東京に出てきてから数年間は高田馬場や早稲田の界隈に縁があり、そのあたりで学んで、遊んで——ようするに、生活の中心だった。最初の1年ほどはとくにアルバイトもせず、高円寺の小さなアパートと馬場を往復する日々だったため、高田馬場についてはとくに思い出が多い。
おそらく30年以上前だったと思うが、当時は早稲田駅の改札近くにあったミスタードーナツに、ひとりで入店したことがあった。そのときが初めてでも最後でもなかったはずだが、こんな思い出がある。
おそらく時間つぶしで、短時間のつもりだったのだと思う。ドーナツと飲み物を注文すると、わたしよりも少し若そうな(高校生または大学生くらいの)女性店員が「そのドーナツを買った人は、アイスが付くんです、とってきてください、うしろのケースですっ♪」と、わたしよりもうれしそうに言った。
だがすぐ出る予定だったし、別にアイスは食べたくなかったし、「いいです」と答えたところ、もうその店員の頭の中は「この人ったら、お金をとられると思っているんだ」になってしまったようで「タダなんです、キャンペーンなんです、すぐうしろですから、とってください♪」、「いや、だから、別にアイスは…」
押し問答になりそうになり、仕方なく取ってくると、店員は満足そうにレジを打った。
おそらく、アイスを要らない人がいるわけがない(ドーナツ屋に来て甘いものが嫌いな人がいるわけがない)ということだったのだろうが、それから数年おきにこのことが頭に蘇ってくるわたしのほうは、「あのとき、なんと言えば話が通じたのだろう」と、考えこんでしまう。
ちなみにそのときのアイスはサイズで言えばピノの個包装より少し大きい程度だったので、食べ終えることができた。
Googleで検索したが、現在は早稲田駅近くにミスドはなさそうだ。