昼間にどこかのチャンネルで「時計じかけのオレンジ」をやっていて、ちらちらと見ていた。暴力シーンが多いので、あまり凝視したくない気持ちと、ところどころ忘れているのでちゃんと見ようかという気持ちと。
そういえば「主演はマルコム・マクダウェルだったはずだが、こんなに若い時代もあったんだな、たしかに顔が似てるから、本人だよなぁ」と思っているうち、この人このあとで「カリギュラ」やったんだったよな…と、思い出す。
カリギュラというのは79年ころに製作された映画で、狂気と欲の塊だった皇帝を描いた作品。当時の映画雑誌を見ても何の説明を読んでも「エログロ以外にストーリーあるのだろうか、あるいはそんなものに隠れて、何気なく芸術してるのか」と、有名俳優の出演が多く派手な暴力シーンがあること以外に何も伝わってこず、首をかしげてしまうばかりだった。少なくとも、当時十代だったはずのわたしが目にする機会は、なさそうだった。
それから月日が流れ、実際に作品を見たのか、あるいは活字や人様のブログレビューを見て見た気になっているのかは思い出せないが、やはり血と暴力と狂気ばかりが思い浮かぶ。おそらく通して最初から最後まで見たことは、ないように思う。
さて、前置きが長くなったが、世の中にはカリギュラ効果、ストライサンド効果というものがあるそうだ。「見てはいけません」、「見たら問題にします」、「見るなって言ってるだろ」と、真剣に反対されればされるほど、人はそれを渇望するものらしい。
カリギュラはこの映画のカリギュラ(あまりに俗悪で暴力シーンが多かったのでそう言われたらしい)、そしてストライサンドは、歌手で女優のバーブラ・ストライサンド(*1)のこと。海岸の立派な邸宅が海岸とともに撮影、公開されつづけていることをプライバシー侵害と考えた彼女と、海岸線がよくわかり資料価値がある場所に彼女の家があっただけと考える双方の立場は相容れずに話題となって、かえって家の画像は閲覧数を伸ばしてしまったという歴史があるのだそうだ。
騒げば騒ぐだけ見られるというのは、たしかに、思い当たることがある。
自分への取材を自粛しろと言いつづけて逆に「何様?」と思われてしまった、元兵庫県議のN氏。議員を辞めて一般人になったら、彼を元ネタとして作成された画像たちはどういう扱いになっていくのだろう。ただ風化するのだろうか。少なくとも公人として出た記者会見でのことであるから、その過去までを消せと本人が言えるはずもない。それに、しばらくは話題(もしくは疑惑)の人でありつづけることだろう。
そして突然に有名になったのち公開停止となり、現在は人びとに利用の自粛をお願いしていくことになった鳥取県の公募キャラクタ画像のひとり、「かつ江」さん。今後は公開されないとわかったら、いまのうちにと、保存をした人が増えたのではないだろうか。
クレヨンしんちゃんは、見せたくないアニメと言われながら子供たちの人気が高いままで、最近では番組のほうがマイルドになっているそうである。昔のような親の呼び捨てもなく、尻をペンペンと叩くシーンもないのだとか。これは「少しマイルドにしてでも世に残そう」という、見る側と作る側双方の意思によるものなのだろうか。そうであればよいのだが、毒気が薄くなったと言われるクレヨンしんちゃんの、実際のところはどうなのだろう。
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注
(*1)この人のお名前は、ストライザンドで、濁る「ザ」だと思うのだが、日本では「サ」が定着している。ストライサンド効果は仕方ないにせよ、普段は「ザ」で書かせていただく (^^; 。
『クレヨンしんちゃん』のくだりに関連して、最近たまたま流し見た記事を思い出しました。
――検索検索――
……そうそう、これ。
『原作改変、残虐描写カット…業界人が語るTVアニメ”自主規制”事情』
http://ure.pia.co.jp/articles/-/12377
この記事に登場するアニメーション製作スタッフさんの言葉が全てではないですが、
「映像と音声は記憶に残りやすいもの」で「TVアニメは偶然視てしまう可能性があるメディア」だというのが
表現をマイルドにしている主な理由となりうるようですね。
(勿論、別の『大人の事情』が絡んでくる場合も十分あるかと思います)
『視聴者の権利を守る』当たり前のようでいて、案外軽視しがちな大前提だと思います。
これを理由に現在では当時そのままの状態では再放送されなかろう昔の作品(『あしたのジョー』『どろろ』等)が
多々あるだろう事を鑑みると、「表現の自由とは何だろう」と少々複雑な気持ちにもなりますが、
24時間休みなしの今の時代、こればっかりは仕方がない事なのかもしれません。
(同様の理由で、インターネット界の一部も表現について少し考えた方が良いかもしれない…… f^^;)
原作マンガは元アシスタントさん達が引き継いで継続しているようですね。
作り手が違う以上、原作者生存初期の作風とは変わっていっているのかもしれませんが(すみません読んでません)
今なお続いているという事は、時代を問わず「面白い」と感じている人が一定数いるという事でもありますから、
作り手と読者視聴者の熱意がある限り、PTAに負けず頑張って欲しいなと思います。
…あちゃ。
記事本文の字数に合わせて改行したもので、妙なところで改行しちゃってますね…すみません;
いぬさん、貴重なリンクご紹介ありがとうございます!
そうですね、そのテレビ番組を見るつもりがあったから、というだけではなく、何か放送してないかと、とりあえず電源を入れてチャンネルを探すつもりだった人にも、目に飛びこんできてしまうわけで、影響力ははかりしれないです。そこまでの配慮をしてくれるのは、職人魂というか、作り手の良心のような気がします。