台風が連続でやってきて

 少しの間隔で台風がつづいたせいか、どうやら今日は低気圧の影響を受けたらしく、動くのがつらかった。

 昼から「首が痛い」、「少し頭痛もあるか」と感じていたが、雨が弱い合間を縫って散歩に行けたらおそらく気分転換で治るだろうと期待していたところ、雨は大粒になり、首や肩の重さはおんぶお化けでも乗っているかのよう。首に湿布、額に冷却剤、バファリンを服用して様子を見ていたが、ついに夕方の4時近くになって雨が激しい雷雨になったころ、めまいまで起こしそうになった。

 仕方なく外出をあきらめて横になっているうちに、薬が効いたのか楽になった。

 今回の連続した台風では交通機関や住宅への被害もあった人が多いだろうが、わたしのように普段はあまり低気圧と頭痛の関係を意識していない人間でさえこれほどの影響を受けたので、普段から低気圧の予想におびえている方々は、さぞかしご苦労があったのではと考える。

ワクチンの夢を見た

 ねんのために書いておくが、わたしはよく悪夢を見る。とくに昼間に疲れて目を閉じたときの夢がすごい。今日も配達の予定が2件あったのでできるだけ目を開けていようとしたものの、座椅子でうとうとしていたところ予定外の「エホバの証人」までやってきて、短時間に3回もチャイムが鳴った。

 さて、ワクチンの夢である。

 実は先日「まだ60歳以下だが、そのうち接種推奨年齢が低くなって、呼ばれるのだろうか」と考えていた。
 わたしは副反応が強めに出る。実際に新型コロナにも罹患したことがあるが、ワクチン接種の3回とも、副反応は実際の罹患と近い程度に不快だった。発熱と平熱が交互にやってきて調節ができず、突然に起き上がれないほど体がつらくなることもあり、二日ほどは不安で予定が何も入れられない。3回目のとき「もう、4回目はやりたくない」と、かなりまじめに考えた。

 気が乗らないと思っているうちに、60歳以下でも4回目の話が出てくるかもなぁと、そんなことを考えていたところだが、それが夢に出た。

 わたしは現実社会での医療関係者や、認可を受けた製薬会社の製品を信頼しているし、それぞれが高い職業意識で従事してくれていることを疑ってはないのだが、以下は夢である。

 接種会場を探していたわたしが迷いこんだのは、まるで普通の事務所のような雑然とした場所、なぜか勧められたハーブティには小さななにかが浮いていて(上澄みをうっかり飲んでしまったが底の方はさらにすごいものがはいっていた)、説明を求めたところ医師らしい男性が「最新式のワクチンですから、事前にそれを飲んでいる人のほうが効き目は抜群なのでお茶をだしました。おそらく詳細を説明してもわからないくらいの技術なんですが——あ、そうそう、接種から4〜5日は、蛇口からしたたり落ちる水がドロンとした液体に見えたり異物に見えたり、とにかく精神的におかしいことがありますが、気にしないでください」

 ——気にするよ、それ。

 とにかくこんなヤバい人の前からは消えなければいけないのだが、どうやって逃げようかと身構えていたら、玄関のチャイムが鳴った。それが佐川急便だったのかエホバの証人だったのかは忘れたが、とにかく起きることができた。

 ほっとした。だが、同時に感じた。

 ワクチンが怖いと思っている人(副反応がどうのという具体的な意味ではなく、なんだか得体が知れなくて怖いと感じている人)は、もしやこれくらい、怖いのではと。わけがわからず、納得ができず、それでもせかされるのが怖いのではと。

 そういう人たちが、陰謀論の話をする人たちに耳を傾けてしまうのか、あるいはせかされながらも自分の考えをまとめられるのかは、微妙なきっかけで左右されていくことかもしれないが、それにしてもこの「不安」は、社会全体として緩和の努力をしたほうがいいだろうと、自分の夢で考えさせられた。

季節性の不安症もあるらしい

 この半月くらい、もう普通に寝るのをあきらめてしまった。夜中にようやく「あ、眠れるかも」と思った瞬間、なにか妙な夢を見る。するともう明るくなる時間まで眠れない。朝になって、ゴミを出したり用事を少しこなすうち、1〜2時間くらい座椅子で寝る。そんな細切れ睡眠がほとんどだ。

