修学旅行は、京都だった

 北関東某市の公立学校では、中学も高校も修学旅行は京都を中心に選ぶことが多かった。わたしは中学では京都と大阪、高校では吉野の山奥と、京都と…さらにもうひとつくらいどこかに、寄った記憶がある。

 中学校のときの思い出は、自動販売機に350mlくらいの缶飲料があったこと。当時の関東は200ml台の大きさが主流で、それ以上は見たこともなかった。バスのガイドさんが「よく驚く人がいらっしゃいます」とコメントしていた。その後に全国的に500mlの飲料が出まわったとき「ホームサイズ」と呼ばれたものだったが、現在のホームサイズは1.5リットル以上を指すのではないだろうか。

 高校のときの修学旅行には自由行動があり、昼食時に友達と蕎麦屋にはいったのを覚えている。そのとき品書きにいろいろあったのだが、「しっぽく蕎麦とは、なんだろう」と、ずいぶん悩んだ記憶と、実際に食べたものの記憶が混じってしまい、わたしは長いこと、ほんとうに21世紀になるくらいまで、自分が食べた温蕎麦(麺の上に1匹細い魚が素揚げか竜田揚げのようにのっている)を、しっぽく蕎麦と呼ぶのだと勘違いしていた。

 記憶にある見た目は「にしんそば」に似ていたのだが、わたしが当時あの甘辛い物体が麺の上にどんっとおいてあるのを見て、平気で食べたとは思えないので(現在は食べるが、当時はおそらく驚いたはずだ)、なんだったのだろう。記憶では揚げた魚のようだった。

 しっぽく蕎麦というのは、おそらく長崎にある卓袱(しっぽく)料理のように、いくつもの具をカラフルにトッピングする蕎麦なのだろうと思う。20年くらい前だが長崎旅行で卓袱の説明を読んだとき、京都の記憶の「しっぽく」とは音が同じで別の食べ物だと思っていたのだが、いま考えると同じとしか思えない。

 あのころデジカメもスマホもなくて、カメラは現像料金もけっこうかかったので「これ」と決めたときのみ撮影していたが、かえってそのほうが、人の記憶に残りやすいエピソードが多かったのかもしれない。もしあのころ「はい、お昼〜」と、蕎麦をただ撮影していたら、そしてそれをどこかで見ることができたら、わたしは「なんでこれを撮ったんだっけ」と、考えていたことだろう。

投稿者: mikimaru

2021年現在「バウムの書」、「お菓子屋さん応援サイトmikimarche」などのサイト運営に、力を入れています。 かつててのひら怪談というシリーズに参加していたアマチュア物書き、いちおう製菓衛生師の資格を持っています。 バウムクーヘン関連や、昔からの知人には、「ちぇり」もしくは 「ちぇり/mikimaru」を名乗っています。

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