「入管」も、ところ変われば

 連続強盗事件の指示役とされる「ルフィ」なる人物は、報道によればなんとフィリピンの入管収容施設にいる日本人だそうである。そこだけ聞くと「すげーな、日本の入管と違って電話なんか使い放題なんだ、へー」となるのだが…どうもそうでもないらしい。

 毎日新聞のこちらの記事によれば(2023.01.27 強盗指示役「ルフィ」収容? フィリピンのビクタン入管収容所とは)、地獄の沙汰も金次第のような場所で、手持ちのカネがあればそれなりの待遇が得られるのだろうが、全体として環境はかなり劣悪なのだとか。

 そんな場所に数年もいながら、強盗の指示が出せているのだから、それなりに稼いでいて本人にとっては居心地がよい可能性がある。さっさと日本に送還してもらうよう、警察は外交ルートを駆使してもらいたい。

関東で3人組の強盗事件が相次ぐ

 ニュースなどによると、2023年になってからだけでも、関東地方で同一犯(または同一の手口で誰かに雇われた)による強盗事件が、7件程度あるという。盗むといってもその手口は空き巣でも居空きでもなく(←居空きとは居住者に気づかれないように盗むこと)、あくまで強盗である。

 捕まれば他の窃盗に比べて格段に罪が重いのが強盗だ。留守を狙わず家の人間を脅したり暴行して金を持ち去るのだから、覚悟してきている。そんな相手には、事前に侵入しづらい工夫とか狙われにくくするといった「思いとどまらせる心理的な歯止め」は効果がない——おそらく「この家」と決めたら、あとはタイミングを待つだけなのだろうから。

 つまり、狙われてからでは、事件発生の回避は困難なのだ。こんな恐ろしいことがあるだろうか。

 この数年の新築家屋の傾向として、外から見られたくないからと1階はとくに窓をかなり減らし、2階以上でもベランダを狭くして窓も減らす(小さな窓を何カ所かに配置して太陽の光はある程度まで採りいれる)というデザインが増えてきているように思うが、これまでわたしは「息苦しそう」という印象しか持たなかった。見られたくないという気持ちが強すぎると、外を見たいという気持ちに制限がかかるはずだ。
 だが、息苦しいかどうか以上に、いったん屋内で異常(たとえば強盗に縛り上げられるような状況)が発生したら、周囲にも気づかれにくいことになりかねないと、あらためて考えた。

 現在たまたま住んでいる借家が、角度の関係で内部はさほど見えないものの、玄関だけは周辺のお宅からよく見える状況であり、最初は気づかなかったが住むうちに得た安心感と恩恵に浴している。何時にどんな人がやってきたか人に丸見えというのは、逆に言えば安心感だ。間違った情報で資産家という誤解を受けないかぎり、狙われる順位は低いかと思う。

 それに外出時も、SNS等ではかならず「帰宅してから」どこそこへ行ったと書くようにしている。

 ただ、気にかかることがある。

 強盗グループに誤った資産情報が流れていて金持ちと勘違いされたり、当日どれほど脅されても現金が数万円程度しかない場合に(現金は自分の財布の中にしか持っていない人も多い昨今)、腹いせで暴力が増したりするのだろうか。狛江市の90歳女性が亡くなったのも同じ指示役の事件らしいと報道されているが、高齢女性を手にかけるなど、許しがたい。さぞかし苦しく、ご無念であったはうzだ。

 犯行グループの一日も早い検挙を願ってやまない。

 

思えばCovid-19…つまり3年前

 2019年の暮れころから何やら不穏なニュースが流れはじめていた新型コロナ。その後に北海道で感染が増え(海外からの観光客を制限していない時期と札幌雪まつりなどが重なったのだっただろうか)、やがてあちこちへ。

 わたしは2020年の2月末にバウムクーヘンの集まりをしようとして、もはや市場からマスクやアルコールティッシュなどが消えつつあるタイミングでもあったことから落ちつかず、直前になってから予定時間を半分に減らして開催したのだった。当日も、会場の近くのドラッグストアには、マスクの販売時間を目当てに、人が列を作っていた。

