加齢なのか、疲労なのか

 わたしは俳優の名前がすぐに口に出せることが自慢だった。どの役者が何年ころどんな映画に出ていたというのは頭の中にうまく収納されているようで、たとえば家で映画を見ていて「この役者は見たことがある、若かったときの顔はこんな感じだろうか。もし20年前に見たのなら、あの映画かも」と、だいたいの記憶で映画を検索し、役者名を確認してからつづきを見ることもある。そのあいだストーリーが進んでしまうかもしれないのに、そちらを優先させてしまうことがあり、なんとも落ち着きがない。

 だが、おとといだっただろうか。よりによって、ケネス・ブラナーが出てこなかった。頭に顔が浮かんでいて、出演作もたくさん思い浮かべることができて、邦題「ヴァージン・フライト」(原題: The Theory of Flight)ではあの女優(←実は二重のショックであることに、共演回数も多くかつては彼と恋人関係にあったヘレナ・ボナム=カーターの名前まで出てこない)と共演だったが…という具合だ。出演作で検索をかければ一発でわかるのに、どうしても思い出したくて粘った。
 カ行の名前だったとは思うが、キーファー・サザーランドになってしまう。だがキーファーの顔はわかっている。カ行の名前を片っ端から思い浮かべる。おそらく1〜2分以上も、ずっと考えていた。ヘレナ・ボナム=カーターの名前が出てこないことで「ほんとうに頭がどうかしてしまったのではないか」と気持ちが焦る。
 どうしても、自分と記憶の間に薄くて白い華奢な壁があるように思えてしまう。すぐそこにあるのに答えがわからない。その壁はすぐにでも倒せる華奢なものだが、できれば倒したくないと、焦燥感が強まる。
 仕方ないので、しばらく待って、検索した。とたんに頭の中から白い壁は消えた。

 認知症になったらどうしようかと、考えることがある。
 だが、おそらくいまの自分は、壁がそこにあるのがわかっていて、倒すつもりがあれば倒せると思いながらなんとか自力でと焦っているのだから、深刻な症状の手前の手前くらいであってほしいと、願っている。

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