最近のスマホの強度はすごい

 これまでも、よく大丈夫だったと思うほどの高さからiPhoneを落としたことがあったが、数日前はついに、ごく一般的な住宅街のアスファルトに、iPhoneを「はずみをつけて」下向きに落としてしまった。

 理由は、出かける直前に湿疹に軟膏を塗ったのだが、指がよく拭き取れていなかったようだ。家を出て歩き出そうとした瞬間、左手から右手に持ち替えようとしていたタイミングで、落とした。落ちそうだと思ってあわてて手を添えたがつかめず、それどころか、その触れた手が落下にはずみをつけてしまった。

 息が止まった。

 iPhoneは、ネットにも、銀行口座の残高確認にも、電子マネーの一部にもつながっている。いつも身近にあるものだ。これが壊れたらたいへんなことだが——

 なんと、無事だった。
 ほんとうにどきどきしたが、普通に使えた。よかった。

 つい最近になって新品を買い直したバンパーケースが、よかったのかもしれない。前回までのものは周辺が緩くなっていて、一部が壊れそうだった。今年にはいってから、いつか買い直そうと思っていたのだが、もうXr用があまり出まわっていなくて、通販で買うことにしたのが3月ころだっただろうか。そのときのものが、まだ取り替えて数週間であるため、衝撃を吸収してくれたのだろう。

 気をつけねばと、思う。壊れてからでは遅い。
 

「ひとつを分け合う」は、想定外か?

 ときおり、菓子店で注文の個数を確認されることがある。わたしはそれほど発音が悪いのか、あるいはマスクでくぐもって聞こえているのかと思うこともあったが、最近になって、ようやくわかってきた。

 おそらく、こちらが客ふたりで、相談しながら何かを買うことにしたとき「○○と○○をひとつずつ」と言われた店員さん側は「目の前に客がふたりいて、相談しながら買っているのだから、1商品を1個ずつではなくて、1商品をそれぞれにひとつずつと言っているのだろうか、いちおう聞いてみるか」と、なるのではないだろうか。それで「1個ずつですか、2個ずつですか」と確認してくる可能性だ。

 こちらにしても、ひとり1個以上は食べないので、ひとつずつと言えば通じるという先入観がある。20代ならいざ知らず、ケーキや焼き菓子を、ひとり1個以上は食べない年齢になって、だいぶ経つ。相談しながら2〜3個を買うにせよ、家に持ち帰ってからナイフでカットし、半分または細かくして味見をしているのだ。

 1個を分け合って複数の菓子の味見をするというのは、胃腸が丈夫な世代には、なかなか想像がつかないことなのかもしれない。だがこの1年くらいで「1個ずつ」の意味を確認されたことが数回あるので、次からは注意してみようかと思う。

iPhoneがフリーズして、電源が落とせないとき

 今日、家族がずいぶんと困った様子でiPhoneを触っていた。調子が悪いので本体をリセットさせようとしたらしいのだが、終了時の「電源オフ」部分が、フリーズしてしまってスライドできないという。

 あちこち触っているうち、その近くにある緊急というところがスライド出来てしまい、大きめの音が出ていたようだ。

 わたしがたまたま検索したところによれば、iPhone8以降では

○ 音量の「上」を一瞬押す
○ 音量の「下」を一瞬押す
○ 電源ボタンを、画面が暗くなるまで押す

 という方法で、電源が切れるらしい。知らなかった。なんと便利な。
 おかげで家族もiPhoneがリセットできたし、わたしも今後のために、とても勉強になった。

日本地図を見ていて

 ほとんど旅行はしないし、普段も東京からほとんど出ていない人間である。立ち寄っていない都道府県(交通機関の移動だけで、降りていない)がいくつあるか、見ていた。

 ぜったいに行っていないと胸をはれるのが、北海道、青森、大分、山口、香川、愛媛、高知、佐賀、熊本、宮崎、鹿児島、沖縄
 たぶん行っていないのが、秋田、山形、岐阜、愛知(降りたことがあっただろうか)、福井、三重

 …けっこうあるなぁ。
 ちなみに福岡は長崎に出かけたあと佐世保からバスで移動して空港に直行し、空港内の買い物エリアのみ。和歌山は大昔にフェリーに乗るため時間調整で、喫茶店にはいったかどうかの滞在。米子空港には島根の温泉に出かけた帰りに空港に直行して買い物エリアを見ただけ。山梨はどう考えても寄っているはずだが、ほとんど記憶がない。

 九州に出かけてみたいが、夏の北海道も捨てがたい。いつか出かけたい。

 

