オープンリールのテープレコーダー

 いまは亡き父は、機械いじりが得意だった。もしもう少し遅い時代まで生きていたら、おそらくパソコンに親しんだだろうと思うが、存命のころ、わたしがすでに使い古していたワープロ専用機を家に送ると気に入ってくれて、亡くなるまで何年も使っていたようだ。

 このところ、音声ファイルを作成することが増え、父を思い出した。

 わたしが小学生のころ、まだカセットテープレコーダーは出がけだったのか、あるいは古いものが壊れるまで使う主義だったのか、父は朗読の練習をしているわたしの前に、オープンリールのテープレコーダーを置いて、「何回でも読んで、自分の声を聞いてみるといい」と、セットしてくれた。
 わたしも見よう見まねで使えていたような気がするし、父がそばにいなくても問題なかったのかもしれないが、練習をしているとちょうどよいタイミングでもどってきては、父が録音や再生をしてくれた。おかげでわたしは何度も自分の声を聞き、そしてまた練習のため録音した。

 小学校のイベントで朗読を担当したことは何度かあったが、とくによく覚えているのは、織り姫と彦星の話だった。

 それから数年して、カセットテープが再生できるプレーヤーが、家にやってきた。スピーカー部分がカセットを入れる面積の2倍くらいある、縦長の大きなサイズだ。たしか、立てても使えるし持ち運びにも便利なように、折りたたんで使う取っ手が上部についていた。まだ時代はモノラルの製品が中心だったが、便利な世の中になったと考えた。

 当時そういったものは高かったのだろうが、中学校の放課後にダンスの練習に持っていくだの、友達と使うだのといったちょっとした用件で持ち出しても、父は嫌な顔ひとつしなかった。

 今日、Macの画面録画が不調で、なぜだ、なぜだと30分も考えこんでしまい、原因に思い至ったとき「こんな単純な話だったのかよっ」と天井を見上げたのだったが、こういう黙々とした作業を好むのも、おそらく父譲りなのだろう。

 父が亡くなって、25年になるだろうか。そういえば、春の彼岸のころだった。