もし実際にX(旧Twitter)が有料になったら

 数日前にイーロン・マスク氏の会談内容が動画で出まわり、偽情報拡散などの対策として少額でも有料化が役立つとの同市の見解がニュースを賑わせたようだ。( → Yahoo! ニュース (TBS) 2023.09.19 旧ツイッター“X”有料化へ マスク氏が発言 「少額の月額制」

 あちこちでアカウントを作成して脱Twitterを考えてきたわたしだが、Blueskyが「動画はリンクのみ許可」であることを思うと、完全にBlueskyに一本化というわけにもいかない。かといって動画に強いといっても癖のあるInstagramや、何をしたらいいのかよくわからないThreadsというのも、あまり候補としては強くない。
 マストドンもやっているが、これだけを簡単におすすめできるものでもない。もし自分が登録したインスタンスがほかのインスタンスと仲が悪くなり相互にリンクをしなくなるなどの事情が生じれば、自分が大きな世界につながっているつもりで実は一部地域限定だったという話にもなりかねず。わたしはVivaldiに登録しているのでいちおう世界に広くつながっているはずとは思う。インスタンス選びは最初が肝心かもしれない。

 ともあれ、現状を見ているかぎり、わたしは現在のあのサービスが有料になったら、1円たりとも払いたくない。それだけは断言できる。

ネットよりも、紙資料が勝る場合とは

 これは何年か前に経験したのだが、いくつかの用語を調べたいと思ったとき、ネットは使い物にならなかった。だが紙のメディアで古いものをじっくり見てまわるには、図書館などで何時間も(そして複数回)かけて調べ物が必要になるため、あきらめてしまった。

 たとえば、不適切や差別的と考えられる言葉。時代や場所によっては不適切とされるものの、そうでない場面や時代も存在していると考えられる場合だ。それらが現在でも悪意のニュアンスなく普通に使われている場所はあるのか、あるいは時代なのかといった問題を調べようとしても、検索エンジンが言葉を無難なものに置き換えてしまう。

 そうした経験にからめて記憶している用語では、「部落」があった。これは別に同和問題や差別と関係なく使われている場所も存在するが、わたしが10年くらい前にある日本語変換システムで「部落」や「白痴」を入力したかったとき、変換してくれなかったことがあったのだ。変換をさせてくれないので自分で文字を指定して覚えさせねばならず、なんたることかと憤慨した。(その後に怒りが静まったので、おそらくその会社は変換できるようにしたのではないかと思う。現在はそのバージョンが販売されていないので不明である)
 これに関しては、会話の用例ではなく人に読ませるための文字が掲載されやすいネットの特質として、地域で使う「部落」の用例はあまり上には出てこない。ほとんどが部落差別などの部落が上に出てくる。

 また、「外人」または「ガイジン」の事例もあった。

 これはわたしが幼いころの日常生活に限定するが、外国人をたまにしか見ない海なし県の育ちとしては、西洋系(白人系)の人々を意味する表現としての使われ方が多めだったと記憶している。それらの外国人を揶揄する表現としても使われていたことも、覚えている。
 西洋系以外の人たちには、人は適当に類推する国名を当てはめていたと思う。たとえばターバンを巻いた人のイメージはインド人、日本人に見た目が似ているが日本語を話さない人は中国人または朝鮮人(←朝鮮人に関しては幼少時にはそれが朝鮮人を指す差別語だと知らなかった表現が幅広く流通していて、現在では死語である)、そして色が黒い人は黒人である。

 だが80年代〜90年代のころ、日本に住んでいる外国人らが「ガイジン」という表現に大きな不快感を持っていることを知った。わたしは外国語や観光業について学ぶ立場でもあったので、外国人と接する立場の人たちからそう聞いた以上は、外国人という表現を徹底しようと考えていた。わたしの頭の中からは、その段階で「ガイジン」がすっかり消えてなくなった。

 世の中全員がわたしのように観光業の現場からそう聞いたわけではないので、その後も地域や年代によっては、使う側に悪気がないままの「ガイジン」が残っていたように思う。ただ、東京に住んで、会話する知り合いも少ないと(メールなど文字のやりとりが多いと)会話に出やすいそうした言葉は、ほとんど聞こえてこなかった。

 つい数年前だが、わたしが知っていたガイジンのニュアンスが変わってきているかもしれない事例を知った。

 言葉をポジティブなものに変えていこうという考えなのかもしれないが、在日の外国人らが(西洋系以外も含めて)自分たちをガイジンという言葉で表現し、そしてその内容がわりと明るいこともあった。もしかするとガイジンを外国人の省略形としてのみ認識している新しい世代もいるのかもしれない(昔は嫌な使われ方があったというのを知らない世代が出てきた可能性があるのかも)と検索しようとしたところ、検索ではすべて、ガイジンは外国人と書いた事例に飛ばされてしまった。