Simcity BuildItのデザインチャレンジ

 この何ヶ月か、週末の数日だけ開催されているデザインチャレンジがおもしろくて、Simcity BuildItにせっせと参加している。賞品もよいのだが、よほど気合いを入れないと最後のものまではもらえないようで、今回もやはりシムキャッシュ500はもらえなかった。

 人はけっこう「街づくり」のようなものが好きなのだろう。わたしもこれまで何度か遠ざかったが、たまにこうしてもどってきては、新しいメニューがあると数ヶ月はまって、また去る。それでもゲームはつづいていくし、誰かしらプレイしているあいだは、サービスとしては終わらない。

 それにしても、毎回違うお題(砂漠とか、水の都とか)が出ているというのに、なんの関係もなさそうな、ただ家が建っていて道があるようなものを提出する人が、一定数いらっしゃる。だが投票にはスキップ機能がなく、まして「目の前に出てきたどちらもスキップ」などというものがあるはずもなく、どちらかを気に入ったことにして選ばねばならないのが、やや苦痛。

 さて、次回のお題はなんだろう。少しリキを入れて道具(配置するもの)を揃えておくか。

2019年の映画「マッドハウス(原題: 1BR)」

 家族が映画を録画したというので、昨日はこれを見てみた。日本では2020年夏に公開されたらしい。

 わたしは「怖い」とか、いわゆる「ホラー」なものには目がないのだが、これはひたすら「気持ちが悪い」系である。内部で描かれる暴力は、理不尽を通り越し、これを映像化しようと考えた人たちにかすかな怒りを覚えるほど(つまり「これを見させられてろくなオチでもなかったら金返せレベルだ」という、憤慨すれすれ)のものだった。

 主人公の女性はある大きな共同住宅に空室ができたということで、見学にやってきた。当日の訪問客は多く、抽選の倍率は高そうに感じたが、女性は無事に選ばれて、住めることになった。
 だがその家は、住んだら二度と出られないものだった——

 いちおう、見終えたが、カタルシスのようなものはないし、中盤まであれだけ暴力描写がひどかった割には、主人公の内面的な葛藤や、周囲の人々の掘り下げも足らず、何やら中途半端な印象だった。

 見終わったあとで検索してみたところ、かつてアメリカで活動していたカルト「シナノン」(スペルは Synanon)を元ネタとして使っているのだそうだ。
 その団体はもともと薬物乱用など何らかの中毒になっている人々を社会復帰させるとの触れ込みで、リハビリテーションとして人を集めていた。のちに宗教団体となったが、だんだんと行為がエスカレートし、殺人未遂ほかが発覚。最終的には「犯罪集団として認定されたので宗教団体の免除が受けられなくなり、金銭的な理由で解散」ということになったようだ。日本語Wikipediaは見あたらなかったが、英語版はこちら

 ゴールデンウィーク中は、もう少し、明るい映画が見たい。ほかも探してみよう。

 ちなみに原題の1BR(ワンビーアール)とは、寝室がひとつの間取りということ。だが日本の感覚の1DKとは異なる。寝室がひとつでも、台所やそれ以外の部屋がある。

ユリ・ゲラーが小説を書いていた

 昨日たまたまある本を読んでいたら、ユリ・ゲラーは4作ほど小説を書いたことがあり、処女作のEllaはそこそこ売れたらしいという話が載っていた。

 Kindle版はUnlimitedで0円、購入で300円らしい。いちおうUnlimitedの枠が残っているので、ダウンロードしてみた。まだ冒頭のみしか読んでいない。

 ユリ・ゲラーといえばスプーン曲げ。そして初期はスプーン曲げの人だったのに、いつしかリモート・ビューイングもできますよやら、日本の宜保愛子と一緒に外国ロケをするやら、さまざまな展開でお茶の間を楽しませてくれた。そして昨年(2020年)だったかと思うが、ポケモンに出てくるモンスター「ユンゲラー」がスプーンを持っていることから、自分を揶揄または侮辱されたと考え、米国で任天堂に対して訴訟を起こした(という過去があった)ことが、話題になったことでも知られている。

(翌日注: 起こしていた訴訟を取り下げて話題になったのが2020年。以下のTweetがそのときの表明)

 自分個人としては、氏の当時の活動で損害を受けていないが、あの超能力ブームのころに多感な時期を過ごした方々は、少しは影響を受けている人もいるはずである。そしてあのころは、つのだじろう著「うしろの百太郎」などもあり、心霊がどうの、超能力がどうのということは、たいへんな話題になっていた。
 そういう意味では、氏が社会に何らかの好ましからざる影響を与えたのではと問われれば、自分にさほど認識がなくとも、それはありうると答えるべきなのだろう。