 いまにはじまった話ではないと思い、このブログで「眠れない」と検索してみたら、2016年の8月18日が引っかかった。

眠れない

 わたしは冬も眠れないことがあるが、そちらはけっきょく、眠りにつくまでに時間がかかってもいつかは寝てしまう。寒いために体を縮めているうちに、そうするしかなくなるからだ。だが夏は違う。思いっきり開き直って「眠れないんだから仕方ないじゃないか」と、ときには体を起こす。

 いったん眠って目が覚めてしまうことも、暗い部屋のなかでまったく眠れずに、あれこれ考えて明け方まで数時間を過ごすことも、どちらもある。そして「もしや自分は夏だけの鬱ということはないだろうか」と、真面目に考えてしまう。
 明るいことがとくに思い浮かばず、明日になったらこれをしようあれをしようという楽しみもなく、毎日が同じで、なにか「これをやってみよう」と思いつく日もあるが、その半日後には「どうせ何をやっても短期間で飽きてしまうんだろう」と、自分の考えをけなしてしまう。

 もともとこの傾向はあったのだが、新型コロナのこともあって、2年以上も楽しみがない。なにかやりたいことがあって我慢したというストレスではなく、通常の「何をやってもいいんだ、自分の気の向くままやってみよう」という気持ちの自由が2年以上も損なわれて、明るい方向に浮上できなくなってしまっている。

 新型コロナのせいにしてはいけない。生活や将来に不安を感じる物価高やら円安やら、いろいろな状況があるのは事実だが、それはわたしにだけ降りかかっている問題ではない。

 でも何やら、気分転換のタイミングもないまま過ごした2年を経て、今回の夏はほんとうに暗くなりそうである。気分転換をしてみようという気持ちに自分を持っていくことに、抵抗を感じている。

夏バテには、蓄積と予兆がある

 雨の影響か、めずらしく気温が下がり(そうは言っても30℃前後はあったと思うが)、たまにはエアコンを切ってみようかと思うようなまさかのタイミングで、夏バテをしてしまったようだ。

 思えば数日前から夢見が最悪だった。
 ひとつは、とても札幌駅とは思えないが札幌として連れていかれた駅で「東京方向に行く電車を乗り継いで帰ってください」と放り出された。そしてホームで不審な人からはんぺんのように見える薄くて四角いもの10枚とナイフのようなものを(東京に持って行けと)押しつけられそうになり、それを拒否して、停まっていた車両に飛び乗ってしまった夢。ほかにも、どこかに交通機関で出かけるのだがうまく目的地に行けないとか、誰か危険人物と間違われてマークされそうになるとか、そんな夢ばかりだった。

 そして5日の未明、イエデンに2回の着信。施設にいる義母のことだった。
 体調不良の説明だった。このご時世は思いがけない急変があっても夜間に救急車はまず呼べないので(受けいれてもらえない)これこれこんな状況ですが、ひとまず様子を見ていますという報告。施設の方々には頭が下がる。だが、逆にもし急に搬送先が見つかったらこちらは駆けつけなければいけないので(病院というのは家族が説明を受けて書類にサインをするものだと思うためで)、覚悟を決めて眠らない状態で横になっていると、ついに朝になった。

 その段階で、さすがに少し寝ようと考えた。昼間ならば施設のスタッフも増えるし、従来のかかりつけ医さんと連絡も取れることだろう。さて、寝るか——と。
 ところが、この数日来の夢見の悪さと疲れが一緒になって、ひさびさに金縛り。両手首を手首のようなもので掴まれたのでそれを押さえつけながら「誰かにこれを見せなければ」と大声でわめくという、リアルな夢だ。(両手首を掴まれているのにどうやって自分の手首についた手首っぽいものを押さえつけたのかはまったくもってわからないが、夢の中では、とにかくできた)

 夢というのは不思議で、叫んでいるとやってきた家族に「この手首みたいなのがーっ」と報告するところまで話がつづいていたが、実際には「どうしたの」と声をかけられただけだったという。わたしはその「どうしたの」という声で満足してしまい、そのまま寝てしまったのだそうだ。

