楽しみにしていた外出が延期

 東京駅に行くのを楽しみにしていた。もう1年ほど都心に出ていない。東京駅に出かけたら、グランスタ、大丸、あるいは日本橋高島屋、さあどれに出かけようかと、今月の頭からずっと思い描いていた。

 だが、気温の落差で体が思うように動かない。
 午前の11時半くらいまでに決断ができれば予定通り出かけられたはずだが、急な寒さで足首が冷え、このまま出かけて大丈夫かと思ううちに、体温が普通に感じられたときには、すでに時間を過ぎていた。

 1時間後、予定通りに出かけた家族からは「グランスタがこんなに広くてきれい」と、写真が送られてきた。わたしも出かけたかったが、新型コロナの次の波が来るまでのあいだに、1回くらい出かけられると信じたい。

歯医者へ検診に

 近所の歯科医には年末年始に歯の詰め物を替えてもらいに出かけ、そのちょうど半年後にマウスピースを作るために出かけたが、その際に、3ヶ月後にまた検診にと言われたので、寄ってきた。

 虫歯がないかどうかのチェックと、歯の掃除で、国保3割の2510円。けっこうかかるんだな。
 次は4ヶ月後に、という話だった。

 歯医者に出かけると、当日と翌日に口の中もしくは舌が痛くなることがある。口を開けて慣れないことをしてもらうからか、あるいは歯の掃除をしてもらうことで口の中が微妙に「当たりやすく」なるのか。今日も、舌の周辺が痛い。

感情移入する対象がほぼゼロ、「葛城事件」

 わたしにしてはめずらしく、邦画を見た。Netflixにあったもので、2016年の「葛城事件」。主演は三浦友和。

 次男が何やらすごそうな事件を起こした家(詳細は最後のほうでわかる)で、罵倒の落書きを消している男から、作品がはじまる。次男は殺人を犯したのか、人殺しなどの言葉が大量に書かれている。

 そこに若い女性がやってきて、男の次男と獄中結婚をしたという。事件までは面識もなかったが、死刑廃止論者で、自分のような人間が愛することで相手が救われるという信念の持ち主らしい。愛情を感じているわけではなく理解をしたいというのが透けて見えるが、相手は自分の愛で変われると思っているところに矛盾がある。本人は気づいているのだろうか。

 その後、作品内の過去と現在が、交互に描かれる。

 男が何かにつけて次男より優秀だと周囲に自慢していた長男が、生活苦を誰にも言えずに苦しむ。比較でおとしめられてきた次男は、苛立ちを母親にぶつける。母親はまた、夫からも低く見られ、言葉や身体的な暴力を受けている。だが慣れすぎてしまったのか、感情を出すことがほとんどない。

 一家の父「葛城清」は、よいところがまったく見あたらず、醜悪である。演じている三浦友和という役者は70年代から見ているが、若いころは好青年を絵に描いたような役ばかりだった。その後は役の幅が広がってきているとは、まさかここまでやるとは。
 だが、よく考えると、三浦友和という役者がやるから驚くのであって、実生活にはこういう男性像は「あるある」である。描かれた悪い要素のすべてが揃っているかはともかくとして、世間の「あるある」な像を集約させると「実際にいてもおかしくない」になる。誰しも多少は記憶している日常生活や世間の暗い部分であり、わざわざ映画で見たくないような人物だ。

 この映画はいったい何が見所なのかと、パソコンの画面をじっと見ながら、考えていた。

 最後の最後、男はあることをやろうとしてできなかったので、それ以前にやっていた作業(モノを食う)に、もどる。ああ、これかと。
 この、愚鈍なまでの無神経さと、それでもなんとかなってきた(ごり押しで人生を歩んでこられた)時代がそろそろ終わりを告げることと、八方塞がりであっても、とりあえずやりかけたことだけはやるという、惰性と。

 強くはおすすめしないが、お時間がある方に。

 Amazon Primeでも配信がある(本日現在、400円) → https://amzn.to/3DBCq3X

 DVDは高いが、いちおうリンクしておく(Amazon)。

不動産物件をあれこれ見て

 以前から「これから人口が減っていくのに」とか、「景気よくないのに新築の住宅は供給過多では」とか、いろいろ思ってきたが、最近こまめに不動産情報を見ていて、広告掲載から数ヶ月すると「数百万円引きにする」中古の一戸建てやら、建築から数ヶ月以上も経てまだ入居者が決まっていないらしい物件が新築欄に載っているのを見て、複雑な気持ちだ。

