うっかりミスの三段重ね

 そういえば昨日は眠れなかった。うとうとするたびに目が覚めてしまい、合計では数時間しか寝ていないかもしれない。そのせいか、普段通りにしていたつもりでも、いつもより凡ミスが多い日になった。

 たとえば、ファイル名の話。

 画像にファイル名をつけるときには、だいたい「アルファベット数文字 + 日付 + 特徴を示すアルファベット + 数字」としている。

 たとえば「桜の花を2021年3月29日に撮影して編集した5番目のjpgファイル」ならば sakura_2021-03-29_5a.jpg などの名前にすることが多い。

 ただ、ちょっとした用件で使う場合、あるいは同じフォルダの中にそれほど画像ファイルを入れていないときには、混乱も生じにくいため sakura_5a.jpg でもいいのだが、その後にファイルが増えたらたいへんなことになるので、ねんのために長い名前で入れてしまう。
 今日はたまたま、そういった長い名前形式を使って、画像をフォルダに入れていた。

 ところが、それらのうち4枚の画像に問題が。HTMLファイルからきちんと呼び出しているつもりなのに、表示がなされない。うんともすんとも言わないので困ってしまった。

 なぜなんだろうと、目をこらして見ていたが、ようやくわかった。その4枚は透過ファイルだからpngにしたのを忘れて、jpgとして呼び出していたのが原因だ。いつもjpgで保存しているので、HTMLでもついjpgと書いてしまった。

 そこで、4つのファイルを呼び出す際のファイル名をpngに変更した。めでたしめでたしのはずが、またもや、4つとも表示されない。

 そこでまた、じっと見てみた。
 ようやくわかったのが、ファイル名を付けるときになぜか2020.03.29と、1年前の数字で保存していた。HTMLから呼び出すときの名前は2021.03.29になっていた。

 ばかなことをしたものだと、またファイル名を直して、今度こそと思ったが、4つのファイルのうち3つしか表示されない。

 ファイル名の最後で (filename)_4d.png としたつもりが、d4.png になっていたことに気づくまで、数分かかってしまった。

 ここまでわけがわからないことをやると、自分の疲労度が心配になる。疲労ならいいが老化が本人の認識以上に進んでいるのだとすると、困ってしまう。そうでないことを祈りたい。

うれしいことがあった

 ネット上で、あまり周囲の人々に知らせていない場所がある。たまにぼそぼそとひとりで書いていた内容に、コメントをいただけた。

 わたしの書く文章には、スタイルというのか、あるいは雰囲気というべきものがあって、それが心地よいと、書いてくださった。

 ときどきお見かけする方だが、個人的には存じ上げない。ネット風にいえば「いいね」のようなものをたまに投げ合う程度。それがまさかうれしいコメントをくださるとは。

 お世辞かもしれないが、素直にありがたかった。
 気持ちが沈んでしまう日がたまにやってくるが、こうしたことで、明るくなれる。

 ちょっとしたご縁でも、たいせつにしていきたい。
 そしてわたしも、誰かを明るくできる日を夢見て。

スーパーの近くにて

 今日は散歩だけでもと、買う物はなかったがスーパーなどのある道をぼんやりと歩いていた。桜もまだ咲いている場所があり、周囲にも立ち止まって撮影する人がちらほら。のどかな夕暮れ…と思っていたら、向かい側から高齢の女性が、かなりのんびりと、うつむきながら歩いてくる。

 近づいてみると、手押し車に上半身をしっかりからませるように、休み休み、移動してくるようだった。ご高齢であるだけなのか、あるいは具合が悪いのかと、見るとはなしに見ていたのだが、やがてすれ違うころになると、違和感が。

 手押し車と思ったのはスーパーのカートで、上には近所のスーパーのレジカゴ、そしてそのカゴの中にはご自分のエコバッグ。

 高齢者は、体を安定させるために手押し車を使うことがあるが、わたしが見かけたこの人の場合は、おそらく「週に何回か来るわけだし、ちょうどよいし、借りよう」という考えで、往復に使っているのかもしれない。もしやきちんとスーパーに許可を取っている可能性もなきにしもあらずだが、カートやカゴを持ち帰る客に店が困っているという話も聞こえてくる昨今の状況を思えば、店が快諾するかどうかは謎であり、実際のところはわからない。

 地域の担当者や自治体が、方針として、高齢者が買い物などに安心して出かけられるように、(スーパーのカートではなく)正規の商品を紹介できればいいのだろうが、なかなかひとりひとりには、手が回らないのだろう。