 そして、昼過ぎにようやく体を起こしたところ、妙な時間に寝てしまったせいか体中が痛く。

 それでも近所の散歩と買い物くらいは行かねばと、短時間の外出をして帰ってくると…なにやらその後1時間くらいして、体がおかしい。めまいを起こす寸前のような、ふわっとした感覚。何をしてもやたらと疲れてしまう。そして風邪を引く手前のような、不安定な体温(体が部分的に冷たかったり、暑かったり)。

 普通の人ならば、ここで「半日くらい寝ておくか」という程度で済むのだろうが、わたしの場合は「これがもし二度目のコロナだったら」やら、「前回の後遺症がいまごろ出てきて、この先は悪化するのか」やら。あげくに「義母も実母もコロナになったらたいへんだ、わたしよりもさらに体力がない」やら。暗い連想は、どこまでもつづく。

 だが何をいくら考えたところで、金曜の夜である。平日の昼でも病院への受診は控えてと言われているご時世であるから、不安だからといって暗いことを連想しようと、何もできることはない。
 実際にコロナ陽性となった3月頭でも別にコロナのための薬をもらったわけではなく、いつも飲み慣れている漢方などを飲みながら家にいた。つまり「騒いだところで何も事態は改善しないし、不安に思うだけ損」なのである。

 毎日1時間半くらいを近所の散歩で過ごす以外はオンラインでネットにつながっているだけのわたしが、ふたたびコロナかどうかを心配するよりも、普通に考えれば夏バテだ。夜になかなか寝られない日々がつづいていたのだから、いい加減に自分をいたわれというサインなのだろう。

 というわけで、まずは気持ちを落ち着けることが大切である。

暑い日こそ、湯船

 選集から週明けまで、体調がいまひとつだった。わたしの場合で健康の目安になるのは口内炎。「これは、来るぞ」と。
 数ヶ月に一度はこの状況になるが、たいていの場合、どんな口内治療薬を塗ろうと1週間は消えない。そして中盤で最盛期のような状況となり、異様な数に増える。それは今回は勘弁してほしい、この記録的な厚さで口内炎とまでつきあっていられない——と、頭をかかえた。

 そして「いくら暑いといっても、それだけではないはずだ。なにかいつもと違うことをしていないか」と考え、それまで数日以上もシャワーのみで、湯船に浸かっていないことに思い至った。そういえば肩こりもひどくなりつつある。肩こりが慢性になると頭痛も起きやすくなる。早めに対処せねば。

 そこで、火曜日から湯船を再開した。

 すると、いつものような口内炎の大量発生を待たずして、初期の段階で、口の中が安定してきたのだ。肩こりはまだあるが、それでも口内炎が消えてきたことと湯船は、多少の関係があるのではないだろうか。

 今後も、忙しいときや事情のある場合を除き、できるだけ湯船に浸かりたい。

パルスオキシメーターの返却方法(東京都)が変わるらしい

 今年の3月1日を発症と見なし、3月11日までを東京都の指示で自宅療養した経験から、まもなく4ヶ月。

 ……都から貸与のパルスオキシメーターの返却について、まだ案内が来ない。もちろん家にまだ置いているが、忘れてしまいそうで困る。

 わたしより少し早く借りた人とTwitterでお話をした際には、1ヶ月後に案内が来て返却できたとのことだった。わたしは案内がまだ来ていない。

 都の案内を読んでみたところ、7月1日以降に借りた人は自分でレターパックで返却する方針に変更になったそうだ。それ以前の人は、やはり待っていてくださいとのこと → 自宅療養サポートセンター(うちさぽ東京)のご案内

 わたしは自宅療養の終了時に最後の連絡が来なくて(前日の段階で電話が来て、明日ですねと言われたのが最後)、その後はLINEの連絡(熱はありますかなどの質問)もずっと送られつづけていた。2ヶ月我慢して5月の頭にブロックしたのだが、もしや「療養終了扱い」のフラグを、誰も立てていないということは、ないだろうか。

 忘れられている可能性もあるかという気がしてきた。まあ、いちおう、勝手に捨てないので、東京都さんいつか連絡をお願いします。

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2022.06.29 昼
電話が来たので返却予定。長かった。
東京都さん、ありがとう。

