わたしはインターネットを怖いと思ったことはないし、実生活での面識に重きを置くこともなく、むしろ会ったことがない人でもネットでまじめにおつきあいしてくれる人なら信じられると考えている。だからネット上の対人関係で「この人と関係を切りたい」と思ったことはないし、「自分がいったん雲隠れして、あとで出直そうか」と思ったこともない。自然にしていれば、気の合わない人とは疎遠になるものだ。どちらかが派手に退場する必要はない。
そんなわたしでも、Facebookの異様なまでの執念に、背筋が寒くなることがある。
とくに今週は、強化月間か何かなのだろうか。Facebookをパソコンから見てもスマホから見ても「知り合いかも?」の写真一覧が表示される回数も量も、半端ではない。
だが、一覧が表示されることよりも、もっと気持ちが悪いのが、その内容。
もしかしたら何ヶ月か前、もしくは1年以上前に自分が検索したのであろう大昔の友達の名前をFacebookが覚えていて、それらしい名前の人を「知り合いかも?」に出してくるのだ。たいていその欄には友達の友達が出るものなので、偶然に友達の友達でそういう名前の人がいるのだろうか、へえ偶然だなぁと興味を感じて一度でもそれらの名前をクリックしてしまうと、その同じ人が何度でも何度でも、ずっと現れる。今日だけでいったい何度、嫌な悪い思いをしたことだろう。
これだけしつこくしたら、もしかしたら名前が似ているだけで赤の他人なのに、勘違いして友達申請してしまう人も現れるかもしれない。たとえほんとうの知り合いでなくても、勘違いでもなんでも友達の輪を作ってほしいのだろうか、Facebookは。
わたしは面識ある人や実生活の知り合いに重きを置かないことはすでに書いたが、Facebookで知らない人とお試しで友達登録することは、ぜったいにない。必ず選んでいる。いまのところ40名と少ししかつながっていないが、自分から積極的に数を増やそうとは思っていない。そうしたら、快適につながれないと思うからだ。
Facebookは、質よりも量で人と人をくっつけさせたがっているのではないかと疑う気持ちが抜けない。ネットで人は信じるが、Facebookはあまり信じない。