 みんながいっぱいいっぱいで、余裕のない行動をとらざるを得ないのが現状だが——わたしが見かけた場所よりもさらに手前からあの状態であったなら、店名のはいった買い物カゴと、その店のものと思われるカートにもたれかかりつつ移動してきたのであろうその女性には、いっそうの保護が必要と感じた。
 何ができる立場でもないが、そう考えたことだけは、ひとまず書いておこう。
 

語順の話

 先ほど東京新聞(ウェブ版)で、現地在住の同社記者が新型コロナウィルスのワクチン接種を受けた記事を読んだのだが( → 2021.03.28 米国在住の本紙記者がワクチン接種 本人確認もなく終了 1カ月以内に16歳以上の住民が対象に

 その記事の最後に

> 自宅のある首都ワシントン近郊のメリーランド州では、

 という表現があった。

 ○ この記者は、首都ワシントンに住んでいて、近郊のメリーランド州の話をしているのか
 ○ 自宅はメリーランド州だが、メリーランド州は首都ワシントンの近くにあると書きたかったのか

 …どちらでも、意味が通ってしまう。

 もちろんこれは英語でも、話し言葉ならば同じ可能性があって、よくわからない。ただ文章を書くときにはどこにカンマを入れるかを明確にしないと駄文になるので、おそらく書く段階で the city where I live 部分がほんとうに必要かどうかを考えると、別に要らないかも、という判断になる可能性もある。

 ところで語順といえば、先日こんなことがあった。わたしが愛用しているGrammarlyが「語順が違うっ」と怒りだしたのが、わたしが入力していた英語にあった “seven little adorable kids” (七匹の子ヤギ)だ。それは “seven adorable little kids” でしょう、と。真っ赤になって(赤の文字で)注意してくる。

 たしかに、英語では名詞の前に形容詞を複数つける場合には「主観」が最初(可愛い adorable )、その次がサイズの大小(この場合は little )という、鉄則があるらしい。その次に「古い、新しい」で、次に「丸いか四角いかなどの形状」…と、つづいていく。

 とてもではないが、覚えていられない。

 どっちだってたいした違いはないっしょ的な思いで作業しているから、とっさに seven little と書いてしまうが、これはAIにしてみれば見逃せない低レベルな間違いなのだろう。

 これを書いているあいだも、ブラウザ上でGrammarlyがチェックしているので、同じ部分(セブンでリトルなのか、アドラブルでリトルなのか)に、反応されそうになった。危ない危ない。
 まあ、これだけしつこくチェックしてくれるので、いつかはわたしも覚えるだろう。

 上に書いた形容詞の順番だが、こちらにまとめ記事があった( → 2015/12/21 英会話コラム 複数の形容詞が名詞を修飾する際の並び順)ので、ご紹介しておこう。

市販弁当と、健康管理

 諸事情が重なり、この半月ほど昼食に市販弁当または出来合いの食事をとることが多かった。

 市販弁当というのはどうしてもコロッケなどの揚げ物がはいっていて、カロリーが高い。しかもそういった事情が重なるときというのは、得てして「出かけない」ものである。運動不足に揚げ物が追い打ちを掛け、体にいいことはあまりなさそうな予感は、じゅうぶんあった。

 ただでさえ、コロッケを見ると食べてしまう人間としては、コロッケがはいった弁当とそれ以外が店で並んでいれば、水が低い方に流れるのと同じような当然のなりゆきで、すっとそれを選んでしまう。

 …わかっていたことだが、この4〜5日は体重が増えてしまい、気持ちが沈みがちに。

 そして気分が暗いと、ちょっとしたことでいらつく。自分でもこっけいなほど「なぜそんなことが気になる」というところまで、考えすぎてしまう。

 やっと今日になって、少しだけ体が軽くなった(というか先週までの体重に近づいた)ので、ほっとひと息だ。気持ちも明るく切り替えたい。

「信じられない植物」というゲームがあった

 先ほどロリポップのメニューで「メルマガ」というものを見て驚いたのだが、15年くらい前まで、わたしはふたつメルマガを発行した形跡があった。

 3年ほど書いて終了した買い物情報のメルマガは、きちんと予告をして終了していた。その際「みなさんのメルアドはきちんと消しておきます」と最終号で書いた通り、画面上で確認できる数字は、利用者ゼロになっていた。

 もうひとつ、月に1回平均で8回ほど発行したメルマガのほうは、ゲーム「信じられない植物」の関連だった。わたしはゲームをレンタルサーバに設置していたほか、ゲームのCGI考案者であり公式サイトの運営者さんと親しくしていたようで、ゲームで足らなくなった植物の絵をわたしが提供したほか、自分で設置したゲームには、本体CGIに書き加えるパーツを作って、組み込んでいたようだ。

