまり12パック)である。これはふたりで使って1年分近い。

 洗剤や洗濯用品、過炭酸ナトリウムも以前からまとめ買いをしていたが、10月前後にふたたびまとめ買いをした。置く場所がたいへんであるが、湿気に気をつければ過炭酸ナトリウムはなんとかなるので、問題ないだろう。

 よつ葉オンラインショップが、5400円以上の購入で送料無料というサービスをやっているので、常温保存可能牛乳を各種と、ヨーグルト類、パンケーキミックスなどをまとめ買いした。ほんとうにほしかったのは常温保存可能牛乳とその仲間たちだったのだが、送料の節約ということで商品を増やした(売り手の思うつぼかもしれない)。常温保存可能牛乳も最近は美味なものが増えてきて、いったい何が起こって生乳が手にはいりにくくなるかはわからないから、ときおり買うことがある。

 備えあれば憂いなしの気持ちからやっていることだが、いつかそのうち「買いすぎて置き場がない」などの話になってくるのではと、少しは気にしている。

三つ子の魂百まで: クリスマスと言えば…?

 子供のころからなじんでいたものは、たしかになかなか気持ちが抜けないものだなと思う。たとえばクリスマスの過ごし方など年中行事に関すること。

 ネットに載せている写真を見ているかぎり、12年ほど前から欠かさず焼いているのがローストチキン(今年はよくできたのだがまだ画像を編集していない)で、数年前までよく焼いていたのがシュトレン、そして飛び飛びで、焼いたり焼かなかったりしたのがロールケーキだ。

 シュトレンは数年前に調子に乗って焼きすぎてしまい、二人暮らしなのに大きいサイズが3本できてしまって、冷凍した。去年も今年も、それを1本ずつ食べている。やっと今年で終わる。ロールケーキは、作ることはできるのだが食べるのがたいへんで(あれは少量だけを作るわけにいかない)、だんだんと遠ざかりつつある。

 今年はクグロフかバターケーキなど、すぐ食べなくてもよくてクリームをあまり使わないものを焼こうと思っていた。材料も確認してあったし、昨日か今朝の段階で着手していれば、夕方には作れるはずだった。

 ところが寒波で体調が落ちつかず、昼に2時間ほど寝てしまった。そのためすべての予定が狂い、何かを作るのが難しくなった。しかも夕方は日々の習慣である散歩タイム。体調が悪いままならば出かけられなかったが、散歩をするくらいには回復していたので、近所を歩いてみた。

 すると「24日なのに家にスペシャルなもの(ケーキなど甘いもの)がない」と、歩きながら強迫観念のようなものにとらわれた。
 明日にすればいいことだからいったい何をざわついているのだと、気のせいかと思ったがそうでもない。
 どうしたいのか自分の心に聞いてみても「食べたいんじゃない、ないことが嫌なのだ」という答えが返ってくるばかり。いったいわたしはどうしたのだろう。

 知っているケーキ屋の店頭では、予約をしていない人向けに申し訳程度の小ぶりケーキを残しておいてくれていたが、どうもそういうのを買う気にはなれず、かといってコンビニ前でヤマザキのデコレーションケーキを販売している店員さんたちの必死さにはこたえられず(←よそでデコレーションケーキを買って食べるくらいなら最初から自分で焼く選択肢があった…量に困っていたのだから)——歩きながら、それでも「何か」がないという気持ちだけはおさまらず。

 結果として、コンビニで小さめブッシュドノエルを購入。普段ならひとりサイズの小さなロールケーキ類があるのに、このときばかりは3切れくらいとれそうなサイズのものしかなかった。だが買った瞬間「やった」と思った。安心感をゲットしたのだ。

 コンビニケーキなので数日中に食べればよい。買ったという事実だけで安心して、帰宅後には家にあった別の菓子を食べた。

 クリスマスには何か甘いものを食べるという幼少時から染みついた世間の動向に、いまだに縛られている自分に気づいて驚く。ほかにもこういうことは数多くあるのだろう。

 1月の初旬にピティビエ(ガレットデロアのフェーヴ抜き)を作ることも多いが、あれは日付に関係なく好きなときに食べたいのが本音。だがやはり毎年のように、作るか作らないか迷う。

 年越し蕎麦、おせちなどは、以前はこだわらなかった。この10〜20年くらいで習慣として強化されてきた。もう誰も自分に影響を与える人はいないはずなのに、外的な刺激ではなく、自分から何かを作り出してそれを守ろうとしているようだ。つくづく、「年を重ねるというのはこういうことか」と、気づかされる。

文具をどこで買う?