あるご高齢の方の会話

 数年前にどこかに書いたような気がして探したら、見つけた。2018年夏ころだったらしいが、近所の交差点で、ご高齢の女性ふたりがこんな話をしていた。

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A「こんなに暑くてさ、そこらへんで行き倒れみたくなったほうが、誰かしら気づいて救急車を呼んでくれたりして、家の中でああ苦しいどうしようなんて迷ってどうにかなるより、よっぽどいいわよ」

B「だめだめ、そういうのダメよ。はしたないって気がする。ちゃんと、(倒れるなら?)人に見えないような場所じゃないと…」
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 Aさんに一票、という気がするのだが、いまのご時世だと、まず新型コロナがどうこうという疑いで搬送先が見つからず、救急車の中で応急手当をしてもらうことになるんだろうかとか、考えてしまう。

 以前は「気をつけなければ」と、外出前に飲み物を飲んだり、直射日光から頭を保護する工夫もしてきたが、最近よく思うのは「まさかと思う程度の気温、曇り空だったら、気にしないで歩いて倒れるかも」ということ。

 わたしも、もしどうしても倒れるときは、人の見ている場所にしたいと思う。道路の横断中は、なんとか渡りきってから倒れたい(そんな器用なことができるのか)。

病院の待合室にて

 14日は以前から予約してあった大腸検査の日だった。順調ならば午後2時くらいには病院を出て買い物をし、帰宅するつもりだったが、朝からついていない。けっきょく病院を出たのは4時半、帰宅は5時半ころだった。

 顛末は、こうだ。

 朝の9時に家で大腸洗浄剤を飲みはじめた。このところ数回連続で吐いてしまい、腸がきれいにならず、検査しながら水で洗ってもらうという面倒なことをお願いしていたので、今回はきっちり飲もうと、時間配分をゆっくりにして、できるだけ気持ちを追いつめないようにしながら、リラックス…していたつもりが、うまくいかず。

 なんと、普通の人なら薬剤を最低は1リットル飲んでそのあと水またはお茶を飲むのだが、今回のわたしは600mlに到達した瞬間に胃が全力で拒否。もどしてしまった。洗浄剤と一緒に胃液もたくさん出て「えー、空腹でも胃液ってこんなに出るんだ」と妙なところに感心。
 ただ、洗浄剤を飲みながらもあまりのまずさに途中で水も飲んでいたので、多少は水のせいでかさ増しされていた可能性もある。

 ぜいぜいしながら、病院に電話。病院にたどり着くことはできるだろうが、こんなに少量しか飲んでいなくては腸がきれいになっているとは思えない。今回こそはと心の準備を整えていたというのにそれでも失敗したのが精神的につらく、なんだったらもう検査そのものをやめて家で寝ていたいと、そう告げるのもいいなと思っていた。

 だが(吐く人というのは)それほどめずらしくないのか、あるいは検査そのものをキャンセルする人などいないと思ったのか、電話の向こうからは「病院には来られそうですか」との問いかけののち、当たり前のように「残りの薬剤と水またはお茶を持ってきてください、お気を付けて」と。

 唖然とした。こんなにつらいのに、病院でまだこれを飲ませるつもりなのかと。

 だが家に置いておいても捨てるのが面倒であるし、以前も「残っている薬剤を持ってきて」と言われたことがあるので、持っていくことそのものはかまわないと考え、出かけると伝えた。

 それから出かける準備がたいへんで、ぜいぜいして、やはり行くのをやめたほうがいいのかとも考えたが、すると今度は「検査のあとに出してもらえるはずの今後の処方箋」やら「次の診察の予約をどうやってとるのか」やら、考えると頭がぐるぐるしてきて、これなら這ってでも出かけるかと、どうにか到着。大腸洗浄液と持参の茶が重く、ほんとうに「なんでこんな目に」と思ってしまった。

 ようやく到着し「たいへんでしたね」と言ってくれたスタッフだったが、すぐさま洗浄液を飲むためのワゴンを持ってやってきたので「マジでこの人わたしに飲ませるつもりなのか」と、気持ちが引く。到着できるかどうかにも不安があったのだ。いまからでもキャンセルして帰りたい(それなら医師に頼んで処方薬と次回予約だけは取れる)と思った。だが先方も悪気があるわけではなく「気分が落ちつくまでは、洗浄液は飲まなくてもいいですが、水分をとって、腸の活動をうながしてみてください」という。これはいままでも言われたことで、結果として追加は飲めずに腸を洗ってもらいながら検査したのだが、今回はここまでつらい上に精神的にもぼろぼろで、目の前にワゴンがあるだけで泣きたくなる。