 そちらのメルマガは、自然に終了したようだった。最後の挨拶をしなかっただけでなく、なんと、ロリポップの画面には、47人分のメルアドが15年も登録されたままだった(申し訳ない)。

 登録時に名前の入力を求めず、メルアドのみ記入してもらっていたので、どういった方々だったのか(実生活の知り合いも含まれていたのか、あるいは自分が設置していたゲームに参加してくださっていた方々のみか)はわからないが、メールアドレスを含むものを残しておいて、なんらかの事故があってはいけないので、見つけてまもなくメルマガごと削除しておいた。

 それにしても、CGIゲームでパーツを書き足していたということは、Perlで書いていたはずだが、WindowsだったかMacだったか思い出せない。わたしは2005年ころにMacをメインにしたが、その前後の数年間は、どちらも使っていたはずだ。

 また、消す前にちらっと読んだメルマガの内容で——。わたしというのは文体も書いている内容も、15年前からたいして変わっていないのだなと、妙なところに感心してしまった。

Font Awesome

 以前から気になっていて、使いたいと思っていたのがFont Awesomeだ。ぱっと見ではアイコン(画像)のように見えるものが、このサービスを使うと、文字と同じ大きさで、周囲に溶けこんで表示される。
 そのうちと思いながらも後まわしにしていたが、先週になって公式サイトを見ていたところ「あれ、以前に登録したような気がする」という思いがふつふつと。ねんのためにすべてのブラウザでIDとパスワードを保存していないかどうか調べようとしたところ、ふたつ目のChromeで、登録の形跡が見つかった。1年くらい前だったようだ。そのパスワードでサインインしてみたが、そのときとくに何か活動した様子はなかった。

 説明がすべて英語なので、日本語で有志の方々が解説してくださっているブログもあるとはいえ、やはり面倒に感じる人は多いのかと思われる。

 とりあえず、今日の段階でやってみたのは、関連サイト「バウムの書」の入り口であり、見た目はこんな感じである。赤で囲ってある場所がFont Awesome部分。
Font Awesome使用例

 Font Awesomeの使い方で、もっとも簡単な手順は…
○ まずは登録(アイコン数は限られるが、無料でもけっこう使える)
○ ログインすると、無料会員はひとつだけ kit というものがもらえると書いてある。そのkitの設定画面はこちら(一部のみ)

Font Awesome設定画面の一部

○ この設定が終わると、あなたがHTMLのヘッダに入れるのはこの文字列です、というスクリプトをもらえるので、ヘッダに入れる。
○ そのあとは、無料で使えるアイコンを検索し、気に入ったものをクリックして、画面の下のほうに出ている Start Using This Icon という文字をクリックすると、貼りつけるためのコードがもらえる。

○ そのコードを、こうして文章を書く合間に、文字のようにただ挟むだけで、Font Awesome側が周囲の文字の大きさやスタイルを判断して、同じような雰囲気でアイコンを入れてくれる。

 なお、この画面の下のほうにある、ドメインを指定しておくかどうかだが——。たとえば人気サイトだった場合に、月にたくさんアクセスがあるとFont Awesomeから「無料の枠がいっぱいになりますから、有料にしませんか」と、声がかかるのだという。もし、誰かがソースコードを見て「同じフォントが使いたい」と、コピーしてしまった場合、人のサイトの分まで自分の分として枠を圧迫することになるのは間違いないし、不適切なサイトで自分のコードが使われるかもしれないというリスクもある。そんなときに自分のドメインを登録しておくというのは、いいかもしれない。

 わたしはいまのところ、まだドメイン登録をしていないが、あとでやっておこうかと思う。

 現在のFont Awesome側の推奨は、この kit をヘッダに埋め込む方法だが、少し以前の使い方としては、誰でも使えるヘッダがあり、いまもそれを使っている人も多いようだ。だがそれはゆくゆくは終了してしまうらしい。仮に登録が(英語という意味で)面倒でも、登録して専用のヘッダを入力したほうが、先々まで安心して使えるかという気がする。

 Font Awesomeはウェブサイトとは限らずコンピュータのデスクトップでも使える。また、上記のようにウェブサイトへの呼び出しではなく、ダウンロードしておいたものを自サイトに置くことも可能。そうしたダウンロード方式の場合は、かなりゆるい条件で再配布もできると聞いている。

 ただ、どちらが手軽かといえば、やはり上記のように、kitをヘッダに埋め込んで文字のように気軽に埋め込む方法だろう。ほんとうにストレスがなく、あっという間に利用できる。

「米粉」とは…(粗いのか細かいのか)

