映画の室井慎次(2024年の連作)を録画で見たのだが…いったいなんでございましょ、という作品で。
見所は「えー、あれから20年くらい経ってるんだ」ということがわかる随所の過去VTR。みんな若いねー、おっと和久さん(いかりや長介)出てたねー、というところで。
引退して暮らしている場所が秋田だからといって、スマホの電波がはいらない家に住んでいるとか、近所がみんな狩猟の免許を持っていて、いきなり(近所づきあいとして)みんなで猟銃で持って見回りに行こうとか、やたらと聞こえよがしに流れてくる音楽が「北の国からやりたかったんだな」という雰囲気がありありで。
元警察官だからといって、60歳以上で単身者なら同居で里子ふたり(高校生と少年、どちらも男子)の面倒を見るのはなかなか難しいだろうし、途中から押しかけ里子のごとくやってくる未成年女子なんてのは、もうぜったいに、まったくもって、あり得ないあり得ないあり得ないの3重奏。ないだろ、それ。
で、多くの方々が驚いたであろう2作目のラスト(主人公の設定)だが。
ストーリー的にその必然性はあったのだろうか。ないよな。あれで台無しになったというか、安っぽさ5倍くらいになったのではないかと思う。
さらに、見終わってから数時間後。一緒に見ていた家族が「ラストで出てきたあの場所、けっきょく携帯の電波はいったんだっけ」と言ったのだが、作中ではいるようになったんだろうか、それともそんな設定はどうでもよくなったのか。
いしだあゆみの遺作だったと思うと、それだけは見てよかったと思う。