 水分をとって院内を少し歩いてみると、腸が動いた。トイレに出かけてみると、飲んだ洗浄液の量が少なかったわりには腸がきれいになっているようだ。
 だが以前にもそう思って「きれいになりました」と告げたのちに腸内の汚れがわかったことがあったので、今回もそうかもしれない。
 もう1回、ごく少量だがきれいな液が出て「あんなに洗浄液が少なかったのに、きれいになったなんてことがあるのだろうか」と悩んだ。

 その後、最初と同じスタッフの方が声をかけてくださって、いちおうその説明をした。やはり表情が「あんなに少なくしか飲んでいないのに、大丈夫か」と語っている。わたし自身も疑っているくらいだから、無理もない。
 そして「次にトイレに行くときは、スタッフが液の色を確認できるように、声をかけてください」という。さらに、強制ではないが、やはりあと1杯くらい飲めると安心なんですがと言う。それは聞こえないふりをして、ワゴンも見ないように体の向きを変えて、その後はうつむいて過ごした。

 それからが、たいへんだった。

 もう1回くらいトイレに行けたら、色を見てもらえる(予約は早い時間だったので色を見たあとならすぐ検査に呼んでもらえる)と思ったのだが、自分の気持ちがもう限界で、動き回ることもできなかったこと、うつむいてばかりいたことで、腸は活動しなかった。
 そしてスタッフの方々もわたしよりあとだった人たちを先に検査にまわして、さらに(あとから聞いた話だが)そのうちひとりふたりが時間のかかるポリープ切除をしていたこともあって、忙しくしていた。

 そうして放置されているうちに「検査をやめて帰りたい」も、言えない状態になった。
 タイミングを完全に逸して、それを言う相手もいなかったのだ。

 泣きたくなってきて、ずっとうつむいていた。

 すると、周囲がだいぶ減ってきたとき、最初のスタッフとは別の方が、わたしについて話しているのが聞こえてきたので、思い切って、「こんな時間になって申し上げるのも失礼かと思うんですが、検査をやめて帰りたいとか言ってもいいですか」と声をかけてみた。

 わたしの顔色を見たのか、すぐさまその人の表情がいたわりに変化し、何でも話してよさそうだなと感じられたため「ほんとうは朝のうちにやめたかったけれど、来たほうがいいと思って、がんばって来てみた」、「この下剤のことを考えただけで気持ちが悪くて泣きたくなる」、「帰りたいと言えるタイミングがなくて、遅くなってすみません」と、すらすら、口から出てきた。

 話を聞いてもらえて、なんだか気が抜けて、涙が出てきた。

 すると、わたしの担当医がいま処置が終わっていないから話はできないけれど、少し待っていてもらえば、処方箋だけ持って帰るか、腸を洗いながら検査するか、その先生と相談ができますから、もうちょっとだけ待てますかと言ってもらえ…

 けっきょく、医師の処置が終わらないため、いったん着替えませんかという話に。
 検査をすることになればそのままできるし、やはり気分が悪いなら処方箋だけ持って家に帰れるようにしましょうと勧めらた。その後に医師が出てきて、丁寧に「嫌がることを無理にはしませんが、(持病があるからいつかは検査をしなければいけないですし)今日はせっかくここまで来たので、検査ができそうならしてみませんか」と、「気分が悪くなったら作業を途中でやめてもいいんです」と。

 やってみることになった。

 そこから先の手順は慣れている。もう何回も経験していることだ。それに、何よりも、検査台で横になっていられることがありがたかった。横になりたかった。

 カメラを入れてみると、意外や意外、満点ということはないけれども腸はきれいになっていたことがわかり、検査もスムーズだった。いつもと同じくらいの時間か、あるいはもっと短くカメラが終わった。

 その後、しばらく点滴をして様子を見てから帰宅。

 午後2時ころに出られるはずだった病院から、わたしが出たのは4時半だった。

 それでも、異常がなかったことで、この先また1〜2年のあいだは、やらなくて済む。
 それに、次回は大腸洗浄剤を事前に相談して、変更できそうならしてみたい。今回の製品のように「袋を見ただけで味と香りが再現されて吐き気がくる」ものは、もう体調がどうのとかそういう問題ではなく、わたしに合わないのだろう。