 大手検索エンジンの中の人たちが、これは不適切というマークを付けてしまえば、それ以降はもう、実際にその単語を違う意味で使っている人がいようといまいと、検索されなくなってしまう可能性が高いのだ。けっこう怖い話だ。

 怖いといえばこれもだが、あまりにも「不適切な単語」を検索しつづけていると、将来に個々人の検索履歴から反社会的な言動を見ようとする動きが発生した場合、わたしが「好ましからざる人物」に認定されてしまう可能性もある。でないものはあきらめて追いかけない方が無難かもと、気持ちが後ろ向きになる。

 いっぽう図書館などにある紙の資料または紙から起こした保存データは、改竄が難しい。紙資料が勝ると思うのはそんなときだ。
 時代による価値観や倫理観の変化があっても、おそらく「使用されている表現は古いので配慮を賜りたい」といった注意書きが出る程度で、閲覧はできることだろう。現在では驚くような表現や概念がたくさん見られるかと思う。

 時間が許せば、図書館で昔の普通の新聞を、ただ読むだけでもかなり発見があるように思っている。

イトーヨーカドーネットスーパー、商品激減

 店舗からではなくセンター出荷に切り替わった直後だから商品が少ないのかとも考えたが、地名はわからないものの早めにセンターに切り替わった地域の方が、ネットの口コミで「商品が減った」と書いていた。つまり、切り替わった直後だからではないのだ。おそらく今後はずっとこうなのだろう。

 困っていることは、弁当はかろうじてあるのだが、おにぎり、いなり寿司、揚げ物など、ちょっとしたものがなくなったのだ。いままであって当たり前で、しかも揚げ物は高評価だったというのに、すべてなくなってしまった。代わりに冷凍のおにぎりや、各種の食品で常温や冷凍で保存しておけるものは増えたが、それは別にネットスーパーでなくても、どこかのスーパーに出かけたときにまとめ買いして持ち帰ることができる。

 1週間に1回、自分で買いに行かなくても弁当またはおにぎりと揚げ物などが気軽に取り寄せられるというのは魅力だった。現在のところ揚げ物の欄は(名前だけ揚げ物も含むように書いてあるものの)セブンプレミアムの自分で加熱する春巻きなどが数品のみ並ぶ。

 早めに注文して直前に変更せずにいれば送料220円だったところが、事前でも直前でも、いつでも330円になった。たかが110円と笑ってはいけない。これも積もればばかにならない。

 仕方ないので、今後はイトーヨーカドーを週に1回取るのはやめて、数回に1回にしようと思う。これまでたまにしか利用していなかった東急や西友もあるので、惣菜系は東急、ちょっとした買い置きは西友、そして数回に1回はイトーヨーカドーという役割分担を考えている。

 いままでがよかっただけに、残念すぎる。数ヶ月前に商品検索が見づらくなったこと、専用アプリが新しくなったことで、多少の不満があったのだが、今回は商品の取り扱いが激減したということで、距離を置くことにした。

 なお、配達の人たちも、以前は店舗が契約していたであろう、イトーヨーカドーの看板をしょっているかのような気持ちよい人たちばかりだったが、最近は「配達を頼まれた人たち」という印象が強い。配達担当業者としてはぎりぎり及第点かもしれないが、いままでとはまったく雰囲気が違う。

Netflix「御手洗家、炎上する」

 13年前に生家が燃え、母がその咎を負い離婚した。母と暮らしていた姉妹だが、母は心的なストレスから記憶がとんでしまい入院。姉は母から習った家事全般のスキルを武器に、偽名で立場を隠して生家に近づき真相を探るという全8話のドラマ。

 重要キャラクタであり、主人公の杏子(あんず)を演じた永野芽郁とダブル主演で疑惑の女性を演じたのが鈴木京香。実力派女優の演技が光る。この作品のあとは病気療養中とのことで、現在は事務所の人がInstagramで近況を書いているらしい。早く回復して、また演技を見せていただきたい。

 それにしても、最初から最後まで見事なダメ男を演じたのが父親役の及川光博。あれほどの人間の役を引き受けたのは役者として尊敬するが、人物像がダメダメすぎる。すべてが解明されたのち、最後にすさまじくバチが当たるのかと思ったら、しばらくは経済的にたいへんそうだろうなぁという程度で終わった。実に残念である。