 もともと値段を高めに設定していて下げている事例もあるかもしれないが、昨日などは1200万円引き(それほど豪邸ではない一戸建てなのでかなりの割引率)を見てしまい、これはおそらく売主の計画が大幅に狂ってきただろうなと、思わざるを得ない。

 以前と比較して、購入物件を終の棲家にすることは考えておらず10年くらい住んだら住み替えよう(売って別の場所に買おう)というのは、気楽には考えづらい世の中になってきている。楽に売れるとは限らないからだ。かといって、保証人やすぐ近所に住む家族の存在でもないかぎり、高齢になってからの賃貸住宅探しは条件が厳しい。やはりある程度の年齢以上なら、持ち家を目指すほうが面倒が少ない。

 将来の引っ越しを考えて新築物件と中古物件をそれぞれ見ているが、広さが同じなら値段の差は数百万円程度である。ほとんどが土地代なのだろう。そして古い家(といっても築30年前後)ではかろうじて間取りに個性が残るものもあるが、この10年くらいの建築や最近の建て売りを見ていると、同じ地域に同じような間取りと外観で建った家が多く、これならば資材調達や修繕管理の面でコストが下げられるのだろうと想像できる。つまりは、土地代なのだ。

 そして、その「土地」の価値は、かなり不安定である。
 いまにはじまった話ではないが、いつ下がるか、わからない。

 これほどあれこれ考えて、高い東京(23区内)に住居を求めるよりも、都下や近県に広めの物件を探すほうが現実的なのだろうが、人生の半分以上を同じような場所で暮らしてみると、もう遠くに引っ越すことは、できないのだ。やはり遠方へ引っ越すエネルギーというのは、若い世代こそ、発揮しやすいものなのだろう。

カレンダーの混乱

 今年の市販カレンダーは、オリンピック関連で祭日が移動になってもならなくてもいいように、微妙な日については、日付を別の薄い色で書いているものもある。わたしの近くにある猫カレンダーがそうだ。

 10月11日月曜日について、何回も「この点線みたいな日付はなんだ」、「祝日なのか、違うのか」と迷っていたら、Twitterで「今度の月曜日は平日です」と注意を喚起している人が何人か出てきた。ありがたいと思う反面、気づかない人は当日まで気づかないのではと、心配してしまう。

10月でもエアコン

 今月になってからも、まったくエアコンを使わない日というのは、ほとんどない。1日のちょっとした時間、あるいは数時間以上、エアコンを使ってしまう。とにかく暑い。日によっては蒸し暑い。

 さらに、去年くらいからの「上空に飛行機」のおかげで、午後や夕方に窓を開けているとなごやかな雰囲気をぶち壊されることが多々あるため、窓を開けるよりエアコンと考えてしまうというのも、あるのかもしれない。

 昨日の地震のあとは日付が変わってからも、そしてなぜか朝の5時台にも、報道ヘリと思われるものが上空を飛んでいた。神経が過敏になっているのかもしれないが、あの音は落ちつかない。

 羽田の飛行機とは関係なさそうな時間帯(夜遅めの時間)にも、低空で聞こえる航空機の音が増えてきていて、もしや新宿界隈で目撃されているという米軍がらみかとも邪推してしまう。もっともわたしは空を見たところで飛んでいるものの種類がわかるほど知識がないため、音の回数が増えたということしかわからないのだが。

 まだ季節や時間帯によって家の窓を開けておけるだけ、このご時世では贅沢な話ということになるのだろうか。

千葉震源の地震で、スマホが鳴りまくる

 夜22時41分ころ、千葉県震源にした地震があったのだが、AndroidとiPhoneの両方から、もともとインストールされていたアプリと、最近愛用しているNervとがそれぞれの警告音を鳴らした。

 地震そのものは長くなかったのだが、その後もスマホはお知らせを何度も表示させてくる。テレビでニュースを見ると東京は西部が震度5弱、東部が震度5強の表示。だがネットで地震情報の地図を拡大すると、23区のほとんどは震度4だということがわかった。

 地震の直後から近所のスピーカーから流れてきた区のお知らせ放送も、10分以上つづいた。
 そしてヘリコプターの音。かなり低空で、何回もやってきた。テレビでは目黒区で水道管の破裂を流していたが、幸いなことに中野杉並界隈ではあまり被害もなさそうだ。

 今回は被害がほとんどなかったが(家の中でモノが落ちた程度)、テレビやラジオで情報収集をするようにという区のお知らせ放送は、なかなかよかったのではないだろうか。

世の中にはいろいろ「悲劇」があるが

 今日「ルンバの悲劇」という言葉を目にして、検索してみた。ルンバとは、家の掃除ロボットの商標だ。

 すると2019年ころの外国の例がヒットした。ルンバで掃除中の部屋と、ペットがいる部屋をドアで仕切っておかないと、粗相したものをゴミと見なしてルンバが床に塗りまくるのだそうだ。
 だが、ドアを閉めていてもペットによっては自由に開けられる場合もあるので(ドアノブに前足が届く犬など)、なかなか根本的な対策にならない場合もあるのだとか。

