予備の電話番号として、050を取得

 1週間くらい前だっただろうか。
 最近はほとんどイエデンを使わないのだが、携帯電話の番号をどの程度まで人に知らせていいのかにも不安が生じて、悩んだ末に050を取得してみることにした。インターネット回線経由の通話なので、警察などへの緊急電話はかけられない。

 あれこれと比較して、定額料金がなく使ったときだけ請求されるSMARTalk(スマートーク)にした。受信を念頭に置いての番号取得だが、入会時にクレジット番号を入れてあるので、くれぐれも、間違えて発信に使わないようにしたい。

 普段の通話に使っていないiPhoneのほうにアプリを入れたので、iPhoneが鳴ったら050と覚えておけばいいだろう。ただちょっと残念なのは、受信音があまり選べない。自分の好きな曲などを選んでおくことは、どうもできないようだ。

考え方を変えてみる

 このところ、寝られないだの、ちょっと嫌なことがあっただの、あれこれ考えては暗くなりそうになっていた。だが昨日の「自由すぎる猫」などもそうだし、ちょっとしたことでほっこりと楽しく感じられることもあったりして、気持ちが上向いてきたかもしれない。

 そして今朝(といっても4時過ぎ)だが、ひとつ気分転換を考えついてしまった。3時台に何かのはずみに目が覚めて、4時ころからトイレに行ってみたり、体を起こして考え事をしてみたのだが、ずっと寝られない——そのときにひらめいた。

「寝られない、寝られないと思うのではなくて、横になって楽しいことを考えるようにしてみたらいいのでは」と。

 すると、どうせ寝ていないことには違いないのだが、気持ちが楽になり、結果として20分くらいずつ、軽い眠りに落ちることも増えてきた。

 楽しいことを考えようと思ったのには、理由がある。わたしは車の運転もしないし自転車も乗らない。夜に眠れないため翌日に街でふらふらしたとしても、道を歩いていて誰かに怪我をさせるわけでもなく、せいぜい自分の体調がつらいだけだ。それにもし、外出先で帰宅が心配なほどに疲れてしまうことがあるなら、どうにかして帰ってきたあとには、爆睡できるというものだろう。

 そこで、眠りにも何にも関係ない、楽しくてほんわかしたものを考えることにした。
 それでもじゅうぶんな睡眠がとれたわけではないが、昼間に寝てしまいそうになったときも、無理にこらえることも起きようとすることもなく、自分にまかせた。

 数日したら、多少は元気になっていることだろう。またおもしろい猫動画を見つけてしまったので、後日こちらに貼りつけにくるかもしれない。

自由すぎる猫

 このところ、睡眠が思うようにとれず、1日2時間くらいしか寝られない日々(その代わりに用事のない時間帯に1〜2時間ほど倒れるように寝る)がつづいているのだが、今日は午前の早い時間に、定期的な通院のため家を出た。

 出かける前に前日までの洗濯物はベランダに出してあった。外は薄曇りで、わが家のベランダはまだ夏用の遮光ネット(園芸用の大きな網)がかけてあるので、洗濯物はそこそこのレベルならば乾く。

 帰宅後、昼食をとって「そうだベランダに追加の洗濯物でもだそうか」と、洗濯機から運んできてふとカーテンを開けると、足もとに茶色い衣類が落ちていた。

 洗濯物が落ちている。
 いや、これはクッションのように膨らんでいる。
 わが家にはこんなクッションはない。
 そして、このクッションには耳がある…

自由すぎる猫

 猫が爆睡していた。1時過ぎに気づいたのが左側(網戸越しなので不鮮明で失礼)。その1時間後くらいに寝返りを打っていたのが中央。
 わたしも、これでは洗濯は干せないし、室内に干して猫が帰ったら外に干しなおすかと、本を読んでいたところ、1時間以上寝てしまったようだ。

 そして右側は、夕方の4時半に「帰りますけど、あなたどちらさんですか」という顔で(いや、ここわたしんちなんだけど)猫がじーっとこちらを見つめてきたので、撮影した。その後、すぐお帰りになった。

 場所は2階のベランダだし、上のほうから覆うように園芸ネットがかかっていて、あまり見晴らしのよいものでもなかったが、猫には関係なかったらしい。どこかから移動してきたのだろうが、また遊びにくるだろうか。

 わたしが見ていないときにもかなり寝返りを打ったようで、ベランダ用においていたつっかけサンダルが、あらぬ場所に移動していた。

 自由すぎる猫である。
 

Amazonのkindle Unlimitedに思う

 Kindle Unlimitedは月額制。思いがけないものが画面でおすすめ表示されることがあり、しかもそれがその瞬間は無料なので(その後に定価になる場合もある)、とりあえずはダウンロードして、冒頭を読んでみてから、キープなのか手放すのかを考える。