 さて、ひとまず、小説を読んでみるとしよう。

やわらかシロコッペ(コメダ系列)の常設店舗が終了

 西武新宿線の新宿駅改札近くにあった、やわらかシロコッペ(コメダ系列のコッペパン店)の新宿ぺぺ店が、5月16日で終了するとのこと。今後は催事などで販売する予定があるらしいが、ここは最後に残った1軒だったため、常設店舗は終了となる。

 実は、コッペパンで色が白いのは、いまひとつ美味しそうに見えないという思いはずっとあった。こんがりした部分がなく、かといって甘系メニュー中心で菓子路線に走るでもなく、けっこう本格的な具材がはいった調理系もあり、どっちつかずな印象が。

 また、これは店のせいでも何でもなく、運が悪かっただけなのだが、初回の印象がいまひとつで、それ以来ほかの店舗で見かけても、購入することはなく終わった。

 というのは、わたしが家族の分まで複数のシロコッペを買った際に、事情ですぐ食べられず、けっきょく1日以上かけ、数回にわけて、ひとりで全量を食べることになったのだ。しかも調理系を中心に買ってあったため、やわらかいパンに具材の濃いめの味がこってりしみこんで、うぅ、これはつらいなぁ、と。
(くり返すが、すぐに食べることができていたら、印象はよかった可能性もある)

 コメダのグループ全体としてはかなり好調のようで、6月には阿佐ヶ谷の駅ビルにも店を出す。シロコッペはともかく、これからもがんばっていただきたい。

 コッペパンは「パンの田島」(ドトール系列)がなかなか人気で、他の会社がコッペパンから少しずつ下がっていっても、おそらく店舗はけっこうあると思われる。こちらの店は阿佐ヶ谷店が出来てすぐに数回ほど利用したが、正統派でなかなか美味だった。

SMS経由のスパム

 単純でわかりやすいスパムだったので最初から相手にしなくて済んだのだが、今日は近所を歩いているときにiPhoneがピコッと鳴り、わたしが普段は使っていない、初期インストールされていたメッセージアプリに「佐川急便」を名乗るSMSが。

 その内容がすごい → 「佐川急便よりお荷物のお届けに上がりましたが宛先不明の為持ち帰りました(以下URL)」

 …だいたい、お届けに上がりましたが宛先不明というのは、ありえないにもほどがある。さらに、わたしはiPhoneで電話を使えるようにしたのはつい最近のことで、自分でも番号を覚えていない。まれにやってくる知人からのSMSは、Androidに着信する。そのため「メッセージがはいってくること自体が嘘っぽい」のだ。

 それにしても、つい最近まで存在もしていなかった電話番号にスパムを送ってくるとは、ほんとうに、暇な話だ。適当な番号にかけるというのは、実際にあるのだな。SMSは通話などと違い定額制はなく、料金がその都度かかるはずだ。それを払ってでも、誰かがひとり引っかかってくれたら、元がとれるということなのだろうな。

Twitter社のサポート

 意見があったのでメールをしたいと思ったが、メールフォームにたどり着くまでの「これこれではありませんか」の選択肢が長すぎていらいらしていたところ、ようやくたどり着いたメールフォームは英語だった。

 メールフォームの説明に必要な、たったあれだけの分量を日本語に翻訳しない理由がわからないので、おそらく、メニューが英語で気後れしてくれたらいいなという狙いも多少あるのではないかと、そんなことを思いながら、英語で意見を書いた。

 返ってきたのは日本語の定型文だった。うぅむ、基準がわからん。こちらが英語で書いたのだから、英語で返してきてもいいのに。

 書いた内容は「ツイートでアプリの拡張子として (ファイル名).app を書いたら、ドメイン名として認識されて頭にhttp:をつけられてしまった」ことだ。わたしはファイル名を書いただけである。自動でhttp:を付与しないオプションを用意してほしいと、書いておいた。

 Facebookなら、多少の誤字は直せる。Twitterはツイートを消すか、直後に同じスレッドで「さっきのは誤字です」と書いて流すしかない。わたしがTwitterよりFacebookのほうを好むのは、これが理由のひとつだ。
 Facebookも、10年くらい前は、間違えたら消すしかなかった。だがその後どれくらい経ったときだったか、編集ができるようになった。ほんとうにたすかっている。