 今回は、最後に笑顔でみなさんにご挨拶できて、無事に帰宅できてよかった。

 ただ、こういうときにつくづく思うのは「強く出られない性格」というものがあるということだ。担当医が「さっき検査した人は、腸内がドロドロで、時間もかかって、本人もたいへんだったでしょうが時間をかけてやりました。だから、自分(医師)としては、もし腸内がきれいでなくても、あなたが嫌でなければやります」と言ってくれた。

 そして、検査が終わってから。
 わたしが事前に「最後にトイレに行ったときは、たまたまかもしれないがきれいな液が出た。でも腸内はまだ汚れているかもしれない」と話したことを受けてだろうが、医師が「もっと自信を持っていいんですよ」と——。つまり、わたしが「もうきれいになりましたから検査をしてください」と言えば、順番を変えられることもなく、そのまま普通に検査して、帰宅できた可能性があったのかもしれない。だがわたしには、それは言えなかった。これは性格なのだろうと思う。

 これでしばらく、やらずに済む。それだけは確かだ。

朝一番は難しい

 来週は大腸検査を受けようと思っている。わたしは持病があるのでだいたい1〜2年に1回は受けたほうがいいと言われているのだが、去年受けたと勘違いしていた。ところがねんのために調べたら一昨年の秋だったのだ。

 検査の申し込みをしたのは5月だが、その際に、「数日前になったら自宅でPCR検査をして、容器を病院に持ってきてください」と言われていた。問題がなければそのまま大腸検査、問題があれば延期ということなのだろう。
 そのとき一緒にもらった説明の紙によれば「朝一番の唾液が望ましい」とのこと。昼間の場合は食事から何分以上などの条件があるようだったので、では起床後にすぐやってみようかと考えて、枕元においていた。

 ところが、まあ。
 年齢のせいもあるかもしれないが、朝一番に唾液というのは、かなりつらい。

 出ない。嘘のように出ない。泡ばかりである。仕方ないから泡を入れる。このままでは提出容器が泡ばかりになってしまうという焦りがあるが、説明には、途中で水を飲んだりしてはいけないようなことも書かれていた。

 仕方ないので、容器の何割かを泡で満たしたのち放置して様子を見ていたところ、少しだけ下の方が液体になったように見えた。もう、それに賭けるしかないだろう。検査機関に到着するころに液体が増えていることを願うとしよう。

 提出時に何を言われてもかまわない、これで文句があるなら言ってくれと、キャップを閉じて提出用の袋に入れ、そのまま病院に持参した。あんなものをまじまじと見る人はいないので「はい、検査にまわします」と、あっさり言ってもらえた。よかった。

 朝一番の唾液が望ましいと書かれている説明書があっても、これをお読みの方は、水を飲んでしばらく時間をあけてから検査をしたほうがよいかもしれないと、ねんのため書いておく。

地域の在宅医療

 田舎の実母が在宅医療のお世話になっている。
 地域によって多少は違うのかもしれないが、見聞きした範囲の情報では——本人に何らかの持病があって、年をとって自力での通院が難しい、あるいは容態がしょっちゅう変わる危険性があるなどの事情があれば、ケアマネさんに相談してみるとよいらしい。そして在宅医療が認められた場合には、定期的に看護師(と医師)に訪問をしてもらえて、処方があった場合は薬剤師さんが配達に来てくれるというものだ。
 母は移動が困難ではあったが、なにか異変があると家族らに頼んですぐに病院に連れていってもらっていた。だがそれも難しいほどに(移動だけで疲れきってしまうほどに体が弱り)、このところ在宅医療でほっとしているらしい。

 もちろん、在宅医療条件に該当した場合でも、担当してくれる医療機関や看護師派遣の団体が近くになければ、対応してもらえるとはかぎらない。母の場合は、地域医療に長くたずさわる医院が家から片道数キロのところにあったことが幸いしたのかもしれない。

 看護師、医師の定期訪問のほかにも、24時間相談できる電話番号をもらっていて、相談があればまずは看護師がやってきて様子を見るか、そこで必要ならば、さらに医師も呼んでくれるそうだ。

 ありがたいことである。