 おおむねお得感はあるのだが、たまに「○○社の商品ばかり今月は安いな」などなど、気になってしまうことがあり、似た内容で出ている他出版社の本を別料金ダウンロードにするか、定額内のダウンロードでとりあえず読んでみるかと迷うことになる。自分でも情けないとは思うのだが、やはり節約が頭をよぎってしまう。

 以前は周囲に「テレビ欄と特売のチラシがわかればいいから、家では安い新聞をとる」と豪語している友達が複数いたものだったが、あの危険性は、当時はさほど気づかなかった。だが、やはりみょうな新聞を毎日毎日見ていたら、影響を受けてしまわないだろうかと、いまは心配だ。

 Kindle Unlimitedも、できるだけ、料金のことを考えずに中身で本を選ぶようにしたいとは、思っているのだが…。どうなることやら。

iPhoneを機種変 (6s →Xr)

 増税前ということもあるが、もし今年発売のモデルが不評だった場合にiPhoneの旧在庫に大勢が飛びつくかもしれないという心配があった。それで買えなくなったら困るからと、自分たちは別に最新機種でなくてもよいのだから買っておこうという話になり、Xr(テンアール)を注文。木曜日到着と聞いていたが、火曜日に届いた。

 黄色い方が、わたしの使う色である。大きさや、手触りはちょうどよい。

iPhone-Xr 190917

 今回から体験することになった顔認証は、心配していたほどのことはなかった。落ち着かないのではと思っていたのだが、気軽に利用できる。つねに顔に向けて画面を近づけないといけないのかという「そんなわざとらしい姿勢は嫌だ」という心配があり、そして時間がかかるのではないかといった思いもあったが、顔が近くにある状態でiPhoneをタップするとすぐ鍵マークが解除になるので、あとはスワイプして画面を上に持っていくだけだった。
 あまりに顔が画面から遠いと、たとえ正面を向いていても反応しないが、近くであれば、なかばよそ見しているような状態でも解除される。優れものである。

 データの引き継ぎは楽で、それまでのiPhoneからSIMを抜き、ふたたび電源を入れて、その横に新しいiPhone(SIMを移動させた状態)を並べておくと、その内容を引き継ぐかと聞いてくれる。大部分はそれで移行できた。

 ゲーム類を心配していたのだが、拍子抜けするほど何の問題もなかった。トラブルがあったときに備えて、IDなどもメモしておいたのだが、ただアプリを起動するだけでゲーム開始だ。ポケモンgoは「どこでも冒険モード」に必要な設定(ヘルスケアとのリンク)が機能しなかったため、いちおう入れ直した。

 Adobeなどの画像加工アプリたちは再ログインさせられた程度。SNS系も同じだった。

 すっかり忘れいていたのが、銀行の残高確認アプリ。ゆうちょ銀は、起動させようとしてもエラーコードが出るのみだったが、再インストールしてみたところうまくいった。手もとにたまたまお客様番号があったので難なくログインできたが、その番号の桁数がかなり長いので、もしあの紙が見つからなかったら面倒な話になっていたかもしれない。
 みずほ銀は、ひとつのアプリを「残高を見るだけの人は口座番号を入れて見るだけ」、「みずほダイレクトまでぜんぶ使いたい人は会員登録」と役割を分けているので、わたしの場合は口座番号を入れて多少の入力をするだけで済んだ。

 快適なのはApple Payだ。クレジットカードとSuicaを入れたが、そのSuicaで電車に乗ってみたくなり、歩いてすぐの駅から144円かけて隣駅まで乗ってみた(←どちらも家から徒歩圏内だが、西武新宿線の駅はそんなものである)。これまで2枚のSuicaを持っていたが、東京駅100周年の記念Suicaを今回のiPhoneに吸い込んだので、その記念Suicaは本当の記念品となり、引き出しに収納された。もう1枚のカードは、何かあったときのために予備で持ち歩こうと思う。

 各種のメール受信では、ちょっと笑ってしまった。OCNのSIMなので、4年前からOCNのお知らせが週に2〜3通ほど来ていたところ、これまでウェブメールの方を消さずに端末の内部でだけ消していたので、4年分で300通以上があるとの表示。消しても消しても送られてくるため、もしやサーバにたくさん残っているのではと、大あわててウェブメールを確認にいったら400通だった。次からはウェブメール側を忘れずに消さなければならない。

 また、カメラの初期設定がJPEGなどの一般的な保存方法ではなく、高圧縮率のものになっていたようだ。バックアップをとろうとしたDropboxがなかなか画像を読み込もうとしないため、手動で無理に読ませようとしたところ「フォーマットが違うので、JPEGに変換してもいいっすか」と(もちろん、いいっすかとは言わないが)尋ねてきたため、初めてフォーマットが違うことに気がついた。
 容量節約という意味では圧縮率が高い方がいいのだろうが、わたしは画像を放りこむためにDropboxを借りているのだから、別に問題はない。
 この件で参考記事 → マイナビ 2019/02/21 写真は「高効率」と「互換性優先」どちらにすべき? – いまさら聞けないiPhoneのなぜ
 
