数日前に偶然に見た映画。日本では劇場公開されなかったようで、Netflixで見られる。
地球が破滅し、ある大きな施設の中で、人類の再生を使命としているロボット(作品中での呼び名はマザー、つまり母)が、いつか育てるために蓄えられている大勢の胎児を見守っていた。やがてマザーはひとりの少女(呼び名はドーター、つまり娘)を育てることに成功する。
幼いころから慈しみ、教育しつつ育てたドーターが年頃になった。ドーターは自分の準備ができ次第にほかの子供たちが保管場所から出て生を受けることになると知っていて、楽しみにしていた。
あるとき、何もなくなって、空気も汚染されているはずの外部から人間の女(演じるのはヒラリー・スワンク)が、やってくる。
その女との会話を通じ、ドーターは、もしかするとマザーから聞かされているものとは違う現実があるのではと、考えるようになる。
…ぼーっと見ていると、こんな感じの話かな、いやいやこうかな、などと想像しては軌道修正するはめになるのだが、途中から「これはまじめに見ようかな」と画面に集中すると、なかなか奥深い話だった。
映画タイトルでもある「マザー」は、複数の意味を持っていることが、最後にわかる。
そしてこの第一義である「マザー」(ロボット)は、自らに与えた使命に忠実でありすぎるために、その潔さが美しいまでに残酷である。
お時間がある方は、ぜひ。