戦火のなか祖国を追われ、着の身、着のままで日本に滞在したのちアメリカに渡った女性が、感謝の意を自分の写真の裏側にこめて、世話になった日本人に手渡した。その写真は73年の時を経て、女性が日本から米国に渡ってのちに生まれた娘へと、手渡されたという。
福井新聞 2015.01.04 → 逃亡助けられ「すてきな日本人へ」 ユダヤ難民女性、写真に謝意
娘さんによると、女性は戦時中の苦労をほとんど語ることなく、97年に他界されたという。
杉原千畝氏のビザにより命を救われ、日本でもまた人々にたすけられながら、命をアメリカへとつないでいった人は、数多くいると伝えられている。そしてその人たちや子孫による運動があったからこそ、90年代以降に杉原氏の名誉回復がなされたのだと、聞いている。
何かちょっとしたことがひとつ違っただけで、人の運命や物事の流れは変わっていたかもしれない。日々をつつがなく暮らしていけることを感謝しつつ、平穏無事な世の中を少しでも長くつなげていかねばならないのが、現在この世界に生きている人たち(とくに先進国と呼ばれる国口)の、責任だと思っている。