 マスクなどの物資不足は3ヶ月程度でいちおう緩和されたが(だがまだ金額は高かった)、そのころすでに「落ちつくのに2~3年かかるのでは」という(誰のコメントか忘れたが)話が出まわっていたと思う。ああ、3年かぁとそのときは思ったが、こうして3年近く経ってみて、何かが落ちついただろうかと考えてみても、よくわからない。

 社会が今後も以前と同じにはならない以上、人がパニックしないことや精神的に追いつめられることを防ぐようにしていくだけで、それを「落ちつきつつある」とする解釈も、もしや成り立つのかもしれない。

 とりあえず、いまは人々の不安がこれ以上に強くならないような社会作りや支援に注力していただきたいと、防衛費のことばかり考えている現政権には、強く言っておきたい。

地域問題の専門家を育てるべきでは

 長野県の公園が廃止になる件で(ご存知ない方は「長野県 公園廃止」で検索)、いろいろなことを考えた。

 この件でご本人らの言い分が週刊新潮に載っていったので一部をざっと読んだが、まさか家の目の前に子供たちの遊び場が出来るとは夢にも思わず、事前の説明もなかったのだという。公園と併設の児童館は入り組んだ細い道に面していて、保護者らの送迎でたくさんの車がやってくるようになったこと、子供たちを遊ばせる際に(初期のころは)職員が拡声器を使っていたことなどで、以前から話し合いが持たれていたのだそうだ。
 子供たちがうるさいと具体的に何度か言うようになったのは去年の3月ころ。それまでは夫人のみが問題に悩んでいたが、家で仕事をすることが増えてきた夫も問題が気になるようになり、ふたりで申し入れをしたのだという。

 Twitterで、「たった一軒の苦情で」と強調していた人(市会議員とのこと)がいたこと、それに飛びついて拡散した人がいることで話題が大きくなったが、長い間ずっと放置していた、しかも初期に段取りを間違えて周辺の人に告知をしていなかったという落ち度を思えば、長野市が自分たちの反省を前面に出さず決定事項であると通達したことは、大きな問題であると考える。結果として問題を指摘してきた個人宅が責められる展開を許してしまっていることに、どう責任をとるのだろうか。

 夫妻でインタビューに応じたということで気丈な方々かと推測するが、もしこれをお読みの一般人の方々がそれをご自分に置き換え、「ずっと悩んでいたことで苦情を言ったら話が大きくなって全国区で報道されてしまった」と考えていただければ、この展開の恐ろしさは理解できるはずだ。

 市のそれぞれの部署、そして児童館の職員の方々はそれぞれ頭を抱えて、ときには疲弊し、手探りで18年を過ごしてこられたのだろう。

 もし初期のころに、地域問題を円滑にする専門家が(公的な存在として)介入していたら、話はだいぶ違ったのではないか。あいだに誰か/何かがはいることで、話はよい方向に流れることがある。担当部署のみにまかせず、地域の潤滑油となる存在を育成(あるいはすでにいる専門家に依頼)し、個々人の心的負担を減らしていくことが、求められているように思う。

年末が近づくと、思い出す事件

 世田谷の一家殺害事件は、事件が発覚したのが20世紀最後の日(2000年12月31日、事件は前日夜)ということや、内容の悲惨さから、ずっと人の心に残り、解決が求められている事件のひとつだ。物証がたくさんあり、事件を起こした人間の血液まで採取できているというのに、犯罪歴がないらしくて既存のデータに引っかからなかったということらしい。

 アメリカでは1957年に発生の未解決事件(日本語Wikipedia → Boy in the Box)が、つい先日、少年の身元だけは判明したという。それもDNAによる科学捜査があったればこそだ。殺害の概要はまだわかっていないが、まずは被害者が誰であったのか60年以上の時を経て解明されたのは、素晴らしいことだと思う。

