よく健康の話題などで「日本の昔の食生活は健康的だった」という言葉を耳にする。だが現代の日本人が昔の食生活にただもどることは、けっこうたいへんである。理由は「労働をしなくなっているから」だ。ただ食生活を昔風にするだけでは、かえって体調を崩してしまいかねない。
かつてわたし自身が半信半疑でメモまでとっておいたのだが、昭和4年(1929年)における日本人向け献立例は、1日ご飯9杯となっていた。そのメモがいまでも信じられなくて先ほど検索したが、やはり同じようなことがネット上でも話題になっているようだ。これはつまり、炭水化物を大量に摂取して、塩辛いものなど各種を少量ずつ食べていたことにほかならない。
高血圧や脳卒中は塩分の影響で当時から問題だっただろうが、それでも糖尿病が現在ほどに顕在化しなかったのは、人が体を使っていたからだろう。
当時の人はよく歩き、長時間労働で、人と連絡を取り合うためには自転車などで相手方まで出向いた。家事ひとつとっても洗濯は手洗いと手しぼり、掃除は箒とはたき、冷蔵庫が一般家庭に完備されるのは戦後のことであるから、食材は丁寧に下ごしらえをして腐敗をのリスクを下げると同時に、傷むまでのあいだに調理を終えて、食べ終えねばならなかった。
迅速な調理が難しく食材を保存食とする場合には、その加工には塩か砂糖が必要であることがほとんどだが、砂糖は高価であったため正月などの祝い事のために用いられ、普段はもっぱら塩漬け中心であったことと思う。いずれにせよ、食材にはつねに人の手がかかっていた。
当時の日本人は、いまの人間が想像できないほどに体を使っていたのだ。炭水化物が多めの食事では糖尿病になりやすいものだが、現在ほどにそれが表面化しなかったのには、消費カロリーが高かったからと推測される。
外国の食文化の影響を大きく受けたこの70年あまりで、食べ物の好みに変化が生じただけでなく、日本人は(技術の進歩などにより)体を動かさなくなったわけだが、それにくわえて昨今の研究では、手軽な「できあいの食品」(ultra processed food / 超加工食品)が心臓発作のリスクを高めるとして話題になっている。それらを減らして昔のように手のかかった食品を食べるとした場合に、いったいどんなものが考えられるか。
たっぷりライスとみそ汁、おかずを少しずつ、というのは、上述の通りに健康へのリスクが高い。また、固いものを食べる習慣がないまま成長した人や、やわらかいものを好んで食べていた影響で食物繊維の多いもので腸が荒れる人もいるため、あまり玄米や全粒粉のパンを強くすすめられない事情もまた、存在する。
どうすべきか。
まず食事の冒頭で、ゆで野菜を食す。そんな習慣は日本になかったと、噛みつかないでいただきたい。これは食事の吸収を穏やかなものにして血糖値を急激に上げずに済む方法であると同時に、満腹になりやすいためライスを減らすことが期待できる。
茶碗蒸しを添える。卵がはいっていて、胃に優しい。かきこんで食べるものではないので、自然と食事がゆっくりになる。
煮豆を小鉢に盛り、箸で一粒ずつ食す…
うぅむ…たいしたものを思いつかない。
とにかく、昔の食生活にもどすというのは、一筋縄にはいかない話である。