写真撮影のときなどに、(おもに日本人だが)何気なくピースサインをする。これは何となくというほかに、「ほらもう準備できてるよ、撮っていいよ」という意味にもなると思う。ときどき英語圏のサイトで、なんで日本人は撮影でこんなポーズをとるのかと書いていることがあるが、定着しているのだから仕方ない。そういうものだと思ってくれ、と答えるしかない。
さて、ピースサインである。
袴田巌さんが静岡の病院に転院されることになり、移動のため現れた駅で、ひさびさにカメラの前に姿を見せた。今日もピースサインである。この方のピースサインを目にするたびに、胸が締めつけられる思いがする。ちっともいいことなかったじゃないか、つらいことばかりだった。世間もいったんは犯罪者として扱い、報道したはずだ。裁判所も検察も、48年も拘束しつづけた。いいことなんか、あったのか——どうしても、そう思ってしまう。人がいる場所に出ることを拒否したり、仏頂面で歩いたって誰も文句を言えやしない人だ、それなのに、ピースサインである。見るのがとてもつらい。
袴田さんのお若いころの画像を拝見すると、収監中に精神面を支え、現在も生活をともにしているお姉様の秀子さんと面影が重なる。秀子さんもまた人生を棒にふった。それなのに、人前に出るときは明るい表情を見せている。強い人だなどという生やさしい言葉を通り越して、いったいなんと申し上げていいのかわからない。なぜ笑えるのだろう。すばらしい方であると思う。
マハトマ・ガンディーの言葉に「人を許せるのが強い人」という意味のものがあるそうだ。原文は The weak can never forgive. Forgiveness is the attribute of the strong.
つねに前を向いて歩いていきたいと、多くの人が日々考えているはずだが、なかなかそれを実践できる人は、多くない。