どこかの国の首相が、ポツダム宣言を「つまびらかに」読んでいないので、内容については承知しておらず、(その場での)返答を差し控えるとの内容を、国会で発言した。ポツダム宣言については夕方から風の頼りに聞いていたが、そんなばかなという気持ちがあり、深く考えていなかったところ、深夜になってテレビ番組で実際に耳にし、かなり驚いた。
政治家として、そして仮に国会議員ではなくとも政治について語る機会が多い上に中高年世代の社会人として、それはありえないのではないだろうか。ようするに、返答をしたくなかったのだろう。まさか、まじめに読んでいないのだろうか。ありえない。
そしてもっと驚いたのが、ネットで「つまびらか」の使い方がおかしい件について、あまり多くの人が突っこんでいないこと。それどころか、人によっては(そういう使い方は普通しないから脳内で補正してしまったのか?)正しい使い方に直してネットに流し、結果として違う意味になったまま、それが拡散してしまっている場合も見られた。
つまびらかにする、という言葉はあっても、つまびらかに読むという使い方はしない。詳細に読む、熟読するという意味で使ったのだろうとは推測するが、あまりにもおかしい。おそらくこの部分は、単純な内容すぎて用意された返答サンプルにも参考文章がなく、即興のはぐらかしだったのだろうと推測する。
それにしても、この件をたった1行ツイートしたら、複数回リツイートされているようだ。わたしにしてみれば、知らない人に多くリツイートしてもらえるのは、いつぞやの白人ナンパ師関連ツイート以来かもしれない。
つまびらか、すっかり流行語だな(–;。だが明日からのニュース番組は、首相の日本語がおかしいことを突っこまず、おそらくポツダム宣言のことを語るのだろう。日本語がおかしいと突っこむことも、この際、あったっていいんじゃないだろうか——「美しい日本語」のために(笑)。