ひとくちに、忘れられる権利といっても、犯罪被害者が「そっとしておいて、ほうっておいて」というのと、犯罪加害者が「もう昔の話なんだから勘弁してよ、検索結果に残さないでよ」というのでは、まったく事情が異なると考える。
東京新聞 2016.02.28 「忘れられる権利」初認定 逮捕歴の検索結果、さいたま地裁が削除決定
インターネット検索サイト「グーグル」の検索結果から、自身の逮捕に関する記事の削除を男性が求めた仮処分申し立てで、さいたま地裁(小林久起(ひさき)裁判長)が「犯罪の性質にもよるが、ある程度の期間の経過後は、過去の犯罪を社会から『忘れられる権利』がある」と判断し、削除を認める決定を出していたことが分かった。
ただしこれは3年前の事件で、その内容は…
> 男性は児童買春・ポルノ禁止法違反の罪で罰金五十万円の略式命令が確定。名前と住所で検索すると三年以上前の逮捕時の記事が表示されていた。
…冤罪でないならば、具体的な内容が「児童買春」と「ポルノ禁止法」のどちらだったかはともかくとして、これは3年で忘れてほしいというのは、問題なのではないだろうか。よほど軽微だったということなのか(そもそもこの罪名で軽微というものがあるのかどうかは、わたしにはわからないが…)。お腹が空いてパンを1個だけ万引きしたというのではない。被害者がいる。
実際にこの罪名で処分を受け、その内容について争うのではなくあくまで「検索されたくない」のであれば、いくらなんでも「3年経ったんで」と自分から言うのは、わたしには短く感じるのだが…どうなのだろう。