もしや健康状態がかなりヤバいのではないか(よもや危篤寸前か)と考えつつ、田舎の母と毎日通話していた昨秋から、事態は徐々に好転した。母は幸いに持ち直し、いまでは週に2度程度の通話をすることで状況もじゅうぶんに把握できている。
だが、田舎の親とここまで頻繁に話をしていた時期は東京に住むようになって数十年で一度もなかったことであり(それまで通話はせいぜい多くても週に1回程度、家を訪れるのは数年に一度であったし、現在も訪れる回数に関しては同じである)、昨秋から現在までの8ヶ月程度でその「密度」のようなものが一挙に増してしまったわけであるが——だからといって、母の口から聞く田舎の話によって、わたしに郷愁のようなものが強まったかというと、さほどでもない。
話から感じ取れるのは、多少は事情が変わったといえどやはり自分の知っていたあの田舎であり、自分が子供のころから用意周到に「都会に出る」と準備しつつ周囲に吹聴し、それを実行したころとたいして変わらないとの思いがある。
齢を重ね、東京の物価や家賃の高さが身に染みているのは事実だが、そういった面のみを考えて自分の田舎の方角もしくは関東近県に移動するのは、心的にかなりおっくうである。いまさら遠くに動きたくないというのはもちろんあるが、隣人に会釈程度でもして、必要に応じて回覧板程度のやりとりをするという都会暮らしに、ずっと慣れてきた。周囲の家がどんな人たちなのか職業は何かなどもまったく気にならないし、周囲から気にされてもいないだろうという思いがある。この先、ほかに行けばそんなことはないだろう。そこそこ濃いめの人間関係を新たに構築しなければならないとしたら、物理的な引っ越し以上にそちらがつらい。
今後どこにどんな風に暮らしていくのかは、家探しも含めて、わからないことだらけである。ある程度は運に左右されるだろうが、自分としては慣れているこのあたりに暮らしていきたいと、願わずにはいられない。