 世田谷の事件も、1日でも早く解決することを、願ってやまない。

2014年の都知事選で

 Twitterで「田母神さん」というタグがあったので、見てみたところ、かなり驚いた。

 この方は、足をつかんで逆さづり、という表現で何を連想したのだろうか。テレビを見ていなくて字面で読んだだけのわたしでも、かなり驚いたニュースだったが…。

 普段は読んでいるという人からも「これはさすがにひどい」という意味のリプライが見受けられた。わたしは驚くと同時に、2014年の都知事選立候補で田母神氏が何票を獲得したのかを、Wikipediaまで見に出かけた。
 結果は4位。61万票である。

 あのときも衝撃を受けたのだが(氏の言動は以前から自分と相容れないものを感じていたので、まさか10万票以上とはと、当時もかなり驚いた)、どうやら月日が経って記憶の中の数字が目減りしていたようだ。61万票。あのときそれだけ支持していた人がいることを、忘れてはならないと思う。

 わたしは宇都宮健児氏が出る場合にはいつも応援していた。だが2014年の結果は、細川護熙氏が出なかったとしても桝添氏には勝てなかったであろう事実と、田母神氏の数字で、打ちのめされた。

 もし立候補者の顔ぶれが違った、あるいはなんらかの事情が重なった場合、田母神氏が都知事になっていた可能性があるのかと思うと、申し訳ないが、かなり強い不安を感じる。やはりわたしは、もっと有権者に投票に出かけてもらいたい。

 投票率が高くなった場合にどんな景色が見えてくるのか。あるいは有権者同士の意識がどう変わっていくのか。ぜひそれを知りたいし、今後もずっと見届けたい。

現物支給、クーポン配布…

 この国で過去に何度もあった「クーポン券配布」(紙の費用や各種手数料の発生、そして事務費、郵送料がかかるというのに)やら、今回の大阪府吉村知事のように「18歳以下の子がいる家庭で、子ひとりにつき10kgの米を支給」という話などを聞くにつけ、なぜ余計なところで金がかかるものを選びたがるのか、理解に苦しんでいる。

 金額の面からだけ考えても、米の運搬費用、それにまつわる事務費と人件費など、多額の手数料が飛んでいく。

 そしてまた「米だけあってどうするんだ」という話でもある。戦前の日本人の食生活では、成人はひとり1食につき茶碗3杯を食べていた(おかずは塩辛いものを中心に少しで、米飯で腹を満たしていた)という話も聞いたことがあるが、現代ではそれはない。米だけ食べる人はいない。米飯や米由来の食品(餅ほか)が好きなわが家であっても、全体的に計算したらおそらく小麦由来の食品(パン、麺類など)の消費量のほうが、超えているような気もする。

 さらにまた、日本人ではあまり多くないかもしれないが、米に対するアレルギーも存在する。当事者に選ばせもせずに、押しつけはどうなのだ。

 吉村知事の発想にあるのが「日本人なら米だろう」という、懐古主義。そして、大きなものを行政が配るという、ビジュアル的な意味での「がんばってる感の演出」ではないだろうか。

 現金がもっとも柔軟性が高いが、もし現金を配るのに行政として抵抗があるなら、ほとんどの家庭が払っている料金や税金を「○月分は不要」とするなど、できるだ手数料が生じずに人の手間もかからない方法を考えてもらいたい。

 クーポンや現物配布というのは、いわば、せっかく大きなソーラーパネルで発電し、蓄電したものを、すぐ使わずに中サイズのバッテリーに分け、さらにそこから個々人のモバイルバッテリーに小分けチャージしているような印象である。それぞれの場所で電池にロスが出て、個々人のバッテリーとして渡されてもすぐ使わなければ自然放電。とにかくもったいない話だ。