 今年になってからの話題では、ルンバのほうがゴミと犬の糞を見分けられるようになったという新機能のお知らせもあるようだが、一般的に、人が新商品に買い替えるまで何年もかかるものなので、しばらく「ルンバの悲劇」に注意かもしれない。

声をあげる勇気

 買い物に出ようと近所を歩いていたら、犬を連れた男性が何らかのゴミを団地の花壇に隠そうとしていたところに遭遇してしまったようだ。近くにいた女性がわざわざその人物に近づいて「ゴミを捨てる場所ではありません、持ち帰ってください」と声をかけていた。

 わたしたちはそのときになって初めて「ちょっと挙動が怪しいといえば怪しかったが、あれは花壇にゴミを入れていたのか」と気づいた次第だ。まだ明るい時間帯で人通りもあったとはいえ、その女性が毅然とした声を出せたことに、わたしとしては驚きがあった。今のご時世、どんなことで逆恨みされるかわからないのだ。

 言われた男性のほうは、何やらとんちんかんなことを言いかけたが(これはですね〜とか、聞いていて意味不明な内容)、そんなことにはごまかされずに、女性はくり返し「ゴミを捨てるところではないんです、持ち帰ってください」と。そうこうするうちに周辺に人がさらに通りかかった。わたしたちはそこで去ったが、大きなトラブルにはならなかったと信じたい。

 男性は犬連れであったから、アルバイトで犬の散歩をしている人物でないかぎりは、これからもそこを日常的に通るはずだ。そういう人だからこそゴミ捨てを許せないと、女性は声をかけたのだろう。

 わたしも、できるだけ、見て見ぬふりをしてはいけないと思うが、実行できるかどうかは自信がない。

自家製パン酵母の話

 このブログ(現在のmikimarulog.me)を開始したころ、ネット上に毎日たくさんのことを書き散らかしていた。元気がありあまっていた。
 そうこうするうちにブログを複数にわけなければならなくなった。食べ物、書評、健康問題、介護問題、その他あれこれである。
 分割しなければ、ひとつのブログに1日複数回、同じ場所にあれもこれも書かねばならなかった。書く文体も読む客層も違うのだから書く場所がひとつというのはさすがに無理があるだろうとの思いから、一部を外部に出した。

 だが2021年となり、毎日書いているのはこのブログだけになった。外部に出したブログたちは月に1〜2回書けばいいほうだ。それならば、せめてパン酵母の話題くらいはこちらのmikimarulogにもどしてもいいのかなと、今日はこちらに書いてみる。

 さて、自家製酵母の話をする前に、まずは「イースト」について。イーストというのは酵母の英語だ。つまり同じものである。イーストというと市販の粉末パン酵母(いわゆる「ドライイースト」)を意味して、自家製酵母というと無添加の手作り感あるもの……というのは、正しくない。だがそれがけっこう、広まってしまっている。

自家製酵母(フルーツ)
自家製酵母の準備。清潔な容器に、必要に応じて切れ目をたくさん入れた果物などを入れて水を注ぎ、数日以上待つ。

 わたしが自宅で作るパン酵母にわざわざ「自家製」と付けるのは、通例として「天然酵母という表現はなんとなくホシノ酵母を想起させる」ため、混乱をを防ぐ意味合いだ。自然酵母という呼び方をする人もいるが、天然も自然も区別していない人もいらっしゃる。わたしは「自家製」で通している。

 市販の粉末酵母(いわゆる「ドライイースト」)は添加物がはいっているとか、体によくないという考えをお持ちの方も、なかにはいらっしゃるようだ。だが実際には、誤解がある。
 添加物というものは、食品用に認められたものを定められた用法で使うことで目的を果たす(パンが焼ける)よう、設計されているものである。また、添加物という言葉自体への抵抗感もあるかと思うが、「食品に使ってよいと定められた、食品そのものではない何か」は、添加物と呼ぶしかない(そう扱うことが法的に定められている)ものなのだ。語感の問題や印象よりも、もう一歩先のところにまで目を向けていただければ、誤解が軽減されるのではないだろうか。

 パン作りそのものに慣れないうちから不確かな知識で自家製酵母に挑戦し、かえって衛生的な懸念が生じるかもしれないならば、まずは市販の粉末酵母でパン焼きに慣れ、楽しんでいただいたほうがよいかと思う。

