1年以上になると思うが、暇があれば不動産のサイトを見て価格と間取りをチェックしている。宝くじに当たらないので実際の引っ越しはできないが、気分だけでも新生活を夢見ている。
先日のことだが、場所がよいのにそこそこ安い新築の家があった。東京23区でその間取り、そして駅からの距離を考えればもう500万〜700万くらいは高く価格設定されそうなものだろうと疑問に思っていた。よく歩く場所に近いので実際の建物も散歩がてら見にいってみたが、けっこうよい。宝くじが当たったらここだなと思いながらまた不動産サイトを見ていると、のちほどそこに借地権の家という注釈が追加された。
借地権。
そうなると、だんぜん話は違ってくる。仮に月に2万5千円を払うとして、木造でもだいたい30年近く使えるものであるから1年で30万円なら30年で900万円。自分にあるのは地上権だけなので事情により早く家を売ることになる際には、家屋の価値でしか判断されない。家屋はすぐ値下がりするし、値下がりを避けるためにこまめにメンテやリフォームをしたら足が出る。
さらにはその家屋の命が尽きるころ(つまり数十年後)まで住んだとして、買い手が付かないほど古いボロ家を売りに出すのか、更地にして返せと大家に言われて金がなくて困ることになるのか、そのあたりを考えるとややこしそうである(←詳細は借りるときの契約に記載されているはずとは思うが、関係者のほとんどが死没で話がこじれる可能性も、いちおう予想しておいて損はない)。
で、つくづく思うのだが、なぜこんなに面倒な「借地」というものがいまだにあるのだろう。借りる側には、気楽でいいという人もいるかもしれない。だが貸す側のほぼ全員には「いったん貸したら自分たちの自由にはならない(←家屋が建っていて人が住んでいるから)」というリスクは常にある。旧借地法と現在の借地法(1992年から施行)では、現在のもののほうが大家にやや自由度を高くしているらしいけれども、やはり「土地ごと売ったほうが楽」という話になるのではないかと思う。
上述の新築家屋の件でかなりショックだったためひさしぶりにこうして検索して借地法をおさらいしてみたが、貸したらいつ自分たちのものとして返ってくるか予定が立てられないという意味では、わたしはやはり「土地ごと売っちゃえばいいんじゃね?」という気持ちと、なぜいまだに売らずに貸す大家がいるのかの疑問が拭えずにいる。