去年の秋から文庫化を待っていた北森鴻の「香菜里屋を知っていますか」が、ようやく発売になり、ひと息に読んだ。
なぜ文庫化が遅れていたのか、さまざまに事情を考えてみたが、実際に本を手にとってみて、なるほど…。著者が死亡して連載が途中になってしまった作品「双獣記」が巻末に収録されていたのだ。この収録の判断のため、数ヶ月が遅れたのかもしれない。
香菜里屋とは、三軒茶屋を舞台にした小さなビアバー。メニューはほとんどないようなもので、店主の工藤が「今日はこれこれ(素材名)があるんです」と声をかけ、常連らがそれを料理してもらう。提供されるビアは4種類。ときとして店では謎解きがおこなわれ、工藤の非凡なひらめきがその流れに彩りを添える。
その香菜里屋が、この本を最後になくなった。登場人物らは、どこかに工藤の店がまだあると信じている。わたしも信じたい。
北森鴻の作品で、香菜里屋シリーズだけは最初から最後まで読んだ。もっとも好きな作品だった。作者の早すぎる死を、心から残念に思う。