 都立家政の駅に近いスーパーで、親子の話し声が耳にはいった。母親が、文具(ノートのサイズ?)らしき記号を言って「ここになかったからスギ薬局まで行こう」と言っていた。

 …いや、待て。A4とかB5とか、その程度の簡単な記号を言っていたのだと思うが、スーパー(もしくは併設の100円ショップ)でもあるかもと思い入店したのなら、次の候補がスギ薬局というのは、けっこう思い切った距離ではないか。大きめのコンビニではだめなのか。それに数十メートル南下すれば文具店があったはずだが、もしやそちらの方向に明るくないのだろうか。

 スギ薬局に行くといわれた男の子は、そこってどこだっけと、反応が芳しくなかった。スギ薬局は新青梅街道沿いにあり、鷺ノ宮駅のほうが近い。

 100円ショップは鷺宮方向にはないが、スギ薬局まで歩く覚悟があるなら野方駅方向に歩けば何軒か候補がある。あ〜、何を探していたのか知らないが、わたしではないにせよ誰かに聞いてみれば、教えてくれるかもしれないのに、この寒波のなか夕方の移動はつらいだろうなと思いながら、わたしは帰ってきたのだった。

 若いころは旅先で道を聞かれたり、スーパーの中で「このあたりに和菓子屋さんないですか」などと聞かれたものだったが、最近は親切な人に見えなくなったのかもしれない。

解熱鎮痛剤の話

 田舎の家族と電話で話していて、体がつらくて仕方ないのに医師がカロナールしか出してくれないという話を聞いた。高齢だし胃腸が弱いので医師としてはカロナールを出す可能性が高いのだろうと思うが、いくら痛いと伝えても、そのカロナールの処方を増やそうかと言われるだけなので、現在はほとほと困っているらしい。

 家族だからわたしと体質が似ているのか、あるいはほんとうにカロナールとはそういうものなのかわからないが、わたしは「解熱としてはともかく、鎮痛の目的でカロナールが効いたためしがない」ので、大いに同情してしまう。

 風邪などで診察を受けると、いろいろな薬とセットで「熱が出たとき用に、ねんのため」と刺身のつまのごとく出されるカロナール。病院が違っても、患者がわたし以外でも、カロナールはよく出てくるようだ。家にはそこそこ在庫がある。だがめったに飲まないので溜まる。鎮痛としては効き目が弱すぎるが発熱はそれほどしないので、飲む機会がないのだ。

 相性というものがあるのだろうが、わたしは中くらいの苦痛にはバファリン。痛みが強いときはセデスハイGを常備。とくにセデスハイGはわたしにとって特効薬なのだが、家族は飲みたがらない。合わないらしい。
 ほかにもわたしが塗っている軟膏、飲んでいる薬などを(むろん処方薬ではない)応急処置として試させようとしたが、結果としてろくなことがないようなので、もう勧めるのをやめた。ふたりで共通して在庫しておけるのはバファリンくらいのものだ。

 万人に効く薬はないというのは当然だが、身近な人間でもこれほどはっきり違いがあると、世の中にたくさんの医薬品があるのも、無理からぬことかという気がしてくる。

 さて。電話を切ったあとで医師と話すと言っていたが、田舎の家族はどうなっただろうか。あとで聞いてみよう。

“日本人は「やめる練習」がたりてない”

 先日クレジットカードのポイントをAmazonのギフト券に変換して、2000円を手にした。そこでKindleの新書で以前からほしかったものを3冊選んだ。そのうちの一冊が、こちら。

 まだ最初の章しか読んでいないというのに、ぐいぐい突き刺さる。なぜいままで長いことウィッシュリストに入れっぱなしにしていたのだろう。

 日本人は「やめる練習」がたりてない 集英社新書 / 野本響子
(以下の画像はAmazonから)

 日本という国とそこに住む人々は、何十年も前からずっと、あの人は○○歳だから高校何年生だの、大学○年生だのと、世の中のほぼ全員が周囲と同じコースを歩んでいると決めつける傾向があり、それは少しも変わっていない。たとえば事情で高校入学までに数年あったとか、いったん社会人になってから大学に入学したとか、そういう人のことはあまり考えていない。いてもごく一部だと思っている。

 転職する人が増えてきている21世紀の現在ですら「新卒募集」という言葉とその存在を貴重とする価値観は生きている。だがそれはまったく寄り道をしてこなかった、いわば18歳で大学受験をして22歳ころに卒業(学部などにより差はあるだろうが)という人を自分たちの会社に招いて、自分たち色に染まってもらいたいということである。字義的には新卒でもそれ以外の道筋を寄り道しつつ卒業した人は、純粋な意味で同等の新卒扱いにはならない。