 
 さて、新iPhoneでは、おおむね楽しい体験ができそうだ。すっかり気に入ってしまった。

「金髪お花畑」の話

 タイトルの「金髪お花畑」とは、FFBEというゲームに出てくる言葉である。その解説を兼ねて。

 身近に、実例として体験していることと、頭でわかっていることというのは、違いがある。実例を知っていると、人はどうしても楽観視できない傾向があるように思う。

 たとえばわたしは、部落差別も実際のところを見聞きしていないし、朝鮮人学校も近くにないまま育ったため「そういう差別って、なんであるんだろ」という意見を普通に持っているし、態度にも出している。だが実際を見聞きまたは体験している人には、わたしのその態度が、かなり明るく映るらしい。知らない人にはわからない、差別はどっぷりと深い問題だよ、ということなのだが、それをはっきりわたしに言ってはまるでご自分が差別を肯定していることになりはしまいかと、言葉を濁す。

 わたし自身も最近になって、精神病や、社会に適応できずに迷惑をかけてしまう人たちに対して、自分の意見が変わってきたことに気づいた。

 以前は「何でも病院に入れてしまっては、回復の芽を摘んでしまう」とか、「薬などの助けを借りつつ、早いうちから社会になじむようにしておかないと、ずっと入院または施設暮らしが長期化したら、ますます外に適応できなくなる」と、思っていた。日本は世界的に見ても長期入所の施設または病院が多すぎる、と。
 だが身近で見聞きした事例や、今年にやってようやく施設にはいった認知症義母との経験で、そんなこと言っている場合ではない人は、たくさんいると思い知らされた。
 本人もつらいからわめき騒ぐのかもしれないが、それでつい怒鳴ってしまう周囲の人間も精神的にまいっているし、はたまた、当事者でもその関係者でもないのにただ隣に住んでいるというだけで昼夜問わず大声でわめき散らされる立場は、お気の毒である。影響の範囲は、考え出したらきりがない。

 金髪お花畑とは、ゲームの主人公のひとり「フィーナ」が、いつも前向きで理想ばかり追うので、かつて現実社会でひどい目にあった相手が「あんたって金髪お花畑ね」と言うところから来ている。でも本人は、相手が傷ついた過去があるとわかっていても、自分は金髪お花畑でありつづける、話し合っていけば道は開けると思っている。フィーナは苦労をしてこなかったわけではない。人を許したり、大きな苦労をしながら世界を救った少女である。つらいことを経験しつつも、相手の話をまずは聞いて、自分は同じでありつづけるつもりだ。

 FFBEは、何年か前に、ストーリーを適当に読み流しながら戦闘とアイテム収集のために進めていたゲームだが、しばらく休んでいたら第二部が終わるところまで進んでいたので、ゲームに復帰した。スペシャルダンジョンではなく通常ストーリー内の戦闘では、難易度がかなり低くなった印象。だがその分だけ、ストーリーにとても力を入れていると思う。

 わたしはこれから自分がどういう発言をしていく立場になるかまだわからないが、これまで同様「自分がよく知らない場面では金髪お花畑発言、知っている場面では慎重にならざるを得ない発言」を、するのかもしれない。だが、わたしを金髪お花畑と笑う人がいたとしても(そもそも金髪ではないが)、その人も別の場所では金髪お花畑かもしれないと、思うことにしておく。

動画に使われている曲が知りたいとき

 数日前からFacebookで話題になっている動画がある。男の子がせっせと屋外で炒飯を作っているのだ。横にはキョウダイ(男の子だろうか)がいて、たいくつなのか空腹なのか、ちょっとぐずりそうな気配だ。だがお兄ちゃんは、せっせと炒飯を作る。

 さて、動画はおそらくインドネシアのもの(コメント欄がインドネシア語であるためそう推測)だが、その背景に流れている曲の歌詞は、わたしには中国語のように聞こえたので、音楽を検索してみることにした。

 まずはiPhoneでSiriを立ち上げて、パソコンでその曲を再生しているところに近づけて「いま流れてる曲は」と尋ねると、数秒で「わかりそうにない」といった返事が。諦めが早いが、日本語モードで使っているときのSiriは、英語と日本語の曲以外には、あまり強くないのだろうか。

 つづいてAndroidのほうに入れていたSoundHoundというアプリで、同じことをやってみた。こちらも数秒で「検索結果がありません」と、画面に冷たく文字が表示された。

