見ているようで、見ていないもの

 今日、夕方ほんの少しだけ外出をする予定だった。買う物は決まっていた。どこで売っているかもわかっていた。するとそのとき家族が「郵便ポストに用があるから一緒に行く」という。たしかに、郵便ポストもわたしの目的地すぐにあったので、なんの問題もなく、一緒に出かけることになった。

 郵便ポストに投函したら、その足で買い物をしてすぐ帰宅する。それで万事がうまくいく、よしよし…のはずが。

 意外な展開。

 なんと、ときおり投函しに出かけているというのに気づいていなかったが、それは古いタイプで、A4のレターパックを投函できなかったのだ。もちろん、折って入れるわけにはいかない大切な書類だ。

 その次の郵便ポストまで何キロ先というわけでもないのに、予定が狂ったことへの衝撃で、軽く気持ちが凹みかける。さらに、普段あちこちで郵便ポストを見ているというのに、どこが新しいタイプだったか、とっさに頭に浮かばないことへの、もどかしさも。

 ふたりでしばし、立ち止まる。

 そして「代わりに行くとしたら、どこだろ」、「どこそこのポストって口が広かったかな」、「ともあれ、行ってみるしかない」と、まずは予定していた買い物を急いで済ませて、その帰りに、郵便ポストがいくつかある方角へと、足を向けた。

 さほど期待していなかった最初のポストがA4対応だったので、あまり遠回りにならずに帰宅することができた。ほっとした。

 普段の生活で、人は目に見えているはずのものでも、実はちゃんと頭に入れていないものなのかもしれない。