何年ころかはわからない。おそらく70年代後半〜80年代前半くらいだったかと思うが、セブンイレブンのCMが衝撃的だった。女性が「わたしは夜中に突然いなり寿司が食べたくなったりするわけです」と語りはじめ、いてもたってもいられずにセブンイレブンに出かけて買ってくる、というもの。
当時、東京などの都会は不明だが、わたしの育った北関東の田舎では、駐車場の広めなスーパーでも夜8時くらいまで、そして地元密着型の小規模な店はもっと早い時間に、閉店していた。
夜の11時まで開いている店があってしかもそこではいなり寿司を売っているというのは、現実から離れたまるで違う次元の話で、いわば通学路だと思って歩いていたら目の前に遊園地が出てきてどうしたらいいのかわからないような感覚だった。
どきどきした。
そして、近くにセブンイレブンがないやっかみだったのか、「夜中に太らないだろうか」やら、「なにもいなり寿司じゃなくたっていいのに」やら、考えた。想像は尽きなかった。
そしておそらくはその後まもなく、わたしは東京に出てきた。
夜の11時までのコンビニは徒歩数分にあったが、7〜8分歩くと、大通りに24時間営業のセブンイレブンがあった。
あるとき、眠れない日があった。
夜中じゅうずっと考えて「明け方になったら、あのCMみたいなことやってみよう」と、何を買おうかと思い描いた。肉まんに決めたのだから、おそらく寒い時期だったのだろう。とにかく「もう少し空が明るくなったら道をひたすら歩いてセブンイレブンに出かけ、肉まんを買ってくるミッション」というものを自分に課した。
いよいよ、明け方だ。
アパートを出た。
歩いた。
肉まんが売れて入れ替えしていて、あんまんしかなかったら嫌だなとか(当時わたしはあんまんが好きではなかった)、代わりに何を買おうかとか、あれこれ考えた。
店に着いた。
肉まんは無事に買えた。
わたしが鮮明に覚えているのはそこまでで、帰り道をどんな気分で歩いたのかとか、肉まんは歩きながら食べたのか持ち帰ったのか、そもそもそれを1個だけ買ったのかなど、何も覚えていない。
だが、あれがわたしにとっての「いなり寿司」体験だった。満足した。
そのセブンイレブンは、まだ同じ場所にある。