 自分が知らないだけで世間では人気のある曲ならば、たいていはSiriかSoundHoundで、わかりそうな気もするが、今回はまだ見つけられていない。

 この動画と同じ場所にあった、追加動画のコメント欄をざっと読んで、誰かが音楽のことを質問していないかと当てずっぽうに(翻訳の力を借りながら)見てみたのだが、質問をしている人はいても答えている人はまだ見つかっていない。いつか見つけたい。

「だがね」と言えば

 名古屋のお菓子屋さんがTwitterに「ビスキュイ ダガネ」と名づけた商品の写真を載せていた。もしかして名古屋でそういう方言があるのかもしれないが、「だがね」は足利の言葉であって、それはわたしとしては譲れないので「関東にも、だがね地方はあります」とコメントを差し上げておいた。

 だがねといえば、普通は足利だがね? 他の場所でもいうんかいね?

 最近、考えながらでないと、高校生まで過ごした土地の言葉が出てこない。田舎の母と電話をするときは自然に出てくるのだが、もはやほかの誰とも付き合いがないので、母との月数回の通話だけでは忘れるばかりだ。
 もう足利弁の話が出るときには常連の、有名な「〜り」などは、考えながら使ったとしても、わざとらしくなってしまう。説明の事例で適切なものが出てこない。

 語彙や表現だけでなく、普段のちょっとしたイントネーションが(ひとつの単語のどこに強弱があったかも含めて)、あのころといまは違っていると思うことがある。ただ、比較元の言葉について記憶が薄れているので、どこまで正確にそれを説明できるかはわからないが——最近ちょっと日本語のイントネーションについて考える機会が増えているので、いつかもう少しまとまった文章を書きたいと思っている。

トーチ型ガスバーナー

 何年も前のことだが、料理やブリュレに使おうと考えてトーチ型バーナーのガス缶(ガスが出ているノズルの先に火をつけ料理を炙る)を買った。便利だったので、よせばいいのに追加でガスを買った。その後はたまにしか使わず、いまでも何缶か残っている。あれは何年くらい前になるだろうか…。

 今日読んだニュースでは、夏を中心にそういったガスバーナーで火災や火傷の事故が起こっているとのことだった。屋外のレジャーなどでの使用が増えるからだろうか。海外製のノーブランド品などがとくに問題のようだ。
 わたしはきちんとしたメーカー品を使っているが、来月のイベントで希望者にバウムのブリュレを作ろうと考えていたところであるため、不安である。

 あわてて検索したところ、充填したガスそのものに使用期限はないらしい。ただ、変形や錆があれば、そしてパッキン部分に異常があれば使用中にガスが漏れ出すことも考えられるため、使用してはいけないとのこと。
 明日、さっそく点検してみよう。もちろん当日は使いかけガスではなくて未開封のものを持っていく予定だが…まずは確認だ。

株式会社は20万円台から作れるらしい

 ときおり、通販や実際の店での買い物(食品)で、原材料ラベルを見て「これってどこの会社だろ」と考えることがある。とくに製造を兼ねていない代理販売の場合だ。製造業の名前も場所もなく、販売業者として耳に馴染みのない株式会社名が表示されているのだ。さらにはネット上にその会社情報がいっさいないこともあり、「そもそもほんとうに株式会社だろうか」とまで、疑問をいだくこともある。

 株式会社ではないのに株式会社を名乗るのはさすがに何らかの罪に問われそうであるから、一般の流通に乗せる段階で株式会社の手続きをしていることは間違いないのだろう。その前提で以下を書く。

 食品ラベルに株式会社と書いてあると、利用者の中には個人営業の店よりそちらを信用しがちな人もいるかもしれない。ただ、株式会社を名乗るための手続きには数万円だそうだ。さらに、登録免許と定款の認証で約20万円がかかる。もし住所など最低限の情報をインターネット等に公開するのであれば、インターネットのドメイン料金と、格安のレンタルサーバ代金で年間数千円。それらをすべて自分で手続きできないならば代行やコンサルティング料金がかかる場合もあるが、それとてたいした額ではない。どれだけ考えても初年度は20万円台だ。

 これだけの金額と手間で、株式会社を名乗れるのである。
 そして銀行に会社名で口座を持つことができれば業者間での金銭やりとりもスムーズになり、信用度は上がるだろう。これらの手順を踏めば、仮にもしその株式会社の内部が個人事業に近いものであっても、内部の情報をさほど出さずに株式会社となれる。

 会社の情報や連絡先などをできるだけ出さずに食品の販売をしたい、個々の問い合わせなどが怖い(もしくは手がまわらない)という意図なのかもしれないが、やはり食品を扱う会社に関しては、連絡先や窓口がしっかり機能していてもらいたいと、わたしは考える。それは株式会社だろうと個人商店だろうと関係がない。何かあったらすぐ声をかけられる存在かどうかの安心感だ。