日本では歌舞伎など伝統芸能の面で「襲名」があるが、外国では親子(とくに父から息子)が同じ姓名を引き継ぐ場合がある。通称のレベルでは、姓名ののあとにシニア、ジュニアなどをつけて、親子であって同一人物ではないことを周囲にわかってもらうことが可能だし、姓名の変更システムが日本ほどガチガチに固まっていないアメリカでは、おそらくジュニアやシニアを正式に名前の一部としている人もいるのだろう。
たとえばフランスの名著「三銃士」の作者「アレクサンドル・デュマ」の息子であり作家は、「アレクサンドル・デュマ・フィス」だが、フィスは息子という意味である。
さて、今日は驚くことがあった。フィリピンのベニグノ・アキノ前大統領死去のニュースだが、最初にネットで見たとき「それって80年代にお亡くなりになっている人だ。しかも政治家ではあったが大統領ではなかった」と頭が混乱した。見なかったことにしようと思ったら、数時間後に家族が「ベニグノ・アキノが亡くなった」と、今度はすぐ近くで言った。
いや、待て。ベニグノ・アキノは80年代に殺害されたはずだ。その死を悲しみ、悪政に我慢がならなくなった国民が、数年後にマラカニアン宮殿に大挙してマルコス夫妻を追い出すきっかけとなったのだ。
そうだ。それはぜったいに記憶違いではない。その後に妻のコラソン・アキノが大統領になり…えっ、じゃあ、亡くなったベニグノ・アキノさんというのは、どういう血縁関係なのか!?
…検索してみると、息子さんだったらしい。
同じ名前だと気づいておらず、かなり混乱した。正式にはベニグノ・シメオン・コファンコ・アキノ3世という伯母前で、80年代に殺害された政治家の父は、正式には “ニノイ”ベニグノ・シメオン・アキノ・ジュニア(ニノイは通称)さんであるとのこと。
東京に暮らしながら、高校時代まではさして関心が高くなかった時事問題に少しずつ親しむようになっていた時期と、テレビのニュースでベニグノ・アキノ氏暗殺(最初は暗殺とは断言されておらず、フィリピン政府としては空港職員を装った一部の人間による犯罪としていた)を知り、のちにマルコス政権が終わっていくまでの数年間は、ちょうど一致していた。
わたしにとって、ニュースでもドラマでも自分ひとりでテレビのチャンネルを選べるようになった時期だ。そのころ関心を持った大きな時事問題ということで、ベニグノ・アキノ暗殺については、かなりの情報がいまも頭に残っている。
だが、コラソン・アキノの時代から少しずつ関心が薄れてしまった。さらに、数年前まで大統領をしていたというベニグノ・アキノ3世については、名前が父親と同じだということも気づかずにいた。
名前が同じ親と間違えて混乱するのは、わたしのように一部の人間かもしれないが、今後もこういうことは、起こるのだろう。
(ベニグノ・アキノ3世氏のご冥福をお祈りします)