 だいたい、13年前に離婚したあとで、元妻や実子にまったく会わない、どうしているかも自分からは調べないなどという人間が、いるのだろうか。自分の生活が楽であること(難しい判断や人間関係は誰かがなんとかしてくれる)だけを願ってきた、身勝手な人間なのだから、もう少し説教される場面だけでも増やしてほしかった。

ロシア語をどうにかしたい

 ウクライナ語とロシア語、そして多くのスラブ系言語、いくつかのそれ以外の言語をDuolingoで1年半にわたってやってきた結果、文字がかなりの割合で似ているため、ウクライナ語の文字とその発音が定着してくるにつれ、ロシア語の読み方が真面目にわからなくなってしまった。

 これは、そう、いまだに中国語を見て「なんとなく意味がわかるが発音ができない」のと同じようなものである。ロシア語もじーっと見ていると「ウクライナ語のあの単語と同じだろうな」と、意味はなんとなくわかるのだが、発音が違う。そのためDuolingoでも確実に点が取れるウクライナ語読み上げを優先しているうち、ますますロシア語が分からなくなった。

 だがロシア語のほうがDuolingo上における問題数も掲載されている語彙も多く、世界的に話者も多く、まじめに学んだら底知れぬ深さがあるはずである。ここでくじけてしまってはもったいない。

 そこで、Duolingo上で短時間の高得点が狙えなくても、しばらくのあいだロシア語の聞き取りと過去の問題の復習を増やすことにした。そして耳と目が慣れてきたら発音も増やしていきたい。

 同じ理由で、中国語もなんとかしたい。この単語とこの単語をこういう風に並べていけばこういう意味になるのだろうというパズルはなんとか解けるのだが、耳と口はまったく慣れていない。世界的な話者の数を思えば、もっときちんと理解できるようにしておくべきと思う。

「大丈夫」ではない場面を目撃

 近隣のJR駅近くで買い物。地階にあるスーパーから地上にエスカレーターでのぼっていた高齢女性が、なんと後ろ向きに倒れた。

 つまり、エスカレーターは上に向いているので、女性は頭を下にして投げ出されるように倒れたということだ。

 あわてて下から男性が駆けより、体を支えようとしたが、その女性が(どう考えても一大事なのだが)、おろおろした声で「大丈夫です」と。いや、とっさにそう言ってしまう人を何人も知っているが、まったく大丈夫ではない。数秒遅れて近くにいた係員がエスカレーターにのぼろうとしたが、状況を冷静に判断できた別の客が係員に「エスカレーターを止められるのでは」と声をかけ、思い直した係員がのぼりかけたエスカレーターから降りてスイッチを探し、ストップさせることができた。

 ほっとした。

 斜めうしろから見ていたので正確な状況把握ではないかもしれないが、高齢女性は背中に大きめのリュックをしょっていた。バランスを崩したのもそれが原因かもしれないが、同時にそのリュックがクッションになって頭を直接エスカレーターにぶつけずに済んだのではないだろうかと、途中までしか見ていないがそうであってほしいと願っている。

 それにしても、あれほどたいへんなときにでもつい口から出てしまう「大丈夫です」は、聞いていてつらい。その女性だけでなく何回もいろいろ見てきているが、ちょっとしたことで騒いではいけないという雰囲気の中で暮らしてきているような思いになる。助けてもらったら、もっと自然に「ありがとうございます」と言えるようになりたい。

最近のスパムメール

 Amazonで使っていないメールアドレスに「ご注文の商品を発送しました」とか、「ご注文の商品は誰かがあなたのふりをした疑いがあるので、現在のところ止めています」といった内容のものがよく来るようになった。もちろん速攻で捨てればいいのだが(そのメールアドレスにAmazonの用件で連絡は来ないとわかっているため)、捨てる際にちらりと中が見えてしまうことがあり…

 そのとき出ている宛先の氏名や住所が、ほんとうに存在しそうなものに見えてしまう。おそらく適当に作っているのだろうが、ときおり「もし実在するならば、自分もやられている可能性がある」と、疑心暗鬼になりかける。

 これがもし自分のよく知っている地名で、高円寺の西○丁目と書いてあれば、高円寺には北と南しか丁目がないので嘘だとわかるのだが、神奈川県あたりだと「こういう地名あるのかも」と、検索しそうになり「無駄無駄、ぜったいやめたほうがいい」と、多いとどまる。

 スパムメールの発信元としてメールアドレスを使われてしまうことは誰しもあるリスクだが(つまり通常の郵便で差出人を実在する赤の他人にするのと同じ程度に起こりうること)、商品の送り先や注文に関係ある相手の名前として自分とよく似たデータを使われたら、信じた人から問い合わせを受けてしまうこともあるかもしれず、なかなか笑っていられない話である。