 手数料や事務負担を減らすことだけでも、まずは考えていくべきである。

年収まで(!?): 窓口で個人情報を尋ねられていた人

 いったい何をしているのだろうと驚いたのだが、郵便局で、わりと大きめの声で「働いてる場所は?」、「年収いくら?」と、局員が外国人に矢継ぎ早に尋ねている現場に遭遇した。日常的ではない単語がすぐにはわからないらしいその男性が尋ね返すなどしていたが、まるで警察の尋問のようなこのやりとりは何だろうと、かなり驚いた。

 自分の番が回ってきたので途中から聞きそびれたが、なにかの許可を待っているような気配が濃厚だった。郵便局がいったい何を尋問めいたことをしているのかと、不穏な雰囲気に、家に帰ってきてからネットで検索。

 すると、郵便局など金融機関が、日本から外国に送金する可能性がある人に(全員ではないのだろうが)質問状のようなものを送り、答えさせるということがあるらしい。マネーロンダリングを防ぐということらしいが——これはもし必要でも、書面ですべきことであるし、急いでいるならせめて一般窓口ではない談話スペースのようなものを設けて、そこで尋ねるべきだろう。一般人がいる場所で大きめの声でやりとりさせるのは、かなり問題ではと感じた。

 そういえば何ヶ月か前、ゆうちょ銀のアプリで「利用目的」などについて回答を選ばせる画面が出たことがあった。ときどきお尋ねすることがありますのでそのときはよろしくと出たが、日本の国籍を持つ者にも、あのような質問状が送られることがあるのだろうか。そして窓口で、さらされるのか?

 かなり怖い世の中になってきた。

東京で88年ぶりの低気温

 雨があまりに冷たくて、今日は外出を見送ってしまった。それに気温が急に低くなった影響で、服装もどうしたらいいのかわからないほどだった。いつもは10月中旬以降に少しずつ衣替えをしていた気がするが、明日にでも冬物をすぐ出した方がいいかもしれない。

 東京で最高気温が13℃になるのは、88年ぶりだという → 2022.10.17 ウェザーニュース: 東京の最高気温は12月上旬並み13℃ 88年ぶりの記録の可能性

東京都心は日付が変わった頃から12℃台後半で推移し、7時16分に13.0℃を観測。これが15時までの最高気温となっています。雨が本降りになってからは11℃台です。雨が止む夜に若干、気温が上昇する予想ですが、日最高気温が13℃台に留まると、10月上旬としては1934年10月8日以来、88年ぶりの低さになります。

 記事によれば、東京だけでなく、全体的にかなり寒い日だったようだ。

 明日は出かけなければいけないが、気温が少しは回復するらしい。

100万円を超える支援金と、物品での差し入れ

 安倍元首相を殺害したとして現在は鑑定留置中の身である山上徹也容疑者に、現金や物品の差し入れがあるという。現金の額は100万円を超えるのだそうだ → 2022.09.08 jiji.com 山上容疑者に支援金100万円超 事件正当化に識者警鐘―安倍氏銃撃2カ月

 殺害を実行に移す以前に、長年たいへんな家庭環境にあったというのはネット記事等で目にしているが、現在の本人にそういう支援をするという発想は、わたしにはない。そして正直なところ、意図もよくわからない。

 本人は現在のところ現金をもらっても、使い道がない。日用品や食品を買うことはできるかもしれないが、先のことがまだわからない状態である。ねんのために鑑定はしているが、責任能力なしという判断にはおそらくならないと思われる。そのあとで通常の裁判をすれば、裁判も長いだろうが、その後もしばらく出てこられない。なぜ現金を、と思う次第である。

(たまたま合計額が100万円を超えただけで、ひとりひとりは少額を送ってきたという可能性も、あるかもしれないが)

 留置施設は狭いので、送られてきたものは弁護士を通じて親族宅に転送しているとも聞く。

 宗教団体のことで苦労をした人が他人事とは思えずに何かしたいと思ってのことかもしれないし、まったく違う理由かもしれないが、もしこれまでの人生に同情したということであるならば、被害者支援をしている団体等への寄付もまた、検討してはいかがだろうか。