ときどき、漢字の文化圏にいてよかったと思うことがある。同じものを指すはずの単語が、英語では味気なさ過ぎると感じることがあるためだ。漢字の情報伝達力の素晴らしさ(少ない文字数および音節で大量の情報を含むことができる点)は、ほんとうに大きな武器になりうる。
なぜそんな話をしているかというと、今日のお題は兵馬俑(へいばよう)である。古代中国で有力者の墓には兵士と馬をかたどった(ほぼ等身大の)素焼き像がともに埋葬されることがあった。発掘され現代のわたしたちが目にするものは色あせているが、埋葬当時には色つきのものもあったらしい。死者の旅にお供するそれら兵と馬が何百体も並んでいるさまは、画像を通じて見ただけでもかなりの迫力。さすが中国数千年である。。。
…ところが、である…。
アジア人(とくに漢字文化圏)の人間が、兵馬俑という言葉から感じとるニュアンスそして画像を見た記憶とがあいまって「兵馬俑すごい」と思うのと、英語に訳されたときに英語圏の人が感じるそれは、どの程度近いのか。兵馬俑に関するニュースをちらりと見て、今日は考えてしまった。
なぜなら、兵馬俑を英語で表現すると(しかも英語だけではなくフランス語ほかアルファベットを使う言語の多くが概念として同じものを意味する単語を使っていて)
terracotta army
テラコッタ・アーミー(焼き物の軍隊)
……味気なさすぎだろっ。いくらなんでも、なんか、それは違うだろ(笑)、と思うわけだ。
お部屋が香る消臭剤(素焼きの器入り)の話ではない。兵馬俑である。う〜ん、もっとかっこよい呼び方を最初の人が考えて、広めてもらいたかった。