 子供のころからずっと進学、卒業、就職などの人生設計を目の前にぶら下げられてきた人々は、大人になって自由に考えてよいはずなのに、なかなか行動に移せない。なぜなら就職してしまえばそこがゴールだといわんばかりに人生がセットされてきたからだ。就職すれば(職場が潰れるか本人がミスをして首にならないかぎり)あとは好きにしろと、がんじがらめの干渉が、そこでブツッと終わりになる。何も教えない。人生をどう楽しむか「以外」を、たたき込まれてきただけで、社会にひとは放り出される。

 たとえば本書では著者自身も書いている事例: 大学や学科を選ぶ際によく考えなかった、あとになって自分に向いていないと気づいた——だがここまで来てしまったのだから、この先どうしたらいいのかがわからない。

 それは誰しも多少は経験していることだろう。どうしたらいいのか、とまどう。状況をリセットし、やり直そうという度胸はない。もしかしたらその発想もない。途中でコースを変えることが怖く、不安なのだろう——なぜなら周囲に「途中でコースを変えた参考モデルが見つけられない」から、経過や結果を想像できないのだ。

 残りを読む前に、勝手に「よさそうな本」と決めてしまった。あて、明日からまた読もう。

 

零売薬局(れいばいやっきょく)

 医師の処方箋でお目にかかるような医療用の薬を、薬剤師との面談で一般販売してくれる薬局が、零売薬局というものらしい。もちろん制限はあり、処方箋がが必須の薬は扱わずに、医療用であっても処方箋が必須ではないものを扱う。さらに、会員登録をして、本人と薬剤師の面談の上で販売…というもののようだ。

 以前から都心などにあるとは聞いていたのだが、高円寺にも(庚申通り商店街を北へ直進し早稲田通りの手前)最近になってできた。ウェブサイトを見てみると、わたしのよく使うもの(軟膏や漢方)も取り扱いされている。おぉ、これはいいぞ。

 だいたい、相談に行けば必ず同じ薬が出るとわかっているのにクリニックは待ち時間が長い。診察代もかかる。それならば、少し薬局で買っておいて安心感を得ておくのもいいだろう。それにこのところの円安や流通の不安定さから、外国から個人輸入するよりも安く早く入手できる可能性があるのだから、利用しない手はない。

 何月何日に何を買ったかを個々に書くと、その薬剤師さんがここを見ていた場合にわたし個人が特定されてしまうため、詳細は書かないことにする。だが、感じがよい薬局だった。少量しか買っていないので、次の機会にまた同じものを買っておこう。

野方駅からバス → 中野サンプラザへ

 今日はどこに散歩に出ようかという話になり、ちょうどピクミン・ブルームのコミュニティデイだったので幅広い範囲で花をまくとおもしろいだろうから、徒歩だけでなくバスも使おう…ということに。

 そこで西武新宿線の野方駅まで歩きながら花をまき、そこから中野駅行きのバスに乗り、中野四季の森公園とサンプラザ前を散歩して、道中でたくさん花をまいて帰ってきた。

 四季の森公園のイルミネーションは数年前の記憶よりも減っていたが、サンプラザ前がきれいだった。ここに1枚載せておこう。

中野サンプラザ前のイルミネーション

 実は暗くなる少し前に到着してしまい、ヨークフーズ(現在はザ・ガーデンの商品も扱う)でスナックなどを買って時間を潰した。

 中野四季の森公園には、以前「ベルベ」というパン屋が急に倒産してしまった跡地に、ヴィドフランスが開店していた。ただ、ベルベ時代よりも狭く感じた。イートインスペースのあった場所の大半が、スタッフ用のスペースになっていたようだ(あんなに目立つ場所にスタッフルームを設けるのもちょっと見た目としてどうかと思うのだが、構造上いたしかたなかったのか)。店内のパン売り場も、見せ方の違いなのかほんとうに狭いのか、ベルベ時代より小さく思えた。
 いまのところ家にパンが有り余っているため、今日は買わず。

 中野駅界隈は、ほんとうに変わった。今後またサンプラザ解体の時期が近づいたら、数年間は殺風景になるのだろうが、そのころには駅の西口が開いたり、界隈のタワマンができたりするのだろう。いや、タワマンの1階が何になるのか不明だが、もし商業施設でもはいるのならば少しは見た目が賑やかになるのだろうか。