子供のころ、国鉄の電車には匂いがあった。うまくいえない。いい香りではないが、電車とはそういう匂いがするものだと思っていたから、嫌いと思うほどでもなかった。とにかく何かが匂った。
子供のころは東武線に乗る方が多かったが、東武線ではその匂いはあまり感じなかった。もっとも東武線に乗るのは楽しい用事(東京の親戚の家に遊びに行くなど)が多かったし、気分が明るかったので気づかなかったのだろうか。国鉄に乗るのは県北(つまり寒い方向)への用事が多く、それに当時はほとんどがボックス席で、自分たち側が複数でないかぎりは知らない人と相席になって向かい合うなどということもときおりあったため、いつも緊張があった。
何だったのか。
当時は喫煙可の車両がほとんどで、長距離の場合ならば灰皿もついていたし、短距離だろうと勝手に吸って通路に吸い殻を放置する例もあったと思う(どういう世の中だったのか、すごい時代だった)。その匂い、機械油のような匂い、そしてボックス席が多かったことでの空気の流れの悪さなど、いろいろなものが染みつきやすかったのかもしれない。
わたしは東京に出てきて数年くらいまでは、田舎に帰るときに東武りょうもう号(当時は急行りょうもう号と呼んでいた——田舎までの途中停車駅は当時のほうが少なかったというのに)ではなく、準急を使って40分程度を余分にかけても安い運賃におさえていたが、その当時はもうすでに、匂いに関する記憶はほとんどない。りょうもう号に乗るようになってからも同じだ。
だが同じ時期でも、東京駅から逗子方向へ向かう横須賀線に乗ったときは、やはり「国鉄の匂い」を感じたような記憶があるので、なにかやはりボックス席を見ると条件反射的に頭にそれが浮かんでしまうのか、あるいはほんとうに匂いがあったのか——もはや確認できないのが残念である。
いまでもボックスタイプで運行している電車または列車が、どこかにあるのだろうか。ぜったい乗ってみたいというわけではないが、やや興味がある。
追伸:
4年前にも似たような話を書いていた。