 さて、いちおうmikimaruのパン歴を書いておくが、2003年ころにパン焼き器を買った。そのころはドライイーストだった。
 翌年くらいに製菓製パンの通信教育(日本菓子専門学校)を2年の予定で受講開始。そのころも、興味はあったものの自家製酵母には手を出しておらず、市販酵母の各種を試す程度だったのではないだろうか。
 2007年、製菓衛生師の資格を取得。
 自家製酵母だけでパンを焼くようになってからはまだ10年くらいで、それまでの数年間は市販酵母と自家製酵母を交互または混ぜたりしてパンを焼いていたと思う。

 前置きが長くなったが、自家製酵母mikimaru風。

■ 酵母液がとれるまで

○ 清潔な容器を用意。もしリンゴならば切れ目をたくさん入れ、それ以外の果物でも大きいものは切れ目を入れて、きれいな水と一緒に入れる。アルカリイオン水を使うと発酵しないので、水道水か、市販の水で。

(別に密封容器である必要はないが、1日1回~2回は横から揺するように軽く振るとよいので、内容物よりも大きめの容器がよい。わたしは「セラーメイト チャーミークリア」を使うことが多い。)
 下記のチャーミークリアの画像は楽天から。

○ 2〜3日すると水面に泡が出てきて、プチプチと大きな音も出る。(気温が低い時期は日数が長くかかる)
 軽く横に揺すったときに泡が増え、中味の果物がすべて浮いてきていたら、かなり発酵している。

○ さらに1〜2日すると、音が小さくなってきて、軽く揺すっても泡はとくに大きくならず、瓶の下に沈殿物が増えている。これで完成。
○ 別の瓶に、布を当てた漏斗などを使って、液を移す。これが酵母液である。元の瓶にあった沈殿物 (澱/おり) は入れない。

(上級者向け: このとき、まだその果物が硬さを残していて、発酵しそうな余地がある場合は、別の瓶にレーズンときれいな水を入れてこの果物をもどし、さらに追加発酵することもできる)

■ 液ができたら

○ パン種を作る。
 上記の酵母液に水を足し、少し小麦粉を入れる。
 目安として酵母150ccくらいに水を入れ、小麦粉を少し入れてはかき混ぜる。数時間~半日に1回くらいずつまた足して、どろどろに発酵してくるまで、1~3日くらい待つ。

 酵母液に水を足す割合は、酵母に使ったものがレモンなどの場合は多め(酵母液40:水60くらい)、レーズンやリンゴなどの場合は、酵母液60:水40くらい。レモンや柑橘がはいっている場合は、薄めるほうがいい。理由はよくわからないが、濃いとパン種がなかなかできない。

○ 気温が低かったり、作ってから日数が経ってからの酵母液の場合は、3日くらいかかることもあるが、気温が高かったり、作った直後の液であれば、1日でどろどろに発酵する。

 この「どろどろに発酵」の目安は、起泡がはいって、量が増えて見えること。また、発酵が進んできた場合は、かき混ぜる器具にその種があまりくっつかない。スプーン等ですくって持ち上げ、下に落とすと、器具にあまりべたべた残らないのが、発酵している目安。
 見た目としては、市販品名で恐縮だが「フルーチェ」が膨らんだような「ぷるっ」とした状態。

自家製酵母(パン種)

 それから、途中で匂いが「美味しくなさそう」なもの、「つんとくる」ものに変化しそうな兆しが見えたら、小麦粉だけでなく少量の水または酵母液を入れて、混ぜる。最終的には「やや甘い」ような香りが、よい状態。

○ こうしてできたパン種のうち、150g~200gくらいを1回分として、パンに使う。
例: パン種150g / 小麦粉 200g / 塩 4g / 砂糖 10g / スキムミルク 10g / 水(一部を牛乳にしても可) 110g / 食塩不使用バター 10g

 ちなみにこれは国産強力粉を目安にした水分なので、外国産小麦の場合は水を15g~20gくらい足すとよいかと思う。

 液種を小麦に合わせて作ったパン種は、1〜2日くらいで使いきったほうが新鮮かつ無難。
 酵母液は、10日以内くらいで使うのが無難。使い切るのが遅れれば、その分だけパン種の発酵に時間がかかるようになる。フルーツから酵母液をいつでも採れるにしておけるのが理想ではあるが、タイミングが難しい。これもパン作りの難しさであり楽しさだ。

参考リンク:
目黒区で、自宅でパン屋さん「ワルン・ロティ」を運営されている大和田聡子(おおわだとしこ)さんの本。
2004年のこの本で、mikimaruは一気に自家製酵母に開眼。