以前に書いたが、すぐ近所の家が解体され、現在は更地になって再建築を待っている状態である。ところがわたしはこのタイミングで気づいてしまったことがある。「その家から聞こえてくると思っていた窓の開閉音がいまも聞こえる」のである。
東京の住宅が密集しているとはいえ、敷地が一部隣接していたお宅である。たとえば周囲のどの家は雨戸の開閉音、どの家はカーテンのみ…というざっくばらんな区別はあって、ときおり雨戸を開け閉めするが、普段ちょっとした用件で窓に触れるのはその(現在は解体されている)お宅だと、ずっと思っていた。だが、よく似た距離感、よく似た音が、いまも(回数は多くないが)聞こえてくるのである。
人や生き物なら「化けて出る」というのはあるのかもしれないが(←ないよ)、建物でそういうものは珍しいと、音が聞こえるたびにわたしは考えこんでしまうのだ。なくなったことに気づいていない家が窓の開閉音を立てつづけるというのは、なかなかにもののあはれを感じさせるものではないか、と。
実はその(現在は解体された)お宅の窓からはわが家が見えていたのか、こちらがベランダの洗濯物を確認しようとサッシに手をかけたり、あるいはただカーテンを開け閉めしようとしただけでも、ほぼ同じタイミングで、窓がガタガタと(開けているのか閉めているのかは不明だが)音を立てることがたびたびあった。偶然とは思えない一致のときには、気味が悪いと感じたこともあったのだ——。だがもしこちらの動きに反応していたのならば、1日の大半を費やしてこちらを見ていたことになるので、さすがにそれは偶然だろうと思うことにしていた。
家が1軒なくなったのだから音が響きやすくなり、その周辺のお宅からの窓の開閉音が、大きく聞こえてくるだけかもしれない。普通に考えればそうだろう。だがもし、わたしがいままで何年も「なぜこの家は」と思っていたことがすべて「実はほかの家でした」ということだったら、それはそれですごく勘違いをしていたことになるのだ。人の感覚など当てにならない。