 米粉という名称で販売されているものが、粉の細かさがよくわからなくて悩んでしまうことがある。

 これまでは、だんごなどの一般的な用件で「上新粉」を買い、きめの細かいものでは「上用粉(じょうようこ)」あるいは、同じものだが薯蕷饅頭を作るときの粉という意味で「薯蕷粉(じょうよこ)」という区別だった。これらは、うるち米で作られている。

 餅粉、白玉粉は、糯米から作る。餅粉は洗って乾燥させた糯米を挽いたもの、白玉粉は水に浸してやわらかくなった糯米を水に漬けながら挽き、沈殿したものを乾燥させたもの。(参考:埼玉県 御菓子司せきねさんの解説が詳しい

 だが、気になるのは、昨今の「米粉」である。これは人によっては粗いものを連想するだろう。たとえば天ぷらの衣に使うようなものは上新粉だ。だが人によっては、米粉パンという言葉があるのだからかなりきめ細やかな状態の粉に違いないと思うだろう。薯蕷粉レベルのものを期待して、米粉を買い求めるかもしれない。

 そして、ネットで検索しても、細かさについては各店の宣伝文句を参考にするしかないようだ。パンにどうぞと書いているお店や、クッキーにどうぞ、天ぷら粉にどうぞ。ううむ、悩ましい。しかも値段がまたピンキリである。

 実は昨日から実験で上新粉配合のパンを焼いている。上新粉のレベルでもかなりなめらかで、こねていて気持ちのよい手触りだ。だがたしか以前に出かけた製菓実習では、製パンには薯蕷粉を推奨していた。理由はわからない。よりなめらかなのだろうか。

 明日も米粉配合のパンを焼くが、今日の段階で言えることとしては、仕上がりの色合いが明るくて、端っこを食べてみたかぎりでは、美味である。今後もたまに焼いてみたいと考えているところだ。
 わたしは上新粉の細かさで十分なので、上新粉と同程度とわかるもので高すぎないものが見つかれば、購入してみたい。

中野の桜(2021)

 先週も用事があって新井薬師前の駅界隈を歩いたのだが、今週は「もしや満開かも」と、期待を持って出かけてみた。哲学堂公園の南側通路は満開ならば桜がとても美しいのだが、今年は少し早かったようだ。

 せっかくなので、中野通りを徒歩で南下して、駅近くまで移動してみた。

2021年3月23日の桜(中野)

 満開とは呼べない状態だったが、雰囲気はかなり整ってきていて、おそらくあと二日もしたら、よい花びらの開き具合になるのではないだろうか。

 写真左側下は、中野四季の森公園。その上は、中野北口方向の新井五差路にある、毎年とてもよく目立つ桜。とても色合いがよいのだが、やや遠いこの角度からでないと、電柱やら電線やら看板やら、いろいろはいってしまう。また、当然だが桜の真ん前のスポットは車道であるため、徒歩の人間は撮影できない。

 さすがに今週もう1回ここに寄ることは難しいかもしれないが、その場合は来年の楽しみにしておこう。

 

「総額表示」の期日が迫る

 4月1日から総額表示が義務化される。これは消費者へ販売やサービス提供をおこなう場合に、税込み表示を明記しておくというもので(税抜き表示が一緒にあってもかまわないが税込み価格表示をすることが義務となる)、人手が足らずに普段からぎりぎりでがんばっている小規模な店舗などでは、現在おおあわてで対応されていることと思う。

 これは以前から通販サイトなどで価格を比較する際に混乱のきっかけになっていたので、個人的には、よい流れかと考えている。たとえば運営企業や店舗が違えば、税込み表示か税抜きかで印象ががらっと変わる。安いぞと思って確認すると税抜きだったという具合だ。おもに、一般消費者も買うことができるものの卸を念頭においているサイトでは、税抜きが多かったように記憶している。

 わたしも何度か経験したが、最近の事例では——
 同じ商品で少しでも安いものがないかと検索していた際、A社が楽天では税込み表示、自社サイトでは税抜き表示にしていたことがあった。たまたま輸入食品だったために「価格が違うのは賞味期限か、外箱破損か、なぜ違う」とじっくり読んで気づいたが、そうでなければ安く見えるほうをクリックしてしまった可能性もある。

 さて、小売りの書店や出版業界では、これまで外税表示にしてきた書籍の値段を総額表示にすることで、膨大な手間がかかっていると聞く。税率が変わるたびに同じ手間になるのならばと、今後を案じて、品切れ時に増刷せず絶版扱いにする出版社もあるのではと、危惧する声もある。

 総額表示でたすかる消費者がいることは事実だが、こうした話を聞けば、ただでさえ厳しい出版業界事情を思い、歓迎ばかりもしていられない。

 なにかよい策はないものかと、案じている。