mixiも、Twitterも、Facebookも、機能やインターフェイスの改訂があるたびに、みんな似てくる。「らしさ」を多少は残せばいいのにという気はするが、運営企業が同じ方向に目を向けていく以上、最後に彼らの足かせになるのはその「らしさ」かもしれない。だからそれを捨てていくことになるのかも。
企業が目を向ける同じ方向とは、もちろん収益化だ。
mixiには「大きな場所であえてクローズドな場所を作ることもできる」という使い方があった。こっそり共有したいものがあったらどうぞ、という使い方だ。プロフィールも知人向けと一般向けなど数種類の公開方法が選べる。
TwitterとFacebookは、もっとオープンな視点が最初にあったと思われるので、それらがクローズドな設計に「これから」向かうということは、おそらく考えられない。プライバシーに配慮する設定や、参加者をセキュリティ面で啓蒙していく活動は増えていくかもしれないが、隠しサークル的な利用法をこれから活発化させていくことは、まずないだろう。
収益を生みやすく、人の話題になりやすいのは、どう考えても後者だ。
mixiはどこに向かうのか。機能やサービスでは、どんどんFacebook的になっていくように思うが、これまでいた利用者らや、「らしさ」に心地よさを感じていた人たちを、つなぎとめられるのだろうか。そのあたりのバランスをうまくとらないと、生き残るのは難しいかもしれない。