更地になるときは、あっというま

 数年前だったか、ご近所の路地で異臭がすることがあった。高齢者介護に関係した人ならばわかる、排泄系の匂い。尿をたっぷり吸った紙おむつを、ゴミの収集日まで簡単な袋にでも入れているか、あるいは居住者が動けない(または呆けている)などでトイレが正常に使用できないまま、屋内に異臭が蓄積されている匂いだ。

 自分もそのころはまだ同じ立場だったので、同居している人がいるならばお気の毒、あるいは当事者のおひとり暮らしで排泄が思うようにいかないお宅ならば、行政の助けがはいらないとだめだなと、いろいろ考えてしまった。自分のことでも手一杯で、人の家のことまで考えている余裕はなく、便利とはいえその通りを歩くのはやめようかと真剣に迷ったこともあった。

 だが匂いに気づくようになって数週間、あるいは数ヶ月が経ったころ、その家は解体され、あれよというまに更地に。そして家が建った。単身者が複数はいれそうな共同住宅だ。持ち主または子供世代が土地ごと売ったか、あるいは土地をそのままに賃貸をはじめたのか、そのあたりはわからない。だが、あっというまのことだった。

 そして今日。

 そこは、わが家から数百メートル以上も歩くのでご近所づきあいも何も縁がない場所だが、地理的にとても目立つだけに気になっていた。2年くらい前から急激に「この家はおかしいな」という疑念が膨らんでいたものだが、ほんの数週間ほどそのあたりを歩かずにいるうちに、家が跡形もなく消え、更地になっていた。

(どう変だったかというと、あるころから、年季のはいったゴミ屋敷のたたずまいを見せはじめたのだ。普通は兆しがあってから少しずつゴミ屋敷になるが、気づいたときには「数年前からこうだったかのように」人為的な廃墟路線をまっしぐら。そして住人による外部への攻撃的かつ異様な言動を、少なくとも一度、目撃してしまった)

 この界隈は立派な家にご高齢でひとり暮らしというケースもあると思われ、ご本人の姿が見えないと思ううちに、庭木などをすべて短くしてからどこかへ移った(あるいは施設に入所した)例もある。そして、今日の段階ではまだブログ等に書けないような内容だが、大きな変化があって様変わりしたことがはっきりとわかるお宅もある。

 健康面での事情がなくとも、ご高齢の方が守ってきた土地家屋というものは、次世代が維持できなければ終わりを迎える。戦前戦後とずっと大きなお屋敷を保持してきたお宅でも、そのままの規模で次世代が管理できるわけではなく、ほとんどの場合は、更地にして大きめ共同住宅にするらしい。
 お金にはならなくとも自治体に寄贈するなどして公園用地にする事例も多少はあるだろうが、解体工事がはいって、更地になって初めて気づく「どこそこの角の家ってあれほど巨大だったのか」なども、次にやってきて住む人たちには関係のない話だ。

 消えるのはあっというま。

 だが、消えていくものについて自分が覚えていることがあるならば、少しはこうして文字に残しておきたいと思う。