 実際に、空き家の住所を貸別荘として登録し、実在する貸別荘の画像を無断利用してカネを稼いだ大馬鹿者がいると、昨日ニュースで読んだ。そんな悪知恵を思いつくなら、世間を助ける方向で使ってもらいたい。
 テレ朝のニュース → 2023.09.14 予約した豪華ホテル…行ったら空き家「だまされた」 写真など無断盗用…オーナー怒り

暦の上では秋だが

 午前に、屋内だというのに体調がいまひとつで、これはもしや熱中症になりかけているのではと、1〜2時間ほどのんびり過ごした。午後に外出の用事があり、かなり日差しも強かったので覚悟をしていたところ、家族の提案でわたしは用事の最短距離を歩いたら帰宅するのはどうかという話になった。

 申し訳ないと思いつつも、そうするつもりで歩いていると、やはりちょっとした罪悪感が。家族の行く場所と帰宅ルートはわかっていたので、自分の用事のあとに後半から合流した。暑かったが自販機で麦茶を購入してしのいだ。間違えてサントリーを買ってしまった(←現在のところ不買運動中)。もしかしたら自販機すべてがサントリー商品だった可能性もあり、熱中症防止の緊急事態だったことを思えば仕方ない。

 無事に合流し、帰宅すると、発汗や疲れでやはり少しだけ体調が。とくに皮膚の表面や、ちょっとしたところがピリピリする。

 そういえば数日前だが、すぐ近所の路上に救急車が来ていて、隊員が高齢女性と話をしていた。もしや熱中症で、誰かが心配して呼んだのかもしれないが、本人はゆっくりとだが会話ができていたようだ。(熱中症だろうというのはわたしの勝手な推測だが、外傷はなさそうで、体も上半身を起こして座っていた状態だった)

 暦の上での秋は8月8日移行だそうだが、体感としては9月いっぱいが夏である。用心に越したことはない。

 

ウクライナ語の数字、発音の謎

 Duolingoで急いでいるときに点を稼げるのは発音問題だと以前に書いたが、困っていることがある。Duolingoは「読んだときだいたい合っているならその部分に色を付けてくれる」のだが、数字に関してはまったく色を付けてくれない。

 色が付かないと何秒か余計に時間がかかるので、次の問題に行けるところがそこで止まる。運がよければ自分で確定のボタンを押すことで次に行けるのだが、数字で色が付いていないものが多すぎると、確定のクリックを押しても数秒かかってしまうことがある。

 たとえば「20個のりんごがあって5個食べました」という例文を読み上げるとき、20と5以外に色が付く。また、「金曜日は5番目の曜日です」という文章があったとして ( П’ятниця – п’ятий день тижня. ) その金曜日には5番目の意味が含まれているわけだが、その金曜日としては発音で色が付くのだ。前半は同じ5なのに? これはDuolingoの設定ミス?

 ほかにいくらでも難しい発音の単語はあるのに、それでも数字については色をまったく付けてくれない。これまで何十日も発音問題をやってきて、数字で色が付いたのは1回程度。何千回で1回である。わざと色を付けないようにしているのだろうか。DiscordにDuolingoのサーバがあって、質問も受け付けるのだが、まだ一度も書いたことがない。書いてみようか。

 舌を噛みそうなほど長い単語でも、おそらく微妙に間違っているときでも色を付けてくれるのに、数字の1~20程度のものが文章の途中に出てきて、数字部部分だけ色が付かずに残るなどということが、あるのだろうか。不思議である。

 ウクライナ語の数字は、こちらのサイトで発音が確認できる( → pinok.com: ウクライナ語の数字)が、カタカナ読みでもできそうなほど簡単に聞こえるのだが、みなさんはいかがだろうか。

漢字を言葉で説明する話

 ある人物の名前を漢字で書くとどういうものであるかを、話していた。家の中だったので、おたがいに(出す気ならば紙とペンくらいはあったのだが面倒で)口頭である。

 その人物の名前には「ツネ」がはいる。そのツネの字の話だ。

「こうじょうてきに、の、こうの字だね」
「こうせいとか、わくせいとかいうときの、こうせいのこう」

 おわかりだろうか。正解は「恒」であるし、上の会話でもおたがいに同じことを言ってるのだが、おたがいの頭のなかにはたくさんの漢字候補が飛び交う。そしてどちらにもわかる漢字として、極めつけが出た。

「福田恆存(ふくだつねあり)のツネだね」
「そうそう」

 実際には福田恆存は旧字体なのだが、わたしたちの世代が文庫本でお世話になっていたころは、略字体がけっこう使われていた。
 こういうのが通じるとき「同じような環境で、同年代であるということ」が、どれほど気楽かがわかっておもしろい。